「申し訳ありません」
目を逸らし掠れ声で呟いたチェ・ヨンに、ウンスは首を振った。
「婚儀の件、明日、王様にお伝えします」
「・・・うん、分かった。でもね」
早口で言うウンスの声に、深い息で気を整え、ヨンは頷いた。
「はい」
「やっぱり参列者は、知り合いだけって訳には行かないでしょ。ヨンアの立場もあるし。
先の世界でも、全然知らない人は来るわよ。私は、個人的には苦手な風習だけど」
「下らぬ」
「でもあなただけじゃなく、王様の顔もあるんじゃないかなあ。立てて差し上げないと」
「・・・それは、ご相談して」
「ねえ、ヨンア」
「はい」
「考えたんだけど」
墨のような夜の中にも輝くウンスの瞳を見て、ヨンは肩を落とす。
煮え立ったままなのは己だけであるらしい。
様子を見る限り、ウンスは全く平然としている。
それどころかすっかり婚儀の話しか頭にないようだ。
これが女人か。欲はないのか。
これ程あっさりと、甘い息を容易に切り替えられるのか。
知れば知るほど、己ばかりだと、チェ・ヨンは首を振る。
「いっそ、どこかでガーデンパーティにでもしない?」
その声にヨンはようやくウンスへ眸を戻した。
「がーでん、ぱあてぃ」
慾の熱さで眩暈がするのだ。これ以上の事など言うなと止めたい。
それでも願いは聞き入れたいと、どうにか気持ちを立て直す。
「それは、一体」
うーんとね、と、ウンスは困ったように笑う。
「大きい庭で、テーブル、あ、卓を置いてね、みんな自由に 話したり飲んだり食べたりする食事会というか、パ・・・宴?みたいな」
其処まで言って気づいたように、ウンスの声がぴたりと止む。
「ねえ、それよりヨンア」
「はい」
「私こそ知らないわ。高麗の、普通の婚儀って」
「そんなものは」
今更ウンスにこの時代に合わせろの、しきたりに従えのと言うつもりもない。ヨンは苦く笑う。
「イムジャのされたきように。俺は従います」
「でもせっかくだもん。二人のアイ・・・意見を合わせたら、もっといい式になるかもよ?ヨンアも満足できる式にしたいし」
珍しく譲るような口ぶりで言いつつ、ウンスはヨンの上衣の袖口を引く。
「参考までに、教えて?ん?」
ヨンは墨空へ呆れた眸を投げ上げる。此方の弱みをよく知っておる。
この声こでの瞳で、その指でねだられ、自分が断るわけなどないと。
知っているのだろう、知っていてそうして焦らすのだろう。
この手を伸ばすと指先から擦り抜け、その先で振り向いて。
まだ追いかけて来いと言いたげに。
しかしこれが無意識であるならば、もうどうしようもない。
端から勝てる戦ではなかったという事だ。
負け戦と知って挑む趣味も、このまま負け続けるつもりもない。
駄目になれば良い。とことん駄目になれば良い。
俺無しではもう生きられぬ程、そこまで駄目になれば良い。
今の己が持て余すこの熱さを、一度でも感じてみれば良い。
腹を立てる相手を間違えている、それはよく判っている。
それでもこうも涼しい顔をされると、己ばかりが欲するようで。
己ばかりが求めるようで。己ばかりがあの天界の言葉を呟くようで。
勝ち負けではない、それも判っている。
判っていても何処かで負けん気が邪魔をする。
己だけではないのだと。欲しておるのはこの方も同じだと。
あの丘の木の下の時を、離れて過ごした時の流れを埋めて、もう離れないと、己だけだと聞きたいのだ。
甘く潤んだ声を置き去りに、平然と話したりしてほしくない。
何処かで息を切らせて、その名残を感じさせてほしいのだ。
本当は無理をしておるのだと。同じ熱を分け合っているのだと。
ウンスを見詰める眸には、その表情は、あまりにも平静に映る。
この人に満足してほしい。それは嘘じゃない。
私の事ばっかりじゃなくて、自分がどんな結婚式にしたいのかちゃんと教えてほしい。
ウンスはそう考えながら、敢えてうんと冷静な表情を作る。
医者だもの、ポーカーフェイスはお手の物よ。
なのにたかが手首にキスされたくらいで、あんな声が出るなんて。
でもまるで、すごく欲しがってるみたいで。
私もまるで、すごく待ってるみたいで。
そんなはずないわよね。
ここまでどんなに誘ってみても、婚儀まで、婚儀までって言ってた人だもの。
そんなに我慢して、期待外れでも知らないから。
心も体も、どっちも大切なはず。どっちが欠けても不健康だわ。
だけどそれは21世紀の私だからそういう観念を持ってるだけで、この人にしてみれば婚儀まで待つのが当然なのよね。
だったら待てばいいのに。急に不意打ちでキスしたりしないで。こんなにどきどきさせたり、期待させたりしないで。
黙って婚儀まで、男のやり方とやらを貫けばいいじゃない。私ばっかりこんな気分にさせたりしないで。
そんな風に静かな目で、じっと見つめたりしないで。
私ばっかりあなたを好きみたいで、必要みたいで、悔しいじゃない。

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(〃ω〃)もう…
二人とも 意地はるの やめたら?
同じ気持ちでしょ?
もう いいよー フフフ。
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なんで言わないんだろう
どうして踏み込めないのかな
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さらんさん、おはようございます。
ひゃあ~(≧∇≦)、今朝も大好物のお話をご馳走様です❤︎
もう少しのところで、どっぷり素直になれない二人の心の声…、ドキドキときめきながら覗き見させて頂きました。
早く早く!とお急ぎのファンの方々も大勢いらっしゃるかもしれませんが、私は、まだまだ婚儀までの前菜を楽しませて頂きたいなぁ~(#^.^#)
さらんさん、台風の影響で蒸し暑いですが、ご自愛下さいね。
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想いは一緒なのに、上手く隠してしまってるんですね。
もう2人の背中を押してしまいたいくらいです(〃∇〃)
ヨンは「頼って甘えて欲しい、強い女でなくて良い」
ウンスは「足手纏にならない、支えられる強い女に」
お互いを想い、真逆の考えですね。
ウンスは護られるだけの女にはならないですよね。
でも、時には甘えて可愛い女人に・・・ね(///∇//)
婚儀、高麗式と現代式の融合になるのかしら?
どういう風になるのか楽しみにしています♪
前話で、コリアという呼び名は高麗からきたと初めて知りました。
勉強になりましたヨン(o^-')b
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本人達以外から見れば、「やってられんわ」って、ところでしょうか?
我慢は本当に不健康よ(*´艸`)
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も~ぉっ!
こんなとこで駆け引きしてる場合じゃないでしょ!
恋愛は勝ち負けじゃないんだから、ウンスもヨンも早く素直になって~。
ってこんなことを考える時間も楽しいんですけどね。
アメンバー申請目前に我慢できずコメントしてしまいました。
一日千秋のおもいです。