「長く留守にして、すみませんでした」
王妃の坤成殿の中で卓越しに向かい合い、ウンスは王妃に向かい頭を下げた。
「ごゆるりと過ごされましたか」
「はい、おかげさまで」
「何よりです。お元気そうです。少し日に焼けられましたね」
「え!」
ウンスは慌てて頬に手を当てた。
「気を付けてたつもりだったんですけど」
「とてもお健やかそうです」
王妃は嬉し気にそう言って、ふと頬に当てているウンスの左手の指へと、吸い寄せられるように目を移す。
「医仙」
「はい、媽媽」
「その金の輪、は」
ウンスは王妃の問いに、嬉しさの滲む瞳で頷く。
「婚約指輪、兼、結婚指輪です」
「結婚、指輪ですか」
「はい、媽媽!」
ウンスは我慢しきれぬように卓の向かいからぐうっと身を乗り出し、卓向うの王妃の目の前で左手を開いて見せた。
「この石は」
ウンスが右手の指で、ダイアモンドを指した。
その指先、輝く石に王妃の目が見開く。
「先の世界では有名な石です。金剛石です」
「金剛石とは、これ程光るものだったのですか」
「はい媽媽。金剛石同士なら、磨けるんです。硬いので、他の石では無理だし、削れちゃうので。
他の石を磨くのも、この時代の技術じゃ難しいですけど」
「そうだったのですか」
「はい」
「けれど、何故薬指に」
「ああ」
ウンスはにっこりと笑って頷いた。
「あの人にも、鍛冶さんにも言われました。でもいいんです。先の世界ではこの指が、心臓に繋がってるって信じられているので」
「心の臓に」
「はい・・・・・・あ!!」
突然上がったウンスの小さな叫び声に、王妃は眸を瞠る。
「どうされました、医仙」
「媽媽も、お作りになりませんか?」
「は・・・」
「王様におねだりしてみませんか?」
「・・・え」
おねだりというウンスの声に、王妃は頬を薄らと染める。
「ううん、駄目か。おねだりじゃ駄目ですね。王様が思わず媽媽に贈りたくなる策を考えましょう」
ウンスは嬉し気に言って、首を傾げた。
ああ、やはり天界の姉上のような方だと、王妃は微笑む。
真夏に咲く向日葵のような笑顔を見ると、心より安堵の息が漏れる。
この方にも、辛い事も惑う事も多かろう。
妾よりも遥か遠い世より、戻れぬ程遠い天界より、此処へ戻っていらした方。
それでもこうして全てを乗り越え、いつの間にか以前より晴れやかな笑顔で、楽し気に卓向うから妾を見詰めて下さる。
医仙に、皆が救われておる。明るい声に。朗らかな笑みに。皆を笑顔にせずにはおかぬ、医仙という太陽に。
お辛いならば、教えてほしい。時には打ち明けて頂きたい。
国を離れ、流れ、教えて頂いた天界の言葉のみ胸に刻んで、目の前の愛おしい方に添うていく妾と医仙だからこそ。
妾など、何の役にも立たぬであろう。
医仙の持つような大きな知識も、そして先の天の預言を知るすべもない。
それでもあの方を想う気持ちだけは、大護軍を想われる医仙のお気持ちに引けは取らぬと思うからこそ。
妾にも、不安で眠れぬ夜がある。
愛しさ故に打ち明けられず、王様を尚更御不快にさせる事がある。
それでもその心持を医仙に聞いて頂けるなら、この胸の重石はどれ程軽くなろうか。
いつか、もしも、そんな時が来たなら。
聞いて下さいますか、姉上。
「媽媽?」
ウンスを微笑んで見詰めていた王妃は、はっと意識を戻す。
「はい、医仙」
「お加減が悪いですか?夏バテかなあ。ご飯は毎食きちんと召し上げっていらっしゃいましたか?」
「はい。しっかりと」
王妃は心配げなウンスの声に、ゆっくり頷いて笑んだ。
「うーん。脈もしっかりしていらっしゃるし、心配ないとは思います。
でも念の為、夏バテに効きそうな薬湯を探してみますね」
「ありがとうございます」
「王様はいかがですか?相変わらずお忙しいですか?」
