蒼月【前篇】 | 2015 summer request・ブルームーン

 

 

【 蒼月 】

 

 

「王様。チェ・ヨン、参りました」
「入りなさい」
康安殿の扉前、ヨンは開く目の前の扉に背を伸ばす。

「大護軍、急に呼び立てて済まぬ」
殿内の私室へと踏み込だヨンの耳は王の声を聞きながら、その眸は部屋の階の下に立つ見慣れぬ官服の男を捉える。
記憶にない顔だ。男は無遠慮な視線で己を見詰めるヨンへと、丁寧に目礼した。

王は執務机の前の階を降りつつ、続いて目の前の見慣れぬ男をヨンへ向けて手で示す。
「書雲観正だ」
「書雲観正殿」

書雲観。更に聞き慣れぬその名を、ヨンは繰り返す。
知識でしか知らぬ書雲観は、空を雲を観、月星や陽の姿から吉凶を読み解き、この後の出来事や世の流れを判じると聞く。
初めて相対するその書雲観正に、ヨンが僅かに黒い眸を伏せる。
その礼とも言えぬ初対面の礼に、壮年の書雲観正は穏やかに笑む。
「迂達赤大護軍、チェ・ヨン殿、ですね」
「如何にも」

月や空を判じていると、随分と深い声になるものだな。
ヨンの耳にすら快く響く声で書雲観正に尋ねられ、短い声を返す。
何処かで聞いた声と似ている。思いを巡らせ、浮かんだ顔に頷く。

そうだ、この声は村長に似ている。あの鍛冶の居る村、巴巽の長。
あの長は水晶や亀甲を読み卜占を操るが、そうしたものに接すると、このような心穏やかな声になるのだろうか。

いずれにしろ、とヨンは怪訝に思う。
己にはとんと縁のない話だ。空も雲も月星も陽も。
何故突然、この場へ召されたのかが未だに判らぬ。
「して、大護軍」
その肚裡を他所に王は卓前、玉座へと腰を据える。

それを確かめた後卓向かいの書雲観正が腰を下ろすと同じくし、ヨンは音も無く王の右手側の椅子へと掛けた。
「は」
「書雲観より報告があった」
「は」
「この次の満月が、蒼月に当たると」
「・・・蒼月」
「はい、大護軍殿」

不得要領なヨンに向け卓向うの書雲観正が静かに言葉を添えた。
「月の満欠はひと月に一度と決まっております。此度の蒼月はその満月が、ひと月に二度来る事を指します」
「二度目の満月」
「はい。古来より凶事の前兆とされます」
「具体的には何が」
「春夏に起きればその夏は寡照、酷暑、長雨、洪水、旱魃、黄塵。
冬に起きた時には豪雪や地吹雪、雪崩。民の間には飢饉や疫病が」

其処まで押し黙り、書雲観正の言葉を聞いていた王が頷き
「故にそなたを呼んだのだ、大護軍」
そう言って右手のヨンへと目を当てる。

「何事も無くば最良。しかし書雲観正の予言通りの事が起きれば」
「は」
「頼みたいのは皇宮の備蓄米の米蔵の解放準備と、疫病への備え。これは医仙にお願いするしかあるまい」
「・・・王様」
「そなたを飛び越えて、直接医仙に願い出るわけにはいかぬ」
「それは」
「大護軍殿」
書雲観正が深い声で、ヨンへと呼び掛ける。

「私の立場で許される言葉ではございませんが、これはあくまで古来よりの徴。此度も起こるとは限りません。
しかし備えあれば憂いなしとも申します」

そう言うと書雲観正は卓向うから、ヨンへ向かい頭を下げた。
「私も雲観を続けます。大護軍殿にもお力をお貸し頂けませんか。
今はまだ、王様以外にはどなたにもお伝えしておりませぬ。
このような事が皇宮内やまして市井に流れれば、心慌意乱となるは明々白々。
何が起こるかより、根も葉もない噂が広まる事の方が怖ろしゅうございます」

説得力の在る書雲観正の声にヨンは頷いた。
確かにそうだ。
しかしあの方がこれを知れば、またどれ程に。

ヨンは重苦しい息を吐く。
何れ知られるならば、他の者よりも己が伝える方がましだ。

 

*****

 

「ヨンア、おかえりー!」
典医寺の部屋の戸を潜るヨンの姿に、すぐに明るい声が掛かる。
「参りましょう」
「うん、じゃあみんな、お先に!」
ウンスはすぐに頷くと、ヨンの横を跳ねるよう小さな歩幅で歩き出す。
「お気をつけて、チェ・ヨン殿」
キム侍医が椅子を立って見送り、
「お疲れ様でした」
「お気をつけて」
居合わせた医官や薬員たちが、微笑みながら一斉に頷く。

それにウンスが返す、何を憂う事も無い明るい笑顔。
これだけを護りたい己が、また今日もそれを曇らせるような気鬱事を伝えねばならぬ。
遅かれ、早かれ。

ウンスにだけは届かぬように顔を背けて、ヨンは胸の息を吐く。

帰宅の門でコムに愛馬の手綱を任せ、玄関で出迎えるタウンにヨンは小さく呟いた。
「夕餉の支度が出来たら離れへ戻れ。声は掛けるな」

兵の頃の慣わしか、備わった気質か、タウンは訊き返す事も無く
「はい、大護軍」
それだけ言って頭を下げた。

ヨンはウンスの手を引いて、そのまま足早に寝屋へと向かう。
厨と扉続きの居間で万が一声が漏れれば、タウンにもコムにも厄介な事になる。
そう考えての寝屋での密談。誰にとっても一番良かろう。
踏み入った部屋の中、ヨンは後手に寝屋の扉を閉ざす。

まだ陽の高い刻の寝屋の中、格子窓から射しこむ夏の陽。
夕の光はその床へ、格子窓の影をそっくり揺るぎなく写し取る。
壁に一つ、床に一つ。同じ形の格子窓。

光の溢れる部屋内、ウンスが小さな卓前の椅子へ腰掛けるのを待ち、ヨンは背を伸ばしたまま、ゆるりと腕を組み眸を閉じる。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    夏休みで笑わせてもらったら
    此度は何だかシリアスな雰囲気?・・
    毎日、お話を読むのが
    楽しくて嬉しくて幸せです(^^)
    ありがとうございます!

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    さらんさん、またまた素敵な夏リク話をありがとうございます。
    昔も今も、私達にとって月や太陽や星は未知な部分が多く、それだけに少しの異変も吉凶の前触れとされているんでしょうね。
    神秘的な月の夜を前に、どんな展開が待っているのか、楽しみでなりません!
    (#^.^#)

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