比翼連理 | 37

 

 

「鍛冶」

夕暮れの迫る空の下。
表からひょいと工房の入口を覗き込む小柄な影に声を掛けられ、女鍛冶は顔を上げた。
村長は顔を覗かせた途端、工房内から吹き付ける熱風に辟易し、手を上げてひらひらと振り鍛冶を外へと呼び出した。

「長、どうしたんだい」
「いや、大護軍のご注文の品の具合を聞きにな」
「ああ、もう出来たよ。お渡しした」
女鍛冶はそう言って、入口の村長の影の横へ並ぶ。

「皆で寝ずに、磨いたらしいな」
「余計な事ばっかり喋くるのは、一体どの口だい」
「どの口でも良かろう」
長は相変わらず短気な鍛冶の苛りとした口調に微笑んだ。

「大護軍の指輪に嵌めた石は」
「石は、何だい」
「医仙の石を磨いたものだというのは、真か」
「そんな事までべらべら話してんのかい!」
鍛冶が鼻息荒く叫ぶのを手で制し、長はゆったり首を振る。
「風の噂だ」
「それにしたって話し過ぎだろうがよ!」
「世間話だと思って、たまには付き合っておくれ」
「そう言う口があれば、村の皆に迷惑が掛かるんだよ!」
「鍛冶は、変わらんなあ」

眉間に皺を寄せたままの鍛冶の横顔に並び、長は西日に目を投げた。
「別に、大護軍の石で磨いたってわけじゃない。 医仙が教えて下さったからね。金剛石同士なら磨けると。
ついてでちょっとばかり、試してみたのさ。切ったり形を整えたり、金剛石同士ならできるかと。
大護軍が身に着けるには、金剛石は小ぶりな方がいいと思ってね」
「ほう。で、出来たのかい」
「まあ、勘を掴むまで骨が折れたがね」
「何よりだ」
「石にも相性がある。面と面がぴったり合わないとうまく磨けない。お二人の石はぴったりと合ったのさ。
どっちが磨いたってわけでもない。互いに磨き合って、光らせた」
「そうだったか」

まるであのお二人そのものだ。
鍛冶の言葉に長は頷いた。ぴったりと合い、互いに磨き光らせ合う。

あの方々は、やはり運命の結びつきなのか。
そしてこれからの運命を導くお二人なのか。

お二人がいればこの村も、この関彌も、そしてこの国も。
己の水晶や易では映しきれぬ時のうねり、そして流れていく大きな運命の力に、長は思いを馳せる。
「大切にしよう、我らもお二人を」
「何言ってんだい、長」

鍛冶は地平線へと寄って行く、灼けた鉄のような丸い橙の光を目に映したまま、呆れたように横顔で息を吐いて首を振った。
そして初めて横の長へほんの僅か眸を戻すと
「そんなこと当たり前だ。決まってるじゃないか」

踵を返しすたすたと工房へ戻っていく鍛冶の背を、長は腕を組み微笑んだまま肩越しに眺める。

そして工房の奥へその背が消えるのを見届けてから西日の中、ゆっくり庵へ戻って行った。

 

******

 

「大護軍!」
「お帰りなさい!」
チュンソクも、トクマンも、チンドンもチョモも他の迂達赤も。
吹抜に揃って雁首並べ、大股で入って来たチェ・ヨンに向け頭を下げる。
「お帰りなさい、大護軍!」
「長かったんで、どうされたかと」
「おう」

いつものように手だけ上げ、顎で頷き。
吹抜を過ぎたヨンは背後の不穏な気配に片足だけを階の段へ掛け、吹抜の迂達赤へ肩越しに振り向いた。
「て、護軍」
「・・・何だ」
ようやくトクマンが目を皿のようにして、ヨンの左手を指した。

「それ、は、その、指の金の輪は・・・・・・」
やけに長すぎるトクマンの、言葉の後の沈黙。
その場の迂達赤が一斉に頷いて、ヨンの左手をじっと見る。
「ああ」

ヨンは既に肌に馴染んだ感触を思い出し、その面々に頷いた。
「指輪か」
「指、わぁあ?」

トクマンの頭の先から抜けるような声に、周囲の迂達赤らが慌ててその口に手で蓋をし、背に回して隠す。
「お前は余計な事を言うな、黙ってろ!」
周囲の兵にどやされたトクマンは、それでもその後ろから思い切り背伸びをし、どうにかヨンの手許を見ようと覗き込む。

迂達赤らの影、素早く廻り込んだチュンソクが、そのトクマンの脛に鋭く低い蹴りを一発見舞った。
そして蹲るトクマンを尻目に迂達赤らの最前列へと廻り、ヨンへ向かい頭を下げた。
「此度は、如何でしたか」
「暑かった」
「巴巽村の首尾の方は」
「武器防具について話した」
「そうでしたか」

