比翼連理 | 9

 

 

迂達赤兵舎から引き返したチェ尚宮は坤成殿の王妃の私室の扉前、中より風に乗って微かに漏れる静かな会話に耳を傾けた。

少なくとも医仙は、婚儀を成すおつもりはあるらしい。
言の葉の端々からそう判じ胸を撫で下ろす。
医仙には逆らわぬあの甥の事、その希望を叶えぬはずがない。
何より医仙の名分が立つように取り計らうに違いない。

ならば文官崔家の跡取りとして、高麗迂達赤大護軍として最低限の面目は保てよう。
まるで掠め取るように連れて来た天からの医仙を、そのままただ妾のごとく己のものにするような愚かな真似はすまい。
そんな愚かな真似をするようであれば、たとえ足腰立たぬまで打ち据えてでも婚儀を挙げさせるところだったが。

チェ尚宮は走って乱れた息を整える。

 

*****

 

扉向うのチェ尚宮の気持ちを知らぬ王妃は、正面のウンスをじっと見ながら楽し気に声を弾ませた。
「豪華な式場、招待客とおっしゃいましたね」
「え、ええ」
王妃の勢いに呑まれるように、ウンスは頷いた。
「ならば考えましょう。皇宮で挙げる訳には参りませぬが、何処かそれに次ぐ、格式のある場所を。招待客には事欠かぬでしょう」
王妃は白い指を揃えてその頬に当て、小首を傾げた。
「恐らく大護軍が断ろうとも、参列したい者が大勢おります。重臣らも大護軍の婚儀ならば、必ず顔つなぎの為に参列を申し出ます」
「はあ・・・」
王妃の言葉にウンスは曖昧に頷いた。
どの時代でもそういう社交手段はあるのね。 まるでロビー活動だわ。そう思いながら。
関係のない、会ったこともない人に、祝ってほしいのかしら。
参列者が多ければ嬉しいのかな。それが私の本当にしたいことなのかしら。

「そして、素敵な指輪、でしたか」
ウンスの戸惑いに気づかぬまま、王妃は声を続ける。
「皇宮に宝飾を納める者が居るはず。手に入れさせましょう。チェ尚宮に確かめさせます」
「い、いえ媽媽、それは」
雪崩のように膨れ上がる話に、ウンスは慌てて顔の前で手を振った。

指輪。指輪は確かに欲しいけど。
でも、見知らぬ人が選んだ指輪が欲しい訳じゃなくて。
ただサイズが合ってて、高価ならいいわけじゃなくて。

「何しろ、あの人にも聞いてみないと」
「医仙」
王妃は小さな声で呼び掛ける。
「医仙の夢を叶える婚儀を、挙げれば良いのです。大護軍が医仙に異論を唱えるわけがございません」
「それは、そうかもしれませんけど・・・」
「御二人にとって最良の佳き日です。一生の思い出になるよう、なさりたいようになさいませ」

ウンスは王妃の声を聞きながら、思わず頬を緩める。
媽媽が力を貸そうとして下さるのはよく判る。すごく嬉しいと思う。
ご自身の時叶えられなかった夢も叶えたいって、少しだけ、そう思ってるのかな。
やっぱり若い女の子だものね。結婚に夢があるのは当然よね。
まして政略結婚を経験してれば、尚更かもしれない。
今は幸せだからもっとそう思われるのかもしれない。

そんなウンスの心を知らず、王妃は次々に声を重ねる。
「あとは、うぇ、うぇ」
王妃の声にいよいよ微笑んで、ウンスがその言葉を繋ぐ。
「ウェディングドレスと、ハネムーンです」
「それは、どのような」
「ウエディングドレスは、えーと、婚儀の正式の装いです。天界では、真っ白なものを着ます」
「真白、でございますか」
「はい」

王妃はウンスの声に、言葉を失ったように頷いた。
「・・・・・・さようでございますか」
暫しの沈黙の後ようやくそれだけ言った王妃の不自然な様子に、ウンスは首を傾げる。

花嫁の色、イコール白なんだけど。結婚式の日は、花嫁にだけ許される色だし。
けど媽媽のご様子を見ると、この時代はそれっておかしいのかしら?
でもどうせ着るなら、やっぱり白よねえ。

気を取り直すよう、ウンスは話を変えた。
「あと、ハネムーンというのは、んー・・・夫婦になった者同士が、少し長い間、どこかで一緒にゆっくり時間を過ごす、旅です」
「行幸のような」
「ええと、私みたいな民にはその言葉は当てはまらないかと・・・」
「どこかへ、お二人で長くお出かけになりたいという事ですね」
「そういう風習があるんです。でもあの人は、それはさすがに」
「あの人あの人と、先程からおっしゃいますが」

王妃は姿勢を正し、ウンスをじっと見詰めた。
「大護軍にしっかりとお話されましたか。どうお考えか、お気持ちを確かめられましたか」
「そ、それは」
「お二人にとって、大切な佳き日ではないのですか」
「・・・はい」
「医仙は、どうされたいのですか」
「え?」
「医仙は、どのような婚儀を執り行いたいのでしょうか」
「そ、それは・・・」

嫋やかで儚げにすら見える日頃とは別人のように、高く頭を上げた王妃の気迫に呑まれ、ウンスは声を詰まらせた。

「医仙らしくもない。大護軍にもお話されず、御自身のお気持ちも分からぬご様子とは」
そう言うと心配そうな柔らかな手が、ウンスの手にそっと重ねられた。
「どうされたのですか」

どうしちゃったのか、私の方が知りたいわ。
その王妃に返す言葉すら持たぬまま、ウンスは何度目かの溜息をついた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    さらんさん、今宵も素敵なお話をありがとうございます。
    ウンス、ようやく婚儀に漕ぎ着けるというのに、どうしちゃったのでしょうか、、
    マリッジブルーというより、時代や歴史の重さが目の前に立ちふさがっている?のでしょうか。
    いずれにせよ、もっとヨンと二人で話をしてほしいですね(o^^o)。
    さらんさん、明日はパシフィコですね❤︎
    同じ会場にいらっしゃると思うと、また格別のウキウキ感があります。

  • SECRET: 0
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    あんなに なんでも話そうって
    決めたのに
    婚儀に関しては 何にも話してないものね
    (///∇//)
    一緒に住んでるから?
    もう肝心な 婚儀飛ばして…
    どう話し出していいのか
    わかんないのかな?
    も~ (/ω\) 困ったな。

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