濡髪【弐】 | 2015 summer request・水着

 

 

「こん、にち、は?」
繍房の入口を覗き込むと、中にいた尚宮のオンニたちがこっちを振り向いて、一斉に笑ってくれた。
「医仙さま、お待ちしておりました」
この間デザインの絵を見せた尚宮オンニが、奥からそう言って早足で迎えに来てくれる。

「あの時の紙の絵をもとに、縫いあげました。お気に召すかどうか」
「見せてもらっていいですか?」
「勿論です、どうぞ奥へ」

そう言いながら尚宮オンニは、私を繍房の奥へと連れて行く。
「本当ならば纏って頂き、細かい処を直したいのですが・・・何しろあのようなものなので、ここでお召し頂くのも」
言いにくそうな声に、私は頷く。
「大丈夫です。ブ・・・ああ、ええと、胸当ての部分だけ合えば、後はどうせ紐で調節できるんだから」

ワイヤーがないから、心配なのはそこだけ。
竹を細く削るか、鯨の髭って手も考えたけど、まずは試しにシンプルに。
ワイヤーなら後でも入れられそうだし。
「それにしても」
オンニは言いながら色に溢れる部屋の一番奥、棚に畳んでしまっていてくれた注文のものを取り出して、指で紐部分を吊り下げて広げ、こっちへ見せてくれた。

「このように作ってみましたが」
表面は麻。裏地には豪華に絹を張ってくれてる。
「御肌に直接あたる部分が麻では、お召しになった時痛いかと」
「絹なんて使っちゃって、大丈夫なんですか?」
オンニは笑って頷いた。
「仕立て上げた尚宮服の端切です。残しておいても使い道の無いものなので、問題はございません」

思った以上に可愛い。トップもボトムもちゃんと共布の紐付き。
上に着るカバーアップも、しっかり作ってくれてる。
それも、最後までどっちがいいか決められなかった2種類とも。

「すごい、尚宮オンニ、先の世界でデザイナーになれますよ。ほんとに可愛い。作りもしっかりしてるし」
「いえ、医仙さまが丁寧に教えて下さったからです」
私の絶賛の声に嬉しそうに笑ってくれた後、尚宮オンニが不思議そうに首を傾げて、私をじっと見た。

「ところで、医仙さま」
「はい?」
「医仙さまのいらした処では、本当に女人は・・・」
そこまで言って白い頬を赤らめて、お願いした品を目で示した。
「これ程、肌を晒すのですか」
「そうですよ?夏の海やプ・・・水辺でだけですけど」
「はあ・・・さようでございますか」
「第一、危ないです。泳ぎが下手な人がしっかり着込んでる方が、服が水を吸って重くなって溺れたりしますから」
「それはおっしゃる通りですが」

オンニは耳まで赤くして、お願いした品をちらっと見る。
「仕立ても簡単でしたし、すぐに仕立て上がったのですが。
本当に使う布が少なくて・・・これでは上のものを羽織っても、腕も腰も脚も・・・」
「いいんです、そもそもそういうものなんですよ。大丈夫!皆も川や海に行くときは、着たら可愛いと思います。
心配だなと思ったら、下に短いパジを履けばいいんです。このビ・・・胸当と腰巻に、刺繍とかしてもいいかも」

私の提案に興味津々で周囲に集まってた尚宮さんたちが一斉に頬を押さえたり、お隣同士で顔を見合わせたりして嬉しそうに笑い合う。
そうよ、若いうちだもの。夏になったら毎年新調する。
着るか着ないかは問題じゃないわ。シーズンものだし。
新しくすると、さあ、今年はどこ行こうかって思える。バケーションには絶対欠かせない。
飛行機のチケットを予約したらそのままネットで検索、それともお店で試着、小物と一緒に買うのは当然だった。

この世界じゃさすがにそれは出来ないけど、でも巴巽村で川遊びして、しみじみ思ったもの。
せっかく川岸まで行っても暑くて仕方ない。私みたいに泳ぎが下手じゃ、服を着て水遊びするには限界がある。
だったらいっそのこと、脱いだ方がいい。
第一好きな人とデートで川まで行って、普段の服って・・・可愛くないじゃない?色気もないじゃない?
せっかくなら、気分だって変えたいじゃない。女性だもの。

繍房のオンニたちから流行してみんなが着るようになれば、あの人だって免疫が付くかもしれないし。
だからこうやって、あの人に内緒で頼みに来たんだもの。
最初は絶対不機嫌になるだろうけど、周りに人がいなければ大丈夫のはず。絶対に説得してみせるわ。