階の一段上下。チュンソクと対面したヨンがゆるりと腕を組む。
その腕の動きに合わせ、吹抜けの天窓から真直ぐ降り注ぐ夏の白い陽射しを受けて、ヨンの指輪が吹抜の中、陽射しよりなお鮮やかに金色の光を投げる。
その中の金剛石は、まるで落ちてきた昼の星のように燦々と輝いた。
迂達赤らの全ての目が其処を注視する事も構わずに、ヨンの黒い眸は目前のチュンソクだけに向けられる。

「矢と鎧の増強を頼んだ」
「判りました。あとで確認します」
「工房も増築済みだ」
「そうでしたか。鍛冶はお元気でしたか」
「ああ」
「何よりです」
「留守中変わりは」
「いえ、全くありませんでした」
「王様は」
「お変わりなくお過ごしです」
「あとで拝謁に伺う」
「内官に報せておきます」
「頼む」

ヨンは階を軽く上りきり、吹抜を振り向く事もなく、そのまま階上の私室の扉へと滑り込んだ。
「お前は、何を余計な事を!」
ヨンの姿が扉へ消えた瞬間。
頭を上げていたチュンソクは掴みかからんばかりの勢いで、トクマンへと怒りの形相を向ける。

「でも、隊長!!」
トクマンは負けじとチュンソクの鼻面へ己の顔を突き出し、唾を飛ばす勢いでチュンソクへと語り掛ける。

「あの大護軍ですよ、鉄釜一つ持たぬ大護軍ですよ!それが」
「何でも良いではないか」

チュンソクはそのトクマンの頭を思い切り叩き、吹抜けから階上のヨンの私室の扉をふり仰ぐ。
「大護軍がお倖せなら」
その声に周囲の迂達赤らの強面が一斉に破顔する。

良いではないか、俺達の大護軍には変わりない。
神仏に縋った。全員が頭を垂れ、手を合わせて祈った。
どうか連れてお行きになるな、何とぞ医仙を救って下され、俺達の大護軍の為にと。
そして先に逝った奴らに祈った。俺達の大護軍を守ってくれ、医仙を守ってくれと。

俺たちは祈ったのだ。神仏に、仲間に、何か大きなものに。
還してくと。医仙を無事に、俺達の大護軍に還してくれと。
その祈りが通じた。願が叶った。それだけでも十分だ。
俺達の大護軍が、医仙を嫁御にお迎えになる。
家長が、長兄が倖せでさえあれば、俺達に何の文句があるわけもない。

ただ放たれた矢のようにふらりと姿を消さず、お戻りになる日がもう少しはっきりしておれば、尚良いのだが。

チュンソクはそう思い、苦笑いを浮かべて首を振る。
婚儀の仔細がすべて決まる迄、大護軍ご自身よりそれを聞く迄、こうした日が増えるかもしれぬと。
そして己の役は決まっておる。その間、迂達赤を鍛え上げる。大護軍の肚を読み、不満も希望も判じ、死なぬ程度に。
それが己の立ち位置だ。大護軍の留守を命を懸けて守る。

何しろ婚儀については全く読めぬ。ここで出来る事をするしかなかろう。
「陽が落ちれば、夕刻の鍛錬だ。それまでは体を休めておけ」
「は!」

張って飛ばしたチュンソクの声に、吹抜の迂達赤が全員頭を下げた。

 

 

 

 

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6 件のコメント

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    ぽっぽ~ (゚ーÅ)
    うんうん 大護軍が幸せなら
    それで…
    ウンスを嫁御にして ともにしあわせなら
    いいのいいの。
    指輪をしてたって かまわない。
    しあわせなんだから
    二人の幸せは みんなの幸せ!

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    さらんさん、決めたらすぐに!と言わんばかりに、早速、ヨンったら指輪を嵌めたのですね⁈
    た、た、体面が云々と気にしていたヨンが、部下達の面前で、ダイヤモンドの入った指輪を…(°_°)…。
    かっこよすぎます(≧∇≦)!
    若い男の子達が当たり前のようにアクセサリーを身に付け、眉を整え、すね毛のお手入れをする現代と違い、はるか昔、高麗の時代、しかも武者のヨンが…!
    ギャップの大きさに、むしろ萌えます❤︎
    さらんさん、今夜も熱帯夜です(´・_・`)
    熱中症、あるいは冷え症に気をつけて、ゆっくりお休み下さいね。

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    鍛治、長、チュクソン。もちろん、迂逹赤たち。
    係わるすべての人達が二人の幸せを願い、二人を命懸けで守ろうとする。
    そんな彼らをまた二人も命懸けで守ろうとする。
    『比翼連理』は二人の事だけではなく、周りの人達の事でもあるのですね。

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    も~~!普通に指輪しちゃってるんですね☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆鬼神のテホングンが、、、
    本当にウンスの為なら何でもしますね!いいなあ、素敵だな

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    もう、今迄何回読み返した事でしょう。迂達赤の、チュンソクの気持ちに涙が止まらないです(ノ_<)
    さらんさんのシンイは、皆んな本当にカッコ良すぎです。映像で観てみたいぃぃぃ~‼︎

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