比翼連理 | 14

 

 

「内向きを頼みたい」
改めて向かい合った居間の中。
卓向かいのコムとタウン夫婦にチェ・ヨンは改めて告げ、頭を軽く下げた。
「おやめください、大護軍」

タウンが静かな声で言いながら深く頭を下げる。
「こちらこそ、天下の大護軍にお仕えが叶い、光栄です。
皇宮での武閣氏の役を身勝手な理由で辞し隊長にまでご迷惑をお掛けした、私のような者が」
「相変わらずだな」
チェ尚宮がタウンの声に笑う。

「迷惑を掛けられた覚えはない。ただしお前の抜けた穴は大きかった。それは本当だ。
未だに剣戟でタウナ、お前ほどの遣い手には恵まれぬ」
「滅相もない。全て鍛えて下さった隊長のお力あっての事です」
タウンは穏やかに言った。

ウンスは茶を淹れ直し皆の前に出した後、その目の前の2人をにこにこと笑いながらじっと見ている。

「隠しても詮無い事だ、先に言っておく」
ヨンは口火を切った。
「俺には敵が多い。急に戦に駆り出される事もある」
ヨンの声にタウンとコムは頷いた。
「私も一時は皇宮に兵として身を置いた者。存じております」
話が早いとヨンは頷く。

「今はこの方も、迂達赤軍医として共におる。
但し戦の状況如何では、常に連れて行けるとは限らぬ」
「はい」
「俺の留守中、必ず守って欲しい」
「はい」
「連れて行ったとて、空の宅の守りは欲しい。
敵の多さ故、留守宅を襲われることが無いとも言えん」
「はい」
「開京に戻れば俺には隊の、この方には典医寺での役目がある」
「はい」
「内向き全般。そして宅と俺の留守時のこの方の守り。
この方の忙しさを考えれば雑務も多い。
炊事、洗濯、掃除もある。それ程の剣戟の遣い手には頼みにくい」

ヨンの正直な告白に、タウンが初めて声を立てて笑った。
「大護軍」
「何だ」
「女人は剣戟の遣い手だろうと、鋤鍬を握る農民だろうと、家では炊事も洗濯も掃除もします。
医仙様とて、されるでしょう」
「確かにな」
「変わりません。是非、お手伝いさせて下さい」
「有難い」
「とんでもありません」
「引き受けてもらえるか」
「勿論です、ぜひ宜しくお願いいたします」
「賃金は」
「結構です」

すかさず飛んだタウンの声に、この手合いかとヨンが息を吐く。
チェ尚宮がそのタウンにむけて諌めるように声を掛ける。
「タウナ」
「隊長」
タウンは首を擡げたままで、チェ尚宮を真直ぐに見返した。

「役目を辞した故に、忌憚なく申します。
今まで面倒を見て頂きご迷惑をかけた隊長の甥御殿から、高麗迂達赤大護軍から、賃金を受け取れるとお思いですか」
「働いた報酬であろう。当然の」
チェ尚宮の声に、タウンは平然と返す。
「では何故大護軍は、鉄瓶一つ持たずに戦づめなのでしょうか」
そこでくすりと笑いながら
「働いた報酬というなら、大護軍こそ今頃は金の御殿にでもお住まいでしょうに」
その声にコムがタウンの横、無言のまま深く一度頷いた。

「住み込みをさせて頂いて、隊長の大切な大護軍のお留守を守り、医仙様をお助けできる。
それ以上何を望みますか、隊長」
「・・・ここにも馬鹿がおったわ」
「はい」
チェ尚宮の苦々しい呟きに、タウンは嬉し気に頷いた。

「ウンス様」
庭先から恐る恐るかかった声に、ウンスが、そして遅れて部屋中の皆が振り返る。
「柿木を、持って来たのですが」
「あ!」
その声にウンスが慌てて腰を浮かす。
何事だと、チェ・ヨンはその眸でウンスに問いかける。
「頼んでたの。手頃な柿の木が欲しいって。優秀な薬効があるから、どうしても植えたくて」

ウンスはそう言って指を折り
「高血圧、やけど、かぶれ、しもやけ、風邪、二日酔い、虫刺され、歯痛にも効くんだから」
「すごいのですね」
驚いたように、タウンがウンスを見上げる。
「はい。実がなったら叔母様もタウンさんもコムさんも、一緒に食べましょう」
ウンスの明るい声に、タウンは嬉し気に頷いた。

