紅蓮・勢 | 27

 

 

空も、川も、毎日色や匂いが変わる。
風も、光も、同じ日は一日だってない。
今朝だって、昨日の朝とは全然違う。
変わらないのは、目の前の背だけだ。
俺は下腹の紙風船を膨らませながら、大護軍のでかい背を後ろからじっと見つめる。

変わらずについて行きたいこの背中。
大護軍を見つけられた、俺は幸せだ。
この背を護れれば死んでもいいと思う。
だけど死んだら残るみんなが悲しいから、誰よりも大護軍が一番悲しいと知ってるから、俺は絶対に死なない。

いつもここから一緒に出て、必ず一緒に戻る。

大護軍の横に静かに立ってる医仙の小さな背を見る。
この人を守るために、俺は死なない。
大護軍がどんなに大切にしてる人か知ってるから、俺にとっても姉さんみたいな人だから。
必ず守るために、俺は死なない。

 

大護軍が鎧の背を伸ばして立つ、鷹揚隊の明け方の庭。
目の前に鷹揚隊の、そして迂達赤の兵がずらりと並ぶ。
テマンが俺の右斜め後ろ、大護軍の背に付き、その背を無言でじっと見つめている。

この人と戦場に立つなど、数え切れぬ程経験した。
それでも毎回思う。敵わんと、そしてどうにか追いつきたいと。
せめてその肚を読み、無茶だけはさせまいと。

此度から医仙がいらっしゃる。それも俺には悩みの種だ。
医仙が絡めばこの人がどれほど闇雲に突っ走るか、骨の髄まで知っている。

必ずお二人とも、お守りせねばならん。
医仙が万一敵の手に堕ちたらなど、考えただけで恐ろしい。
斜め前の大護軍には聞こえぬよう、小さく胸の息を吐く。

 

斜め前の奴が静かに、目の前の兵たちを見ている。
何時もこんな横顔で、兵たちを眺めているのだな。

相変わらず何を思っているのか全く分からん。余りに静かすぎる。
一旦その馬に跨れば鬼神の如く剣を振るい、怒涛の命令を下す男が。

俺の兵たちが、奴を、そして俺をじっと見ている。
その目に戦の前の懼れは浮かんでおらん。
ついて行きます、そう言っているようにしか見えん。

奴と出会う前、こんな気持ちで兵に向かったことはあるか。
お前らを失わず必ず帰すと祈りながら戦ったことはあるか。
何処かで、自分が一番大切だったのではないか。
俺は今も、自分が大切だ。大切にせねばならん。
俺が取られれば、お前らを守れなくなる。
その為に必ず生きる。何としてもお前らを守る。

 

目の前の大護軍と医仙の背。
その斜め横に立って大護軍を見る、隊長と鷹揚隊隊長の横顔。
その斜め後ろ、俺の横に立つテマンに向かって
「テマナ」
声を掛けると、奴が振り向く。
「何だ」
「お前に会うの、ずいぶん久々じゃないか」
そうだ。こいつと共に紅巾族の戦から戻って来て、医仙への守りで慌ただしく過ごしている間。
こいつの顔を見ていなかった気がする。

「そう言えば、そうだな」
こいつは思い出したように俺を見た。
「何してたんだ」
俺の問い掛けににこりと笑うと、表情を改め
「息をしてた」
テマンは真剣な顔でそう言った。
「そりゃそうだろ、お前ふざけて」
「なあ、トクマナ」
俺の声にかぶせるよう、急にテマンが呼んだ。

「何だよ」
「おまえ、さ」
テマンが少し言葉に詰まる。
その目が淋しそうに、そして懐かしそうに、俺の握る槍をじっと見た。
「お前さ、トルベから槍を継いで、どう思った」
「嬉しかった」
俺は間髪入れず正直に言った。その答が予想外だったらしい。
テマンは大きく目を見開いて俺を見ている。
「何だよ」
「いや、違う答えを考えてた」
「そんなわけないだろ」
「そうなのか」
「勿論だ」

なあトルベ。
俺にとってお前は永遠の憧れなんだ、今も変わらず。
そんな事お前には口が裂けても言えなかったけど、でもあの時、俺は思ったんだ。
言いたい事が山ほどあって、聞きたい事も山ほどあって。
でも俺はあの時ただ、目の前でお前を逝かせてしまった。

寝苦しい夜の悪夢で、何度も見る真暗い宣任殿の、あの殿内に俺は立ってる。
槍を片手に立ってるんだ。
お前を守ろうと待ってるのに、お前はいなくて。
思ったんだ。
もし俺が剣じゃなく最初から槍を習得してたら。
あの時もしかしたらお前に手を掛けたあの憎い男に届いたんじゃないかって。

俺は思ったんだ。
あの時もしも間に合えば、お前は今もここで俺たちと一緒に大護軍の背を見ていたはずだ。
一緒に出征して、大護軍を守って先陣を切って、大護軍の真横、テマンの向こうを張って。
戦場を駆けまわって、槍を振ってたはずだ。

そう思うたびに俺は苦しかった。何もできなかった自分を滑稽にすら思った。
守る為に、いないお前を待つ夢を見る自分を。
お前が誰を守りたかったのか、俺達はみんないやってほどよく判ってる。
二度と間に合わなくなるのは御免だ。もう目の前で誰も亡くしたりしない。
俺たちの大護軍を、誰にも奪われたりはしない。
だから俺は一番最初に敵に届く武器が欲しかった。お前がしたみたいに、大護軍を守る武器が欲しかった。

なあトルベ。
お前には到底敵わない。だけど毎日鍛錬してるぞ。
敵わないまでも、恥ずかしい事はしたくないからな。

今回の戦はでかいぞ。落とすのはあの双城だ。腕が鳴るだろ。
一緒に来てくれるよな。
いつだってチュソクや皆と一緒に、大護軍を守ってくれるよな。

 

 

 

 

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