双城総管府の医師の治療部屋へ慌ただしく入る。
ウヨルが背負ったソンゲを、静かに寝台の上へ横たえる。
鷹揚隊医が傷に巻いた布を解いていく。
血で染まる布の端から吸いきれぬ血が床へ落ち、その場に赤い水溜まりを作っていく。
周囲のありったけの油灯や蝋燭を灯した後。
鷹揚隊医そして薬員たちの期待に満ちた目がこの方へと注がれる。
この方はそれを受け止めようとしない。
ただ俺の胸の中、震えたまま目を逸らし、小さく短く激しい息をしているだけだ。
「イムジャ」
「嫌」
「イムジャ」
「理由は分かるでしょう!」
掠れるほど高い悲鳴のような声に、部屋中の手が止まる。
その瞬間に手を振り払い、胸の中からこの方が走り出る。
「治療を続けろ!」
それだけ叫び細い背を追いかけ、俺は部屋を飛び出した。
壁に沿い行灯の灯る薄明るい回廊。
先を走るその手をすぐに掴み、そのまま小さな体を半分回す。
回して顔を覗き込めば、鳶色の瞳は溢れた涙で光っている。
覚悟していた、必ず泣いていると。
その細い両肩を、腕一本で胸へ抱き込む。
分かっている、涙の理由も。俺が誰よりも判っている。
「判る」
あの徳興君の指を一本ずつ切落としたいほど憎い。
王命さえなければ、今すぐにでもそうしている。
この方も同じだ。
ましてや先を知るこの方には、耐え難い憎しみに違いない。
俺の為にだけ泣き、笑うこの方だからこそ。
今から先のいつか俺を殺すその男を助けるなど、耐え難いほどの苦痛に違いない。
「それでも救わねば、イムジャがもっと苦しむ」
判っている、この方の事は。
敵兵すら躊躇なく救うこの方が先の世を創るはずのイ・ソンゲを見殺しにして時の流れを変えれば、この後必ず取り返しがつかぬ程に苦しむことになる。
先を知る方だから、そして命の大切さを知る方だからこそ。
「判っているから、戻ろう」
「嫌!」
溢れる涙を拭おうともせず、その亜麻色の髪を乱し、小さな頭が激しく横に振られる。
「2回もさせないで、ヨンア、お願い」
滂沱の涙を流し、途切れそうな声で、抱き締めた腕の中この方が必死に言い募る。
静かな夜の回廊にその痛ましい声が響く。
「出来ないの、私には出来ない。2度も出来ない。
知ってるのに出来ない、あなたを殺すってもう知ってるのに助けるなんて、絶対に出来ない!!」
抱き込んだ胸の中小さな拳が鎧を打つ。
そんなに打てば柔らかい肌などすぐ破れよう。
回廊の飾り彫の天井にこの胸を打つ音が響く。
「今奴を救わねばイムジャが死ぬ。イムジャの心が死ぬ」
この方が死んでいくのを、ただ見ているなど耐えられぬ。
この方が死ぬなら国を守る理由も、王様を守る理由も、兵を民を守る理由も、生き長らえる理由も、俺にはない。
「イムジャが死ねばこの世に未練などない。それはイムジャが誰よりもご存じの筈だ」
「私は死んだりしない。お願いだから分かって」
「判らないのはあなただ。いや、判っていて誤魔化している」
「ヨンア」
「良いか」
きつく抱き込んだ胸の中、小さな両拳を両手で握り、少しだけその小さな体を離し、その瞳を覗き込む。
「信じろ」
「信じてる」
「ならば奴を救え」
「出来ないの、したくても出来ない。この手にメスを握ったら最後自分が何するかわからない、だから」
「医仙だろう!」
張ったこの声に、濡れたその瞳が見開かれる。
「もう見捨てさせないでくれ。あの時のように、救えなかったと悲しまないでくれ。もう二度と」
慶昌君媽媽の時のよう悲しむ姿を見るなど二度と。
「俺は絶対に死なぬ、あなたがいる限り必ず生きる。信じろ、どうか信じてくれ」
二人が何度でも巡り逢える、この先へ続くために。
「俺の為に、その心を殺したりしないでくれ。
そんな事になれば来世で合わせる顔がない。
もう二度と出逢わぬよう、逃げ回る事になる」
そんな事は出来ぬ。
悲しい声で呼び続けるあなたを世界の何処か、ただ独り捨て置く事など。
「だから奴を救ってくれ。それこそが俺たちを救う道だ」
どうか信じてくれ。俺を信じてくれ。
次の世もその次もその次もその次も。
時の螺旋の中で再びあなたに巡り逢えるよう、その心を護らせてくれ。
その時は胸を張り、堂々と逢いに行こう。
その瞳を覗き込み、肩に負って、俺の居場所へ攫おう。
そして回り道をし、傷つき傷つけ、道の最後に再び気付こう。
