紅蓮・勢 | 32

 

 

夕刻の歩哨が立ち、ようやく篝火に火が入る頃。
寛ぐ兵たちの声が遮るものもない草原の上、何処までも広がっていく。

交代で夕餉を取る者、武器の手入れをする者、体を休める者、素振りをする者。
思い思いのその声が、まるでその下草を揺らす風のように。
黒い山陰の浮かぶ地平線まで届くほどに広がって、暮れ空に溶けて消えて行く。

その篝火を囲み夕餉を掻き込む兵たちの中央。
俺の隣で嬉し気に笑いながら自然と周囲に兵を集めるのは、この方の得意技だ。

「大護軍、本当に他の兵と一緒で良いんですか。膳を天幕に運びましょうか」
夕餉の碗を運んできた食膳係の兵の声に返すより早く、この方が口を開いた。
「何で?この人、いつもそんな特別待遇?」
「いえ、大護軍お一人ならいつも俺たちと共に召し上がります。ただ此度は医仙様もいらっしゃいますし」
食膳係が慌てて首を振った。
「そんなのつまんない。みんなと一緒に食べたいな。駄目?」

此方に向かい問いかける声、尋ねる瞳に息を吐く。
今更駄目ですと言ったところで、聞くわけがない。
「・・・構いません」
「わーい!これでお替りの時間も省けるわね」
嬉し気にそう言うこの方を見て、食膳係が目を丸くする。
「この方は、そこいらの兵と同じくらい食う」
俺がぼそりと伝えると、食膳係は頷いて
「皆、作り甲斐があります」
そう笑った。

そんな会話を気にも留めず、この方は碗を膝に乗せ
「いただきまーす!」
大きく言って食膳係に頭を下げた。
「ではこれで。何か御用があれば声をかけて下さい」
係の兵は大きく笑み、持ち場へ戻っていく。

この方が匙で碗の中身を掬い、口に運んで
「おいしい!」
大袈裟なくらいそう目を丸くする。

「やだ、野戦食って全然期待してなかったのに。こんなおいしいもの食べてるのねー!」
その嬉し気な声に周囲の奴らが寄ってくる。
「お気に召しましたか」
「医仙、美味そうに召し上がりますね」
口々に言いながら、この方の食べる姿を楽し気に眺める。
その真ん中でこの方は機嫌よくうんうん頷き、本当によく食っている。

しかし兵が三々五々周囲から散った後
「1つだけ、気になることがあるのよね」
そう言って匙で碗をかき混ぜ
「ねえヨンア、いつもメニューはこんな感じ?」

周囲の兵の喧騒に紛れて消えそうな小さすぎる声に、俺は頷いた。
「そうですね、移動が長くなれば食材の確保も難しい。
保存の利く食材を開京から持って来ます」
「そうかあ」
難し気な顔で頷いたこの方に
「どうしましたか。何か気になりますか」
「うーん・・・」
匙でくるくると碗の中をかき混ぜ、口に運びつつ
「あとでゆっくり話すね」
この方は、そう言って笑んだ。

やがて抱えた碗の中身を、すっかりきれいに平らげ
「ご馳走様でした」
この方が膝に碗を乗せたまま、ぱちんと小さな手を合わせた。
「ヨンアは?」
「終わっております」
俺が頷くと、この方は碗を手に立ち上がる。
「食器は、どこに片付けるの?」
「案内します」
その小さな手の中の碗をこの手で攫い、先に立って歩き始める。

「で、気になる事とは」
兵たちの寛ぐ中、ゆったりと歩きながら横のこの方を見る。
あの場で話し辛い事とは何なのだ。

「あのね、ちょっと野菜が足りない気がする。
そうすると どうしても感染・・・ああ、えっとね、小さな傷が化膿する。
それから肥満、便秘、風邪も引きやすくなるわ。最悪の場合、眩暈や高血圧、もっと大きい病気も」
「良いことは一つもないと」
「ただ持ち運びが難しいっていうのも判るの。生野菜はね。
別に生で食べる 必要もないから、干し野菜を作ろうと思うの」
「干すのですか」
「うん、栄養も凝縮して味も濃くなるし日持ちもよくなる。軽くなるから持ち運びも楽だしね」

成程。飯の中身の事など考えた事もなかったが。
「判りました。兵站部に伝えます」
「うん、それでね、干した魚と一緒にすっちゃえばいいと思う、すり鉢で。
粉末にすれば袋に入れて持ち運べるし、食べる直前にお椀に入れればいいのよ、ふりかけみたいに。
カルシウムも取れるし、一石二鳥だわ。帰ったら、水刺房の尚宮さんに相談してみる」

