比翼連理 | 16

 

 

「大護軍」
テマンが庭へ駈け込んで来た夕刻近く。

居間から続く廊下へ出てきた男の影を見てテマンはそこで足を止め、 半歩退って身構えた。
右腕を前に半身を取り、袖内の手刀の刃先を指先で確かめる。

啼き始めた気の早い蜩の声だけが、テマンの上に降り注ぐ。

初めて見る巨きな男に、テマンの目が鋭く細められる。
居間から出て来たからと、すぐに大護軍の知り合いと認めて良いのか。
何しろ初めて見る貌だ、テマンは警戒の声を掛ける。
「誰だ」

男は黙ったまま廊下から庭へ降りようと、大きく一歩踏み出す。
テマンはそこから動かぬままで
「お前、誰だ」
強い口調で、巨きな男に再び問うた。

怪しい気配は感じない。敵意も、殺気も。だからってなんで俺の知らない奴が、大護軍の居間にいる。
誰だって聞いてるのに、なんで答えないんだ。
その時感じた男の背後の気配に、テマンは警戒を解き男の影を覗き込む。
「どうした、テマナ」
「大護軍!」
テマンは思わず大声で呼ぶ。

「おう」
チェ・ヨンはその巨きな男の横を過ぎ、男を警戒する事もないまま縁側の先へ腰を下ろした。
「て、大護軍、ああの」

縁側の長閑な様子のチェ・ヨンに向けて、テマンが小走りに寄る。
吃るテマンに却ってチェ・ヨンの方が僅かに眉を寄せ
「・・・何かあったか」
そう確認する始末だ。

「そ、そうじゃなくあの、あの男は」
「ああ」
テマンの慌てように合点のいったチェ・ヨンは頷き
「これから内向きを任せることになった。ヤン・コムだ」
「こ、コム」

テマンが繰り返すと立ったままでチェ・ヨンとテマンの話を聞いていたコムは、髭で覆われた貌の中、優しく穏やかな目でテマンを見つめゆっくりと頷いた。
「コム、こっちはテマン。俺の弟だ」
コムに向けそう紹介されたテマンが、嬉し気に顔を紅くする。
「テマンさん」
そのコムの、風貌からは想像もつかなかった優しく細い声に、テマンはようやく気が抜けたように頷き、頭を下げた。

賑わしくなったものだ。
チェ・ヨンは縁側の先、ようやく警戒を解き穏やかになったテマンと、夏の熊のようなのんびりしたコムを見比べる。

一歩ずつ。一歩ずつ。
これでテマンを雑事から解放すれば、こ奴も心置きなく手裏房へ、ヒドの許へと通えよう。
その教え、調息を身に付けられれば、これから先テマン自身にとりより大きな助けとなる。

一歩ずつ、一歩ずつ。
次は金剛石と白い絹。

チェ・ヨンは頭の中、あの巴巽の女鍛冶の顔を描いた。

 

******

 

「イムジャ」

西にまだ陽の名残の紅さの残る夏の空。
その夏の夕刻の風に運ばれる夕餉の匂い。
何処か胸の奥が温かく、懐かしくなるような思い。

厨の中から、女二人の楽し気な声が響く。

居間からの仕切り扉を開けてチェ・ヨンが声を掛ける。
タウンと楽し気に笑い合っていたウンスが、顔を振り向けて声を上げた。
「どうしたの、ヨンア」

ああ、嬉し気だ。ヨンはそのウンスの様子に安堵し、首を振る。

誰の懐にでも飛び込める、どんなに悩んでいても変わっておらん。
この方はこうして結局最後は味方に付ける。誰も彼も。
タウンならば良い、女人で、しかも叔母上の墨付きだ。
連れ合いのコムも、悪い男ではないだろう。
「いえ、良いのです」
タウンが頭を下げ、ヨンへと静かに言った。

「大護軍、夕餉の準備が整っております。いつでも御声を」
「聞いてよヨンア、すごいんだから!」
タウンの声にかぶせるように、ウンスがヨンへ声を掛ける。
「タウンさん、ほんの短い時間で、こんなにたっくさん」
そう言って体をずらしチェ・ヨンの眸に届くよう、ウンスが竈の上を指す。
「作ってくれたのよ、ジョンも、タンも」

確かに美味そうな匂いが厨の中にも満ちている。
チェ・ヨンは、ウンスの声にゆっくりと頷いた。
「ウンス様」
タウンが何故か、戒めるように小さくウンスを呼んだ。
「そういう事を、おっしゃっては駄目です」
「え?」

ウンスがきょとんとタウンを見詰めた。
「良いですか」
タウンはウンスの前でその細い腰に手を当てる。
「好いた方の前では、全てご自身の手柄にされませ。私が作った、と言っておけば良いのです」
「そ、そういうもんなのね。判った」
タウンの声に、ウンスが真顔で頷いた。

・・・それを俺の前で話してどうするのだ。
二人の女人の遣り取りを聞きつつ、チェ・ヨンは愉快そうに咽喉の奥で笑う。

あなたの料理の腕は知っている。それで十分だと思う。共に厨に立つのも厭わぬ。

しかしこうしてウンスが楽し気ならば、それだけでタウンたちに来てもらった甲斐があるとヨンは思う。

「では、先にお湯を召されませ。コムが準備を終えております」
「分かった」
タウンの勧めにヨンは頷くと、ウンスに向けて目を移した。
「では」
「うん。ゆっくり入って来てね」
「はい」

そう言って静かに閉めた扉の向こう、またさんざめくように始まった女人たちの楽し気な声。
それを聞きつつ居間を抜け、湯屋へ向けたヨンは廊下を歩いて行った。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    この、のんびり感まったり感・・・いいなぁ~
    信義の真意はなんだろう?
    なぁ~んて事は考えずにただただ
    ニマニマできる幸せ( ´艸`)
    「おれの弟だ」
    きゃぁ~テマナ~嬉しいよね?
    私も嬉しい!!
    心の中ではいつも思っていても
    声に出して・・それも人の前で
    言って貰うと本当に本当に
    嬉しいよね?テマナ^^
    タウンとコム夫婦いいわぁ~~~~
    こういう夫婦を友人に欲しい!!
    無言の戦いも魅せられるけど
    こういうヨンアが肩の力を抜いて
    ただウンスが愛しいと思える会話も
    好きだわ・・・・о(ж>▽<)y ☆
    TVで行政代執行を受ける
    ひげもじゃのおじさんを見ながら
    ちょっと複雑な想いに戸惑いながら
    もう一度読んでこようかな・・・

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    さらんさんこんにちは♪
    ヨンとウンスが
    心穏やかなだとわたしの
    心も穏やかなになります。(*´ー`*)
    二人には数少ない穏やかな日々
    ウンスは結婚に向けて
    ウエディングーブルー❓のような様子
    先への怖がりだからだいぶ違うかしら?
    素敵なお話ありがとうございます。

  • SECRET: 0
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    さらんさん、今日も素敵なお話をありがとうございます。
    コムに「俺の弟だ」と紹介されたテマン、嬉かったでしょうね。
    私も胸が熱くなりました。
    一気ににぎやかになったチェ家(#^.^#)
    この、ほのぼのとした時間を、もう少し堪能させてください、さらんさん。
    ところで、待ちに待ったアメンバー申請の機会を与えて頂き、ありがとうございます!
    今度こそ、しかと申請させて頂こうと、スケジュールにメモしました!
    18日ですね(#^.^#)

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