何故逢いに行ったのか。何故目が離せなかったのか。
泣きたくなるほど、この胸の中で叫ぼう。
この方だった、俺の魂の片割れはこの方だった。
教えて頂いたあの天界の言葉を、幾度でも伝えよう。
愛していると。ただ心の底から、愛していると。
「救ってくれ、頼む」
この先に俺を殺すあの若い男ではなく、あなた自身の心を、そして俺達を救ってくれ。
震えるその唇から次に洩れる声を、俺は信じる。
あなたは必ず言うはずだ。救うと最後に言うはずだ。
俺は信じる。あなたを信じる。
「・・・部屋に戻るわ」
あなたのその声の行き先を、俺は信じる。

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凄い、の一言です。
このシリーズ、ずっと思っていますが、映像で観てみたいと。
ストーリー展開といい、スケールの壮大さといい、本当に胸にくるものがあります。
全ての登場人物の思考や心情までが見事に描かれ、その一言一言に頷きながら読み進めています。
続編があるなら、これを観たいと今日また思いました。
凄いお話を、本当にありがとうございます。
続きを楽しみにしています。
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さらんさん、出張途中の新幹線に身を運ばれながら、拝読させていただきました。
ああああ…切ないけれど、なんと感動的な会話!
ウンスの心を一番に護ろうとするヨン…。
朝から、ジーンときました。(。-_-。)
さらんさん、毎日、素敵なお話に癒されています。本当にありがとうございます!
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ウンスが珍しく後ろ向きになっていますが、その理由も判るしツライ気持ちも伝わってきました。
ヨンのまっすぐさが眩しいです。
こんな素敵なパートナーうらやましいです。
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何とも 言えません~
もう ソンゲ!
なんだろう 結局ウンスが 高麗にきて
運命が変わったのなら
ソンゲの命を助ける 役割なら
すごく 複雑よね~
ヨンの心を助けて 生涯ともに過ごす
選択をしたら こんなことって… いやね~
ソンゲの命を助ける 運命 と
ソンゲに命を奪われるかもしれない 運命
いやいやいや また 何か変わらないかもしれないし、 変わるかもしれない。
もう ソンゲと会いたくないよね~
うんうん 会わせたくない。
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読みながらドキドキし、読み終えた後、ほぅ~と息を吐きました。息を殺して集中して読んでしまうほどでした。
ウンスの「2度もさせないで」、ヨンの「しなければ貴女の心が死んでしまう」のくだりはもうお互いを大事に思う気持ちに涙、涙でした。
素敵なお話を有難うございます(*^^*)
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未来が分かってしまうのは、恐ろしい事ですね。
私も、Wikiで、チョヨン将軍について調べました。
ウンスは、どこまで、ヨンの生涯を知ってる
のかしら~~。
私まで、涙が出ちゃいます(>_<)
続き、気になるけど、2人の気持ち考えたら、読むのが怖いです。
さらんさん、慰めて~~
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今回のお話、すごく感動しました。
大切な人を殺めると分かっていて、その人を救えるか?私は看護師ですが、助けたくないと思うと思います。でも、このお話のヨンは、助けなかった後のウンスの気持ちを案じています。本当に相手を想っているんだなぁと、うらやましくなりました。
続きを楽しみに待っています。
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今回のお話、ウンスの悲痛な叫びがとても胸に日響いてきます。
ヨンの気持ちも…
とても、切ないお話ですね…