紅蓮・勢 | 47

 

 

「ウヨル」
月に照らされた木の下、共に腰を下ろした横のウヨルへ小さな声で呼びかける。
「はい」
いつもと変わらぬ穏やかなウヨルの声が返る。
「私は」

私は。そこで声が止まる。問いたい。知りたい。けれど、どう問えば良いと言うのだろう。
「・・・私は、間違っているのだろうか」

何故大護軍はあれ程私を見ていらしたのだろう、もの問いたげな眸で。
あの虎の眸が、今も胸に焼き付いている。
何を問いたかったのだろう。何故声に出し問うて下さらなかったのだろう。
「大護軍が、何か言いたげな眸をしていらした」
「おっしゃらぬのが、大護軍殿のご本心かと」
「そうなのだろうか」
そうなのだろうか、本当に。

「私は何か、間違っているのだろうか」
「ソンゲ様」
僅かに強い声で、ウヨルが私を呼んだ。
「ご自身が正しいと思われれば、それで宜しいかと」
「思えないからこうして聞いておるのだ、ウヨル」

私は小さく言った。
そうだ。あの眸で見られると、この心の奥まで見透かされている気がするのだ。
そして口にされぬ声で問われている気がするのだ。

それで正しいのかと。間違っておらぬかと。
もっと別の道を、考えようとはせぬのかと。
俺ならばそうする、お前は気付かぬのかと。
訳もなくそんな気がするのだ。

私も大護軍のようになりたいのに。
戦場に出て鬼神のごとく敵を斬り、大護軍のように若くして中央の高い官位と名誉を手にして称賛を浴びたい。
そうして我が李家の名を今一度、復興させねばならぬのに。

「私は、大護軍のようになりたい」
「ソンゲ様」
「なれるのだろうか、あの方のように」
「・・・無理でございましょう」
ウヨルの首が、静かに振られた。
「正直に申し上げます。
兵に、民に、心から愛され慕われるあの大護軍殿のようになるのは、他のどの者にも無理です。
ただしその兵と民を治める君主となるのは」
そこで息をつくと、その目がこちらをじっと見た。

「ソンゲ様、あなたです。あの大護軍殿には無理です。
君主となるにはあの方は、余りに兵と民を愛し、国を思い、王様を敬いすぎておられます」
そして頭を下げると
「出過ぎた事を申しました。お許しください」
その声に私は首を振った。それが真実だと信じたい。
大護軍のようになれずとも、国が治められるなら構わない。
どんな形であれ、李家を再興できるならば。

その瞬間 穏やかな月光の下、鎧の影が素早く走った。
「李 成桂、覚悟!」
闇から響くその叫びに、ウヨルが立ち上がると共に剣を抜く。

しかしウヨルの剣を抜く音と同時に、私の左腕に火がついた。

黒い木陰、白い月影に、紅い飛沫が散った。

「ソンゲ様!!!」
目の前の影を斬り捨てたウヨルが、大きく叫ぶ。
周囲の兵たちが駆けよる入り乱れた足音と叫び声。それと共に重い物が地へ落ちる音が混じる。
己の体が地へ崩れたと気付いたのは、この頬が冷たい土に触れてからの事だった。

 

「ソンゲ様!!!」
ウヨルの叫び声が東門の庭、俺たちと逆側の闇の中から響いた。
弾かれたよう腰を上げ、次の瞬間横たわるこの方を見遣る。
この方は目を丸くし、地に敷いた毛敷物の上で身を起こす。
「なに?」
この方の手を握り締め立たせると、俺は無言で走り始めた。

「ソンゲ様、お気を確かに!!」
駆けつけた先、叫ぶウヨルの前に、イ・ソンゲが倒れていた。
鎧から覗く左腕に流れる血が、周囲の土を黒く濡らして行く。
「何だ!」
そう問う俺の横、手を握られたままこの方は無言で立ち竦む。
「ソンゲ様が、賊に襲われ」

ウヨルがそう言い、目の前に斃れるもう一つの体を目で示した。
既に事切れた男の纏う鎧は、双城総管府の兵のものだった。
「テマナ!」
「はい!」
「この方の治療道具の包みを持って来い。チュンソクとアン・ジェ、鷹揚隊医と薬員を」
「はい!」
声が終わらぬうち、テマンが駆ける。
「イムジャ」

振り返り呼ぶと、その小さな沓が土を踏む。
この方が俺の背後、じわりと一歩後退った。
「イムジャ」
もう一度呼ぶとこの眸を見たままその首が振られた。
「イムジャ」
「嫌・・・!」
振り絞るような短い叫びが、口許から漏れる。
咄嗟に握りしめた手を、この方が振り払った。