「先の世界では、ワイヤーとかパッドとか体形補正機能もいろいろあるの。次に作る時はそれも一緒に考えましょ。でもまずは」
そう言って、私は尚宮オンニが渡してくれたその品を自分の指で吊り下げて、部屋中のみんなに見えるように高く上げて見せる。
「これはね、ビキニっていうの。今から着れば、世界の流行先取り間違いなしよ!でね、男性はこれ」

あの人の為に作ってもらったスイム・トランクスを上げて
「これは男性用ね。いろんな形があるけど、これくらいの丈が一番一般的だし無難よ。
自分のビキニとお揃いの生地で作ってもいいと思う」
次にオンニが作ってくれたカバーアップを手に取って
「これはビキニだけじゃどうしてもなあ、って言うときも、それから泳いで寒くなっても着られるわ。
形にも決まりはないし、何でもいいの。こんな風につながってても」
最初のオールインワンを上げた後
「こんな風に、上だけでも」
短いTシャツ風のものを、次にあげて見せる。

私が次々に指先にぶら下げるお願いした品々を見つめて、繍房のお姉さんたちがきゃあきゃあと歓声を上げる。
「医仙さまや王妃媽媽の金の輪は真似できませんが、これなら私達でも作れます」
「いろいろな端切れで、すぐに仕立てられますし」
「うん、どんどん作って!服を着て泳ぐより安心で可愛いなら、それに越したことないでしょ?
今はないけど、待ってて。そのうちコ・・・木綿って生地が手に入るはずよ。
麻より柔らかくて丈夫で、たくさん作れて、縫製も楽なの。
それを使えば、もっと手軽に作れるようになるから」

私の声にオンニたちがじっと聞き入る。
「木綿、ですか」
「うん。そう呼ばれるようになるはず」
確か高麗の終わり頃のはずよね。ムン先生が明だか元から木綿の種を持って帰って来るのは恭愍王時代のはず。
だったらもうすぐ。

「医仙さまは、本当に先のあらゆる事を御存知なのですね」
尚宮のオンニにうっとりと言われ、私は笑った。
そうよ、みんな若いんだもの。今のうちに楽しまなきゃ。
着飾って、いい男と仲良くなって、少ないだろうけど若手の優良株の官僚をゲットするのもありじゃない?
「ねえねえ、それでね。思ったんだけど、ビキニに色を合わせて、ヘ・・・えっと、髪に結ぶテンギとかを作っても可愛いと思うの。どう?」
「良いですね!」
「テンギは後ろで結ぶけど、こう、頭の横で結べるような。あ、紙と筆、あります?」
「はい!」

オンニの1人が近くの卓の上からいそいそと運んでくれた紙と筆を使いながら、私たちはみんなで繍房の卓を囲んだ。
サングラスが手に入らないのが、ほんと残念だわ。

 

*****

 

「ヨンア、明日泳ぎに行こう」
「・・・は」

突然の誘いは、その夜の寝屋で掛けられた。
「泳ぎにとは」
「忘れちゃったの?言ったじゃない。2、3日待ってねって」
「・・・泳ぎたかったのですか」
「そうよ、言ったでしょ?夏を楽しむからって」

暑さを冷ますためでなく、楽しむために水に入る。
本当に、天界の則というのは全く理解出来ぬ。
「泳ぐのが、楽しいのですか」
「楽しいわよー、だから一緒に泳ごう?」

鍛錬の為でなく、楽しむ為に泳ぐ。
涼む為でなく、泳ぐ為に水辺へ行く。
天界の民はわざわざそんな事をするのか。
「・・・判りました。明日の昼、二刻程なら」
「うん、わかった。そんなに時間ないから、裏の沢にしよう」
「はい」

時間も無い。遠出も出来ない。
望んでいた海にも行けぬのに、何故かこの方は上機嫌で頷く。
「イムジャ」
「なぁに?」
鼻歌でも歌い出しそうな機嫌の良さを怪訝に思いながら、小さな横顔をじっと見つめる。
「何か佳き事でも」
「うん、あったわよ」
「何が」

その問いに頬を染めて、この方がちらりと横の己へと目を投げる。
そして緩んだ赤い口許を引き締めると、ゆっくり首を振り
「明日になったら、分かるから。今は秘密」
そう言って両手の白い指で、その唇を塞いでしまう。
たとえ無理に指をどかしても、恐らく話しては頂けまい。
明日になれば判るだろう。これ程嬉しそうなら何よりだ。
此方の度肝を抜くような、とんでもない事が起きぬ限り。

無理矢理己に言い聞かせ、俺は寝台にごろりと横たわった。

 

 

 

 

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