「・・・医仙」
「はい?」
「突然このような事を聞く無礼をお許しください」
「ま、媽?」
「医仙は何か、新たな天のお告げを御存知ですか」
「え?」
ウンスの笑顔が、突然の王妃の問いに固まった。
その顔を卓向うより真っ直ぐに見つめ、王妃は声を重ねる。
「だから先日、ご様子が変だったのですか」
「変、でしたか、私?」
「はい、大切な佳き日について、大護軍にもお話されておらず、お心此処に在らずというご様子でした」
「・・・ああ!」
ウンスはようやく表情を緩め、笑顔を浮かべて見せた。
「マリッジ・ブルーです」
「まりっじぶるう」
「ええ。結婚ではやっぱり女性の方が、いろいろ大変でしょう。
環境が変わったり、私たちなんかは住む場所も変わりますから。
そう言うスト・・・えーと、精神的な重荷で結婚自体が憂鬱に思えたり、一時的に落ち込んだり、そんな状態の事です」
「・・・そうだったのですか」
明らかに安堵した声音、ほうと小さく吐いた王妃の息を聞きながら。
ウンスは表情を崩さぬように、どうにか笑みを浮かべ続ける。
媽媽。ごめんなさい。今は言えません。全ての手を尽くすまで。
あの李 成桂の気が変わるまで。変わらないなら刺し違えるまで。
もしかしたらその時には、もしかしたら王様も媽媽も、ここにはもういらっしゃらないかもしれません。
そんな事になりたくないんです。出来るだけの事をしたいんです。
媽媽がご無事なまま、未来のお子様を、この世に誕生させたい。
媽媽を失われた王様が、失意の底で政治を放棄するのも嫌です。
歴史を変えてしまうかもしれません。私のせいで、先の世界が変わるかもしれません。
でも生きている人が大切だから。
私の目の前で笑って、泣いて、生きてる人たちが 私には一番大切だから。
だから天のお告げより、もっとお伝えしなきゃならない事が たくさんあるんです。
天のお告げを怖がって立ち止まるより、無理矢理でもこの手で歴史の扉を開きたいんです。
本当なら、開くのはその扉じゃなかったとしても。
私のあの人の先が続いて行くなら、私はその扉を開きたいんです。
その前に李 成桂が立ち塞がってるなら、蹴っ飛ばしてどかします。
2回も命を、助けたんだもの。そのくらいは許されると思うんです。
「今は、すっかり元気ですよ!では作戦を考えましょう。 指輪ゲット作戦を!」
ウンスの明るいその声に、王妃は優しく微笑み返した。

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。
SECRET: 0
PASS:
さらんさん、今日も素敵なお話を拝読させていただき、ありがとうございます。
歴史が変わってしまっても、護り抜きたい人達は、必ずいるのですよね…。
未来から来たウンスと違い、私達は先の世を知りませんから、後悔が多いですが。
後悔といえば、今日、どうということの無い場所で、一時停止違反で切符を切られました(>_<)。
「事故でなくて良かったのだ」「これを機に、気を付けるようになる」と言い聞かせていますが、ちょっとしょんぼり。
さらんさんも運転されると思いますが、くれぐれもお気をつけて下さいね(´・_・`)
SECRET: 0
PASS:
王妃さまも、指輪貰えるかしら?
SECRET: 0
PASS:
しあわせそうな 御姉さまの
指に光る 指輪を見て
話しをきけば聞く程
自分も 指輪が…って 思いますよね。
そして ウンスの固い決心も
口にはしないけど
ヨンのそばで生きていくには
一大決心! それぐらいの
強い覚悟がないとね がんばれ~!
SECRET: 0
PASS:
そうですよね!仲良しですもんね!
王妃様にも必要ですね~~