【 余焔 】
いつまでも残る暑さが胸に残る想いの熱さなら。
それならばいっそ夏が終わらねば良い。
永遠の熱さに灼かれても忘れるよりは余程良い。
憎みながら似ていく。
この世を捨て、残る俺を顧みず、止める声も、懇願する言葉も、一切断ち切って去ったお前を。
憎みながら、俺は似ていく。
こんな俺に心を傾ける者が居るのに、それすらどうでも良いと、全て未練も悔いも無く捨てられる気がして仕方ない。
ただ逢いたい。
これ程凍った心を抱えて生きるくらいなら。
この夏の余焔に灼かれて、もう一度熱かったあの頃を思い出して。
お前に、隊長に、皆に。
*****
「いつまでも暑いな」
そう呟く声に眸を上げ、黙ったままで顎で頷く。
「王様は如何だ」
尋ねる声に眸を逸らし、黙ったままで首を振る。
「どれ程興味があらずとも、お守りするのがお主の役目だろう」
叱咤する声に肩を竦め、黙ったままで眸を瞑る。
俺が先に逝けば怒るか泣くか。少なくとも血を分けた肉親だ。
何もなしで忘れ去り亡骸を野晒しにしてくれるとは思えない。
戦場で死にたい。川に流れるなり野で斃れるなりで良い。
ただ流れるように静かに去りたい。自ら断つのではなく。
自ら断つという事は、少なくとも誰かに何かを残す事になる。
恨なり悔いなり、傷なり憎悪なり。
真平だ。
最初から居なかった者のように、静かに去っていきたい。
夏の終わりの耐え難い程の余焔が、気付けば去っているように。
そんな短い日々があったなど、思い出せなくなっているように。
「病弱な方故、お外にもおいでにならぬ。お主の出番は少なかろう」
考えた事も無い。現王が頑健か病弱かなど。
「まだ幼い王様故、戦の指揮を取られることも無いしな」
初めて気づく。軍議で顔を見た事がないと。
夏の終わりの余焔で灼ける木立の中、蝉が最期の声を上げる。
ようやく見つけた回廊の日陰に隠れ、呟く叔母上を尻目に赤い柱に凭れて息を吐く。
己の身裡から吐いた己の息よりも、余焔の空気はずっと熱い。
肚の底から凍りついたのだろうか。暖かい息など二度と吐けぬ程に。
「もう三年だ」
叔母上の苦い呟きに頷く。
「服喪も長すぎれば浮かばれぬ」
そして黙って眸を上げる。
「いい加減に戻って来い」
その声に黙って腰を上げ、その場を後にする。
回廊を歩き始めた背に、山で拾った小さなテマンが走り寄る。
「ててて、隊長」
声に足を止めぬまま歩き続ける背につき、幼い声で奴が問う。
「なにが三年ですか」
その声に首を振る。
あの頃の事など、誰に伝える気も無い。
この背を迷い無く追い、真直ぐ世を見て、誰より貪欲に懸命に生きるお前が知る必要は無い。
「隊長」
兵舎に戻れば、この姿を見つけた副隊長が駆け寄る。
「鍛錬は」
「任せる」
擦れ違いざまそれだけ残し階を上がる俺の背から従いて、副隊長が共に階を上がって来る。
私室の扉を押し開けて中へ踏み入ると、余焔の熱で蒸すように暑い部屋の空気に、奴の目が不安げに曇る。
「隊長」
その声には答えず、黙って寝台へ転がる。
「出て行け」
「この暑さの中で飲まず食わずで幾日も寝続ければ、死にます」
訴える副隊長の声を黙殺し、上衣の袖で眸を覆う。
あの頃隊長が鍛え上げてくれた内攻が疎ましい。
なまじ鍛えてしまったからこそ、その程度では死ぬことも出来ん。
眠って、眠って、眠っても目が醒める。
絶望の中で繰り返す。
ああ、また起きた。
「隊長」
「行け」
眸も口も閉じる俺が最後に聞くのは、副隊長の溜息。
そのまま真暗な闇へ落ちていく。
やっと戻って来られた。そう呟いたのは、夢か現か。
幾日も幾日も、昨日も今日も、そして恐らく明日も。
ただ阿呆のように殿を守る。
突っ立って耳を攲て、眸を光らせ、神経を尖らせて。
何の為にこうしている。あの男の身内を守って何になる。
顔すら碌に知らん王を守って、ここで何をしている。
まして今その王は、息すらしていない。
余焔の季節の霊廟の中。
風を通すことすら許されぬうえに、照らされた蝋燭の炎で、妙な熱気に満ちている。
こうして此処を守るのは、忠誠心では無い。
王に対して、そんなものを感じた事も無い。
ただひたすら、隊長の最後の声だけが此処へと縛りつける。
誓えと言われた、あの最期の声だけが。
この者たちを捧げます。一騎当千、王様の影としてお側に。
そして最期の息の下で囁いた。お前が家族を守れと。
幾度首が挿げ替えられようとそれが王の衣を纏う、限り此処でこうして守るのか。
影で守るしかないのか。
引き換えに護りたい家族など、とうに誰も居ないのに。
余焔の暑さのなか息を引き取って十日近く。
どれだけ尊い体でも中から朽ちて来るというものだ。
石造りの昏い霊廟の中で腐臭を放つくらいなら、土に還りたい。
顔すら碌に知らんものに守られるくらいなら、一人で逝きたい。
揺れながら廟の石壁を照らし出す蝋燭の炎を見つめる。
今、唯一王が羨ましいとすれば、もう死んでいる、その事だ。
早くその日が来れば良い。待つ日々は余りに長過ぎる。

残暑
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私ね、なんでチェヨン君は自殺しなかったのかなと考えていました。もう守る家族もいないのに…
武士だから、では説明つきませんよね。
内攻使いだから、赤月隊の人みたいに心臓を自ら止めることもできるのに。
誰にもなにも残したくない。悔も恨も惜も。
戦場で屍を晒す死こそ望み。
あー。本当に凍っていたのが良くわかりました。
さらんさん、大好きです!!