嬉し気にそう話し続けるこの方へ
「やはり女人は、目の付け所が違います」
そう伝えるとこの方が顔を上げ、俺をじっと見る。
「違うわよ?」
「は」
その強い声に俺が首を傾げると
「女だから気付いたわけじゃないわ」
「はあ」
真剣な目で此方を見たままのこの方は
「食いしん坊だから、気付いたのよ」
そう言ってにっこり笑んだ。
「さっそく作るわ、開京に帰ったら」

俺の為しか、考えぬ。
それを聞かせる事すら、負担になるとでも思ったか。
あそこで言えば、周囲の兵に聞こえる。
拵えた者の気分を害したくないとまで、配慮したか。

駄目だ。まだまだだ。鞍擦れの事と言い。
こんな見え透いた嘘をつかせるようでは。
隠した怪我を、見抜けぬようでは。

「・・・妻が食いしん坊で、助かります」
笑んだ瞳、その嘘に調子を合わせると、この方は嬉し気にうんと頷いた。

 

 

 

 

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8 件のコメント

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    綺麗で可愛いだけじゃない、プロとしてのウンスの活躍楽しみです。
    軍の全員に美しさと人としての魅力を深く認めて貰えるエピソード期待しています!

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    さらんさん、出張から帰る新幹線の中でじっくりと、そしてワクワクしながら拝読させて頂きました。
    導入部分の風景描写…、本当に見事です。
    景色だけでなく、声が物音なども聞えてきそうで、何度も読み返しました。
    ああ、ウンスの気遣いが、ヨンにとってはたまらなく愛しいでしょうね。
    それに、どれほど慣れ親しんでも、ウンスに対する敬意を忘れぬヨン…、実にイイ男です。
    さらんさん、明日も楽しみにしています。
    おやすみなさい(*^。^*)

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    さらんさんこんばんは♪
    体調はいかがですか?
    兵士の食事の中身。
    思い付きませんが野菜が足りない食事
    だったのかな?
    私のイメージできには根野菜中心だろうと
    思ってましたが…
    なんにしても医者のウンスだから
    気づけたこと。
    そしてウンスの
    「食いしん坊だかは気付けた」に
    ノックアウトでした。(*≧∀≦*)
    ウンスの気遣いに気付くヨンも
    凄く素敵でコメントせずには
    いられませんでした!( 〃▽〃)
    なにが今、一番大切か。
    選択の間違えが少ないさらんさんが
    凄いです。
    ヨンウンスの気遣いや気付きは
    さらんさんの精神にも通じるのかな?
    知ったかいってすみませんが
    そう思いました。
    毎日素晴らしい早さの更新。
    心配になります。
    無理せずご自愛しつつ
    よろしくお願いします<(_ _*)>
    そういいつつお話はほんとにほんとに
    楽しみにしてます!(≧∇≦)
    ありがとうございます(#^.^#)

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    >愛知のひとみさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    これ、私も考えたのです。特に高麗時代は元の教えである仏教思想が
    広く蔓延していたせいで、精進料理=野菜中心と言う
    文献もあるのです。肉食=身分の高い人に許される贅沢。
    でも、何しろこの時代、馬での移動が圧倒的に多いわけで、
    死んだり、怪我で使えなくなればすぐ食料になったのでは?と。
    そのままにして放置って言うのもなーと。
    いろいろ考えた末、こんな設定になったのでしたw
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >muuさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    このあたりは、ウンスが今まで知らなかった大護軍ヨンの
    いろんな場面を、細々書こうとしてた頃ですね…
    今までの「お客様」じゃなく、これから「軍医」として
    やってくのに、ウンスがちょっとずつ自覚をしてく
    そう言うとこだったような…気が…
    しかし長すぎて自分の記憶も微妙に曖昧と言う体たらくです。
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >わるきさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    今回はまだですね、何しろ双城総管府は無血開城してしまったのでw
    史書でも、ものすごく簡単に開いた、みたいな
    感じです。
    次以降は、怒涛かも知れませんが・・・
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >やすよさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    いえいえ、此方こそヨンで頂き、ありがとうございました❤
    活力、いい言葉です❤
    このコメも、やすよさまの活力になりますように
    (。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。、遅すぎますね…)

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