比翼連理 | 46

 

 

「指輪を見せて頂きたいのだ」
王様のお声にあの方が此方を不安げに見遣る。
俺が顎を振ると、あの方の瞳が問いかける。
話してはいけないのか、そう問いかける瞳に顎で頷く。
頼む、止めろ。これ以上波風を立てずに此処を乗り切ろう。
その瞬間あの方が小さく息を呑み、細い指先で紅い唇を押さえる。

万事休すだと、チェ・ヨンは部屋中のどの耳にも届かぬように息を吐く。
その様子を見るだけで分かる。改めて問い掛け直さずとも。
ウンスは既に、王妃に言ってしまっているのだと。
隠しておきたかった。二人だけが知っていればそれで良かった。
この心の臓に繋がる指の話も。金剛石の事も。

外す。今直ぐに。これ以上この指輪をする事は叶わぬ。
金の鎖に通し、首から掛けて置く。心の臓の上で護る。
それだけで勘忍して欲しいと、ヨンは諦めの息を吐く。

「ゆ、び輪ですか、王様」
「ええ。差支えなければ」

王様はにこやかにおっしゃるけど。ちょっと、これって想定外だわ。
あるわよ、差し支えはすっごくある。あの人の顔を見る限り。

でも媽媽が王様とお揃いのリングが、もしも手に入るなら。
見せるのはいいの。全然構わない。嬉しいもの。
訊かれなくてもこっちからどんどん見せびらかしたいくらいだけど。

だけどあの人の強張ってく、無表情を通り越して仮面みたいに表情をなくしてく顔が、すごく怖い。
絶対、怒ってるよね?私が目でそう聞いてるのに、もう顎も動かしてくれないし。
困った顔でも、怒った顔でもいいのよ。
だから、もうちょっとだけ なーんかこう、表情を浮かべて欲しいのよ。

無表情のあの人に向かって、唇だけで
ご め ん ね?
そう言ってるのに、ふっと目を逸らしちゃうし。
ああ、私が悪い。
さすがにここで髪を掻き毟るわけにいかないから、テーブルの下で両手を握って我慢するけど。

ほんとにほんとにごめんヨンア、今、猛烈に怒ってるわよね?
考えてなかった私が悪いの、だから怒んないでよ。
いいじゃない、きっと私たちが幸せそうだから、喜んでくれてるのよ。
いい話だから真似したいって思ってくれてるのかもしれないじゃない?

こんな状況になるなんて、思ってもみなかったんだもの。
だからって、そんなに怒んなくたっていいじゃないのよ。
ああ、言いたい。今あの人の目を見てそう言いたいけど。
「・・・医仙」

王の不思議そうな声に、ウンスははっと顔を戻す。
「すみません。ちょっと、ぼうっとしてて」
「いえ、それは構わぬが」
「指輪、ですよね?」
「ええ、宜しければ、此方の宝玉工に」

覚悟を決めたように左手を卓の上、宝玉工へと向かい伸ばすウンス。
それを無表情に見つめるヨンは、静かに肚の息を整えていた。
怒らぬよう、怒鳴らるよう。
ウンスの手を引き脱兎のごとく、王妃の部屋から飛び出さぬよう。

これ以上の恥の上塗りだけは御免だ、己も、ウンスも。この一度で全て終わらせてしまいたい。
それだけひたすら願いつつ、丹田の気を巡らせながら、深く吸い込み、細く平らに吐く。
ヨンの肚など知らぬ宝玉工はウンスの指輪を矯めつ眇めつ、その出来栄えの見事さに感嘆の唸りをあげる。
「医仙様、こちらの石は」
「これは、金剛石です」
「随分と質の良いもののようにお見受け致します」
「そうなんですね。私は素人なので」
「しかし王様がお付けになるならば、翡翠か水晶でお作り致しましょう。
金剛石では万一石が外れたり、台の爪で玉体に傷でも負われれば大事に」

宝玉工はウンスの金の指輪を確かめた後、目の前の王に向かって恭しく言って頭を下げた。
「任せよう。王妃と揃いであれば、それで良いのだ」
「畏まりました」

何か口を挟むかと、ヨンは眸を上げ卓向かいのウンスをちらりと見る。
しかしウンスは何を言う事もなく微笑んで、王と宝玉工の話を黙ってにこやかに聞いているだけだった。
あの割れず、欠けず、曇らぬ金剛石の意味の話はせぬのか。
訝しく思いつつもこれ以上の騒ぎにはすまいと、ヨンは口を結ぶ。
わざわざ己の方から罠に足を突込み、蒸し返すなど真平だ。
「急に呼び立てて済まなかったな。今日はもう良い。二人とも留守が続き疲れておろう。退出して帰宅せよ」

