比翼連理 | 31

 

 

今日は風向きが悪いと見える。
チェ・ヨンは庵の上がり框、敷物の上に寝転がるウンスの額の汗に張り付く長い髪を、指先で摘まんで避ける。
「あーつーいー」
ウンスは髪をチェ・ヨンの手に委ねたままで、ぐったり横たわって唸る。

確かに昨日と違い、そよとも揺れぬ窓の外の枝を見て、チェ・ヨンは微かに息をつく。
それでも裏を渓流が流れているだけ、他の庵よりはましであろう。
川原に連れて行きたいが、恐らくこの後、領主との面会がある。
大切な話がある。すれ違いは面倒だと案じ、庵外の気配を探る。

身勝手は重々承知。
早く始め、早く終えたい。このままではこの方が干上がる。

「大護軍」
チェ・ヨンが眸を流す、開け放ったままの庵の戸の外から掛かる声。
ウンスが転がったまま目を上げて、紅い唇だけで問う。

だ あ れ ?

この方のこんな寝乱れた姿を見せるわけにはいかぬ。
「何だ」
安心させるよう細い肩に掌を置き、庵内からチェ・ヨンが応える。
「領主が参りました。長が、大護軍においで頂きたいと」
「判った」

肩に置いていた掌で小さな手を握るとその掌に導かれ、ウンスがようやくと言った様子で、床から起き上がった。

*****

 

「大護軍」

長の庵の中、卓前に立ち、室内に踏み込んだチェ・ヨンとウンスを迎える面々の中、蒼鎧の一際丈高い男が穏やかに呼ぶ。
「久々だな」
「はい。お久しぶりです」
「ああ。会えて嬉しい」

卓越しに差し出すチェ・ヨンの掌を固く握り返し、若き関彌領主シン・セイルが長い髪を揺らし、深く頭を下げた。
「私もです、大護軍」
「掛けよう」
その声に卓越しの面々が静かに腰を下ろす。

「お元気でいらっしゃいましたか」
「ああ」
「医仙も、如何ですか」
「元気です!暑さで、ちょっとばててますけど。領主さんもお元気そう」
大きく笑って頷くウンスの声に、セイルはふと微笑み返す。

「大護軍の武名は、関彌にも轟いております」
「武名も糞も」
チェ・ヨンの不愛想な声に、セイルは笑いを堪え拳を口に当てる。
「紅巾族は、如何でしたか」
「関彌に届くほどの数も力もない。ただし北は今後も度々やられよう」
「深刻ですか」
「今は何とも言えんな。数頼みの奴らだ。但し武器防具は備えておく必要がある」
「大護軍が前回お帰りになった後、すぐに工房を増築されたのは」
「それが理由だ」

セイルはチェ・ヨンに深く頷き返した。
「力の限り、御協力致します」
「頼む」
「双城総管府は」
「白蟻だらけだ」
その一言で察したのだろう、セイルはふと目許を緩めた。
「内から」
「ああ」
「それならば何よりです」
「毎回なら楽だ」
「それは贅沢です」
中央高官迂達赤大護軍への率直な若い領主の物言いに、周囲がぎょっとした顔で領主とチェ・ヨンの顔を伺う。
その中でチェ・ヨン本人と、横のウンスだけが笑んだまま頷いた。

「そうだな。毎回では喰い逸れる」
ふと表情を改めるとチェ・ヨンは椅子の上、卓向かいのセイルへと僅かにその身を乗り出した。
「今後は当面、紅巾族と倭寇だ」
「倭寇ですか」
セイルの呟きにチェ・ヨンは頷いた。
「北も南も煩い」
「そうでしたか」
「そこでセイル殿、少々無理な願いを聞いてほしい」
「何なりと」
「紅巾族との地上戦。遮蔽物のない北の平原で有利なのは弓。
対して倭寇とは揺れる海上での戦。弓では狙いが付けにくい」
「はい」
「揺れるのは相手も同じだ。まずは正面突破で移らねば話にならん。
相手の船に飛び移るために必要なのは、出来る限り軽く丈夫な鎧」

