比翼連理 | 53

 

 

「慶尚の永川の出なんです」
「・・・ああ」
通された宿の部屋。
庭に面した縁側に互いに腰を下ろし、ムソンはチェ・ヨンの隣で呟いた。

「酷いもんです」
「・・・ああ」
「倭寇に村中の金品を強奪されて、女子供を攫われて、男共は皆殺しにされて、最後に村に火を掛けられて」
「・・・ああ」
「あの辺のもんがどれほど赤月隊を頼ってたか、感謝してたか、大護軍様にだってきっと本当の処は判らない」
「・・・ああ」

夏の陽は透明に降り注ぐ。
小さな宿の小さな庭の、青々と茂る木の葉を薄く透かせて。
蝉の声が大きく響き渡る。恵みの雨のよう刻を惜しむよう。
まるで熱い夏を共に幾度も駆け抜けた、記憶の中の誰かを呼ぶように。

 

記憶の風景はいつでも暗い。

闇夜、星夜、月夜。

俺達は夜襲を得意とした。
昼の明るいうちに倭寇の船の位置を確かめ、数を把握し夜襲を掛けた。
それはそうだ。敵とてまるきりの阿呆ではない。
真昼間から村を襲う暴挙に出ぬ限り、迎え撃つ此方とて戦は夜になる。

俺達には皆、内功という大きな武器があった。加えて武芸が。
隊長の、そして俺の雷功。ヒドの風功。
地を揺らし、水を生み、闇の中を昼と同じ速さで駆け、目の前の壁は跳び上がって超えた。
どの隊員も武芸の名手だった。剣、鞭、弓、刀、斧、槍。
いざとなれば拳を振るった。石を握り込み、敵を殴り倒した。

何より絆があった。家族の、兄弟の、そして隊の。

他の奴らなど不要だった。誰が倒れても担いで逃がした。
例え影として名が挙がらずとも構わなかった。
長雨の中、闇と区別がつかぬ泥の中を三日三晩這い回ろうと。
凌ぐ屋根さえ見つからず、雪の吹きつける断崖絶壁の岩影に延々と息を潜めようと。

隊長がいれば良かった。
メヒがいれば、ヒドがいれば、皆がいればそれだけで倖せだった。

皆の為に一日生き、作戦に成功し、生きて戻れれば。
明け方の小さな焚火を囲み顔を突き合わせ笑い合い、ささやかな飯を共に喰えれば。

陽射しに叩き起こされ川で体を洗い、紅い月の帯を巻き、野を、山を、浜を駆けた。
春の桜の中を、夏の蝉時雨の中を、秋の落葉の中を、冬の雪の中を。

その中で仲間を喪い、心が裂けるほど涙を零し、それでも翌朝には陽射しに叩き起こされ、額帯を巻き。

仲間を喪うほどに、敵への憎しみは無条件に募った。
その憎しみは、隊長に教わる雷功の力の源になった。
覚えるたびに褒めてくれる仲間の声が支えになった。

これ以上喪わないために、俺に何ができるのか。
これ以上泣かないために、俺は何をするべきか。
まさかその途の果てに、あの最大の喪失が待つことなど想像もせず。

俺は、俺達はひたすらに駆けた。熱い夏の、蝉時雨の中を。

 

「大護軍様」
「・・・ああ」
「俺の親父は、米倉の番人の長でした」
「・・・そうか」
「最後まで倉を守った親父も、家を守ったお袋も、妹も、弟も」
「・・・ああ」
「村の友達も、郷校の友達も、一晩でみーんなですよ」
「・・・ああ」
「俺は狩りをしに、山の奥まで入ってたんです。急いで駆け下りたけど、夜の山は足元が悪くて間に合いませんでした」
「・・・そうか」
「もともと元の言葉は覚えが良かったんです」
「・・・そうか」
「火薬づくりを覚えるために、もらった力だと思ってますよ」
「・・・ああ」
「持てる力は何だって使う。一人でも多く倭寇を殺したいんだ」
「・・・ああ」
「何人殺したって、罰は当たらないはずだ」
「・・・そうか」

ムソンは透明な陽射しの向こうに、どんな風景を見ているのか。
ヨンは黒い眸で、ただ遠くを見た。

何かがほんの僅かでも見えぬか。この視界を掠めてはくれぬか。
赤と黒の隊服の裾でも、海風に乱れる髪の先でも、微笑んだ目尻でも良い。
あの頃の隊長が、俺達が国を愛し、尽くし、捧げた忠義の、ほんの端で構わないから。
俺達が生き、笑い、泣き、東へ西へと駆け廻ったその証の、ほんの端で構わないから。

今これ程倖せな俺のこの眸に、ほんの少しで良いから。
あの頃隊の皆も倖せだったと、もう一度知りたいから。

「だから、やっつけたいんです」
「・・・ああ」
「恨だと思ってくれて構わない。本当に恨みだから」
「・・・ああ」
「だから手を貸してください。この通りだ」
「・・・・・・」

縁側の端に端坐し直し姿勢を正して、深々と頭を下げるムソン。
降り注ぐ透明な陽の中ヨンはただ、その黒い眸で凝と見詰めた。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    ヨンの気持ちを情景描写で語るところがとても印象的。さらんさんの真骨頂。
    あの頃を思い出し、共に生きた人々を想うヨン。自らに問うヨン。ヨンはあの時も懸命に生きていたのですよね。今は、あの当時の自分を優しく包むようなまなざしを持っているヨン。生きるって捨てたもんじゃない。
    さらんさん、無理はなさいませんように。

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