王は機嫌良く言いながら、傍らに控えるヨンへ頷いた。
ヨンはその声に首を振ると、横で己を見上げる王へ静かに伝える。
「いえ、王様。某より折り入ってお願いしたき儀が。終わるのをお待ち致します」

ヨンの声に王は快く笑い、宝玉工へと向き直った。
「さて、では余はどうすれば良い」
横の王妃が王の声に続きヨンとウンスをちらりと見た後で、宝玉工へと向き直り、背を正した。

 

******

 

「さて、大護軍」
坤成殿での宝玉工との面会を終え、安殿の私室に戻った王は、共に部屋へと戻って来たチェ・ヨンへ向き直り、愉し気に問うた。
「は」
「折り入っての頼みとは」
「・・碧瀾渡へ、参りたく」
「医仙とか」
「・・・は」
「次は何なのだ」
「碧瀾渡の、市の確認を」
「市の確認とな」
「は」
「何か問題があるのか」
「此度の双城総管府の一件での元との国交断絶、どう響いておるのか。
そろそろ出入りの荷に影響が出る頃かと。
品の入荷が薄くなり、治安が乱れておらぬかが気に掛かります」
「ふむ、言われればその通りだな」
反論の余地も疑いもない尤もなヨンの物言いに、王は頷く。

国交断絶の勅旨以来、碧瀾渡には元からの荷は、表向き受け入れてはいない。
それまでの荷の流れが変われば、民の暮らしの風向きも変わる。
王は頷いてヨンの顔をじっと見た。

「元からの荷が途切れても、必要な薬剤が入ってきておるのか。
医仙を連れて見に行けば、最も確実に判りましょう。
併せ民の必要な荷が滞っておらぬか。滞れば民が困窮致します。
ならば他の国からの荷で、補填がきくかを打診せねば」
「まさに。で、此度はそなた自身は何を探しているのだ」

王はヨンの言葉に頷きながら、その黒い眸を見て言った。
「王様」
「自身の用向きもあろう。でなくば何故大護軍自らが市の確認へ出向く。
治安の確認ならば官軍で良かろう。此度のような騒ぎが嫌なら、せめて先に寡人には申しておくが良い」

困ったように唇の端を歪めて笑む王へ、ヨンが僅かに顎を引く。
「王様」
「いや、寡人も己を省みておる。寡人が昨日ふざけたせいで、思わぬ程に騒ぎが大きくなったからな」
「それは」
「先に申せ。そうであれば寡人で留め、大きくせぬようにする」

読まれておると、ヨンは深く息を吐く。
己の浅知恵であった。しかし奏上したその理由とて嘘ではない。
己が攻めると決めた双城総管府、進言した元との国交断絶。
それが原因で市に揉め事が起これば、責の一端は確かに己に在る。
しかし一方で、王の言うとおり。
此度こそ坤成殿のような騒ぎは懲り懲りだ。ヨンは小声で呟いた。
「・・・白絹を」
「白絹とな」

ヨンの諦めたような息と共に吐いた言葉に、王は首を傾げる。
「は」
「そのような物、必要なのか」
「は」
「判った。手間取るかもしれぬな」
「覚悟の上」
「碧瀾渡であれば目と鼻の先、行き来もしやすかろう。すぐ発つが良い。何かあれば早馬を飛ばす」
「畏まりました」

ヨンが音無く立ち上がった瞬間に、王の声がその足を呼び止める。
「チェ・ヨン」
「・・・は」
踵を返そうとしていた脚を止め、ヨンは顎を下げ直す。
「外すでないぞ」
「は」
「その指輪」

王は目でヨンの左指を示し、そのまま其処へ立つヨンへと目を移す。
「外すでない」
「王様」
「これ以上の騒ぎは起こさぬ。そなたにも迷惑を掛けた。外されれば次は、寡人の面目が立たぬ。
そなたにも、医仙にも、王妃にも。故に外すな。外してはならぬ」
「王様」
「王命である」
王は愉快そうに言うと、小さく頷いた。
「急ぎ参るが良い、大護軍。道中気をつけてな」

開け放った窓の外から康安殿の内へと響く蝉時雨に背を押され、ヨンはその場で扉へ向き直ると大きな歩幅で部屋を出た。

 

 

 

 

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