チェ・ヨンの声に、セイルは頷く。
「おっしゃる通りかと」
「剣や槍、盾は当然必要だ。しかし暫し力を入れて欲しいのは」
「距離の飛ぶ弓と、軽く丈夫な鎧」
「そうだ」
「畏まりました。鍛冶にも必ず伝えましょう」
「頼む」
「大護軍」

セイルの眼を見つめ返し、チェ・ヨンはその眸で問う。
「これ程有名になられて、まだご自身で戦場に立たれますか」
「立つ」
下らぬ事を、と言いたげに、チェ・ヨンは躊躇なく頷き返す。
「もう宜しいのでは」
「立たねば何が必要か判らぬ。判らぬのにお前の民に無理は言えぬ。
お前の民を無駄働きさせるのも、俺の兵を犬死にさせるのも真平だ」

その言葉にセイルは大きく笑んだ。
チェ・ヨンは頷くと前触れなく席を立った。
セイルがそれに従い、庵中の全員が遅れて慌てて続く。
卓越しに腕を伸ばし、チェ・ヨンの大きな掌が差し出される。
セイルは頷き肘に手を添え、卓向うから腕を伸ばし、その掌を握り返す。

「此度は暫しの長逗留だ」
「どうぞご自宅と思って下さい。いつでも歓迎致します」
「会えて良かった」
「私もです、大護軍」
「また会おう」
「必ずや」

頷いて踵を返しウンスと共に庵を出るチェ・ヨンの背を、若き領主は深く頭を下げ、いつまでも見送っていた。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    さらんさん、ウンスの嘆きではありませんが、本当に暑い日が続いていますね^^;
    さらんさんは、夏バテされてませんか?
    甘える子犬が大好きな飼い主に、ゴロンと腹をみせるように、ヨンの前ではなんとも無防備なウンス❤︎
    いつもながら、様子が見えるようです。
    それに、みんみん、うわんうわんと響きわたる蝉の鳴き声すら聞こえてきそうな、臨場感あふれるさらんさんのお話、行間を読むのも楽しみでなりません。
    有難いことに、このシリーズは本当に丁寧に二人の時間をしたためて頂いているので、毎夜、良い夢が見られそうです(#^.^#)
    さらんさん、今宵もありがとうございます❤︎

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    さらんちゃんの裏の裏をよめるか?(笑)
    ではなくて、やっぱりリズム感なんだと。
    ポンポンと卓球の試合のように
    これでもかと寸断されたものが
    出てきては私達の心を鷲掴み
    ハラハラドキドキさせる!
    かと思えば・・・・待て・・・・待て・・うん?
    まだ?えぇ??そうなの!?って感じの時も。
    でもそれが間延びではなくて
    葛藤するヨンアの心の叫びや
    ただひたすら互いを護りたいために
    生じるすれ違いへ歩み寄るための空間だと。
    良い意味での裏切りに何度遭遇したかを
    思い出しながらニマニマ:*:・( ̄∀ ̄)・:*:
    それにしてもソンジナさんに言いたい!
    いつですか?第3巻は?(大笑)

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    さらん様
    私の大好きなコラボです~、たまりません。。
    もともと「大王四神記」が大好きな私。しかも、青龍の四神、チョロ!スジにを一途に慕う感じが好きでした~(#^^#)
    そのチョロとヨンのコラボなんて、、想像しただけでヨダレが、、って感じでした!!
    どこかのキッカケでホゲも出して欲しいです~、わがままですが。ユン・テヨン氏の大人の魅力にやられていますので( *´艸`)
    まだまだ続きそうな甘い二人!毎朝と毎晩の更新の時が本当に楽しみで、、、よろしくお願いします!

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