「布を貸せ!」
俺の叫びに周囲から布が差し出される。
両端を握り、ばんと一度左右へ大きく伸ばし、そのままソンゲの腕の傷の上にきつく巻いて行く。
地に滲み落ちている時は黒かった筈のソンゲの血。
布に染みる時には闇の中、目を射抜くほどに赤い。
布を巻き終え、ソンゲの血に塗れた手を腕貫で拭う。

「双城総管府の医者を呼べ」
「探してみます」
そのウヨルの声に目を瞠る。
「どういう事だ、探すとは」
「此度の騒乱で、医師はどこに居るのか分かりません。城内に残っているのか、チョ総管に連れて行かれたか」
「急いで探せ」
その叫びにウヨルが付近の兵に向かい
「医師を探して来い、急げ!」
と声を飛ばす。
「斬った奴は」

ウヨルが苦し気に眉を顰め、僅かに顔を背けた。
「・・・私たち側の手の者です」
そのウヨルの声に、深く息を吐く。
短い会話の間も、白かった布はソンゲの血で染め上げられていく。
「大護軍!」
「大護軍、今の叫びは」
「チェ・ヨン、何があった」
周囲の人垣を割り、声と共に人影が飛び込んで来る。そのそれぞれの目が倒れたソンゲへ当たる。

「どういう事だ」
アン・ジェが叫ぶ
「詳しい話は後だ。ウヨル」
「はい」
「医者の治療部屋は館内にあるな」
「はい」
「ソンゲを運ぶ」
「はい」
「鷹揚隊医」
「はい、大護軍」
「共に来い、治療に当たれ」
「はい!」
ウヨルが倒れたソンゲの体をその背へと負う。
鷹揚隊医と薬員、そしてアン・ジェとチュンソクたちがその背の後ろに付き、足早に移動する。

俺はその場で後退ったこの方へ一歩大きく踏み出した。
反射的にこの方がもう一歩退くより先に、この手で捕まえる。

「赦して下さい」

それだけ告げ、その手を僅かに強く引くと肩を捉え、そのままこの胸へ抱えるよう無理に共に歩かせる。
抱いた肩が固く震えているのをこの掌で感じつつ、それでも俺は、進むこの足を緩めることはなかった。

 

 

 

 

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5 件のコメント

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    さらん様
    もう、詠んでも詠んでもきりがない、というか、ハラハラどきどきで、これでもか~!っていうくらい展開があって、面白過ぎます。
    毎朝毎夜の更新が楽しみで仕方ないです。
    ソンゲどうなるのかな?今となっては、治療するの躊躇うよね、ウンス。
    早く続きが読みたいけど、終わって欲しくない。。悩ましいー( ノД`)…

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    さらんさん!
    はあ~(。-_-。)、読み終えた後に、息をしてなかったことに気づきました。
    今宵もドキドキのお話をありがとうございます。
    またもや、ソンゲの生死の分かれ目に立ち会うウンス…。
    神が試しているかのような展開に、興奮状態の私です。
    ウンスのこと、悩みに悩み、きっとソンゲを救うことになるでしょうね。
    そしてまた、自身を責めるのでしょう。
    ああ切ない(。-_-。)
    さらんさん、おやすみなさい❤︎

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    李成桂さんなんでしょうが、李成桂さんの野心にいままでなかった警戒心がムクムク湧いてきました。
    この時代の個人でなく色々背負うものが多いことがそうさせているのでしょうか。
    ヨンに、ウンスに屈託泣く笑いかける李成桂さんお気に入りでした。
    ウンスの苦悩がわかりました。
    色々な角度からの展開、面白いです。

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    またイソンゲを助ける事になるんでしょうね。
    本当は助けたくないけど,軍医としてここにいる訳だから。
    それに,将来的な事はヨン以外は知らないですもんね。
    ヨンは兵を国の財産と大切に思っていますが,イソンゲにはそれが理解出来ないんでしょうね。
    必要無くなれば簡単に兵の命を奪う,それを疑問にも思わない。
    道具の様に考えているから,双城総管府の兵に斬りかかられたのでは。
    ウヨルから君主にはなれると言われるイソンゲ。
    双城総管府の兵から配下にして欲しいと慕われるヨン。
    対照的な二人,根本的に違いますね。
    又次話楽しみにしています♪

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    さらんさんおはようございます(#^.^#)
    体調はいかがですか?
    イソンゲの怪我。
    先のお話にてそうくるかぁ~と
    唸り
    この続き
    二人の心、苦しすぎます(/≧◇≦\)
    心情の書き方
    パボな私にもよくわかり
    まします唸る!
    まだ殺されるのが先でも
    愛する人が殺される。
    ヨンはそれでもウンスの心が死ぬから
    あいつを助けろと
    愛だね愛。
    さらんさんのさらんが
    心に染みます(T_T)

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