しかし皆で庭先へ出て、その明るい空気が一変する。
「手頃って・・・」
ウンスは困ったように、大きな荷車に辛うじて乗せられた大きな柿の木を見詰めた。

「村の者が、大護軍様に納めるなら、一番いい実の成るものをと」
六人がかりで荷車を曳いて来た男たちが、そう言って頭を下げる。
「それは、ありがたいんだけど・・・」

確かに太さと言い枝ぶりと言い、大層立派なものだ。
ヨンはそう思いながら、首を振った。
ウンスは困り顔で、庭と木とを幾度も見比べる。
「うーん・・・これを植えるなら、相当深い穴が必要よね」
「確かに」
ヨンは荷車の上、藁に包まれ縄で縛られた柿の根の大きな塊を見て頷いた。
「俺が掘りましょう。何処に植えますか」
「大護軍様、そんな事は俺たちが」

荷車を曳き終え汗をかいた男たちが、そう言って立ち上がる。
それを手で押さえ
「良い。お前たちは水を飲んで休んだら戻れ。荷車もある。早く戻らねば日暮れに間に合わん」
そう言って井戸を指すチェ・ヨンに、男たちが頭を下げる。

ヨンは上衣の腕を捲り上げ、庭隅の大きな掬鏝を手に取った。
「どこの辺りが良いですか」
そう尋ねウンスへ振り返った刹那、真上から射す夏の陽がふと翳る。
いや、翳ったのではない。遮られたのだ。
己の倍もあろうかというでかいその背に。

ヨンの前に無言で立ったコムは、頭を下げて手を伸ばす。
そしてその手の中の掬鏝を大きな手で受けると、無言のまま、小舟ほどあろうかという沓で庭を歩き回る。

一周終わった後、髭だらけの顔で頷くと、ウンスに向けて庭の一点をその太い指で差した。
ウンスははっとしたように
「はい、そこでいいです。問題なしです」
そう言って何度も頷いた。

コムは頷き返すとまるで凍豆腐でも掘るように、固い地面に楽々と音を立てて掬鏝を突き刺した。
見る間に大きな土塊が、ごそりと掬い上げられる。
コムが掬鏝を振るうたび、その掬われた土塊の山は大きくなる。
「タウナ」

その土塊の山向こう、穴の中に隠れて行くコムを眺めつつ、チェ尚宮が静かに問うた。
「夫君は、口が不自由であったか」
「いえ、隊長」
タウンは首を振って笑んだ。
「そうではなく、人と話すのが大層苦手で」
「そうか」

チェ尚宮は頷いてその後は皆黙ったまま、目の前のコムの作る土塊の山を黙って見ていた。

夏の庭で荷車を曳いてきた男たちの汗が引く前に、コムの掘った大きな穴は柿の根を据えるには十分すぎるほど深くなった。
「せめて移すのは、俺たちが」
目の前に出来た大穴に男たちが仰天しながら言うと、コムは再び無言で首を振り、その柿の木へ近付いた。

荷車の横、太い指で根を縛っていた縄を絹糸のように千切り解く。
そして太い腕の肘を軽く二、三度曲げ伸ばしすると小さく息を吐き、その一抱えはある柿の木を持ち上げる。
柿木を抱いたまま穴へと近づき、注意深く穴へと下ろし、その周りに掘り起こした土塊を静かに優しく戻し、かぶせていく。

「コムは山育ちですから、木や草には詳しいのです」
少し離れたところからコムの様子を眺めつつ誇らしげに言うタウンに、ウンスは嬉しそうに笑った。
「最高です。薬草や薬木の事、勉強中だから。いろいろ教えてほしいな」
そう言うウンスの声に、タウンは優しく頷いた。
「何でも聞いてやってください。口数は少ないですが」

最後に井戸の横、釣瓶で汲み上げた井戸水を大盥になみなみ張って、こともなげに新しく植えた柿の木の根元に運びゆっくりと水を遣る。
そして盥を元の場所へ戻すとヨンのところに帰り、黙ったままコムが一礼した。
はっとしたようにウンスがぺこりと頭を下げる。
「あ、ああ、ありがとうございました!ごめんなさい、任せっきりで、でも、あんまり早くて、驚いてそれで」
その声に荷車を運んできた男たち含め、皆が思い思いに頷いた。
「いいえ、とんでもない!」

聞こえた優しく細い声に、下げていたウンスの頭が止まる。
居合わせたタウン以外の皆の目が、髭で覆われたコムの顔に当たる。
「こんな声なんで、餓鬼の頃からずっとからかわれて」
照れたように頭を掻いて何故か頭を下げたコムに向け、ヨンは頷いてその右の掌を差し出した。
「これからよろしくな、コム」
「はい、大護軍様」
「勘弁してくれ」
大きく厚い手を握ったまま、チェ・ヨンは渋い顔で言った。

「俺はヨン。チェ・ヨンだ」
「ヨン様」
「俺の方が、どう見ても若く見えるがな」
「・・・ヨンさん」
優しい声でそう呼んで、コムは嬉し気に手に力を込めかけて、慌ててその力を抜いた。
助かった、危うく握る潰されるところだったとヨンは笑う。

「では、二人に住まってもらう離れを案内しよう」

 

 


 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です