紅蓮・勢 | 30

 

 

野営地までの道程をこれ程遠く感じたのも久々だ。
これ程待ち遠しく思ったことも。

予定通りの野営地は双城総管府までまだ距離を残す、開けた大きな草原だった。
内通の状況が判らぬ限り、あまりに至近で野営する訳にはいかん。
双城側から攻められれば被害も大きい。そう判じての距離だった。

兵たちが手早く設置する天幕の中、作業の邪魔にならぬようこの方を待たせた横に立つ。
五千の兵が野営となれば森や林の中は無理だ。
周囲に何の目塞ぎもない、その視野の広さは逆に敵からも丸見えということになる。

野営地の北、国境側へと目を投げる。

その遠い山並みの聳える地平線向こう、たとえ元が攻め入るとしても今宵ではない。
国境からここまで、国交断絶を知った元が全速で進軍してあと四日はかかる。
元が双城総管府へ繋ぎを取るとしてもあと三日。その前には是が非でも開門し双城総管府を落とす。

進軍速度が速い。先の紅巾族との戦の時よりも更に速度が上がっている。
良いこととばかりは言えぬ。これほどの大人数での移動になれば嫌でも目につきやすい。
早いだけが能ではない。

緩急の調節か。ただ速く走るだけなら我武者羅に鞭を入れれば良い。
全体を見、流れを読み、速度を抑える方がむしろ難しい。
行軍の速度は全て先頭を進む俺の責だ。次の進軍を考え課題を頭に刻み、詰めていた息を吐く。

その息に気付いたこの方がこの背にそっと手を当てる。
ようやく隙を見つけたとばかりに眸を覗き、頬に手を当て、その指がゆっくりとこの頸に、手首の血脈に伸びた。
しばらく手首に細い指を当て、押し、緩め、ようやく離して この眸を見上げ
「うん、大丈夫」
そう言ってその目許が緩やかに笑む。

「鞍擦れの具合は」
問う声に頷きながら
「だいぶ楽になった。あとでしっかり消毒しとくわ」
「そうして下さい。明日も移動が長い」
「うん、分かった」
その笑顔を遅い午後の陽が照らす。

初夏の日暮れは日一日と、訪いの刻が遅くなる。
今も陽は西にあるとはいえ、まだ陣に篝火を焚くには空は明るく青過ぎる。
兵たちも天幕を張り終え、野営地にようやく僅かに穏やかな時間が流れる。

張り終えた天幕へと向かいこの方と下草を踏みながら歩く。
「この後暫し軍議があります。その間は兵をつけます。
怪我人も特におりません。天幕にいらしてください」
「うん、気を付けてね」
「はい」
そんな会話を交わし、天幕前で別れる。
あの方が中へ入るのを見届けた後、入口の幕前を守る奴らを見回す。
「誰も入れるな」
「は!」
兵たちは一斉にそう返し頭を下げた。

その足で先ずチュンソクの天幕へと向かう。
入口幕を肩で割り幕内とへ踏み込むとチュンソクが出迎えるよう、室内の椅子を立ち頭を下げた。
「アン・ジェの天幕で軍議だ」
それだけ告げ踵を返す。

チュンソクが急ぎ足で寄り、背に付き問うた
「医仙は」
「乗馬中に不調があった。治療中だ」
その答えに眉を寄せ
「お怪我ですか」
不安げに重ねて問う声に首を振る。

「それほどではない」
伝えると明らかに安堵した吐息が聞こえる。
「どうした、ずいぶん心配してるな」
それは俺の役目だろうが。そう思いつつ不審げに尋ねると
「それは勿論、大切なお方ですから」

チュンソクのその答えに、胸奥がおかしな具合に歪む。
無言で己を見る俺の視線に気づいたか
「そういう事ではなく、医仙に何かあれば、大護軍が」
慌てたように訂正するチュンソクに、
「下らんことを気にするな」
一言吐き捨て、アン・ジェの天幕へと大股で進む。

アン・ジェの天幕の入口幕を片手でばさりと捲り上げ
「アン・ジェ」
そう声を掛け中へ踏み込む。

中には鷹揚隊の衛隊長らが既に着席している。
「おう、チェ・ヨン。早いな」
「明日の軍議だ。お前らは」
「医仙の、明日以降の守りを決めていた」
「そうか」
「迂達赤から人が出るのは判っている。お前が戦場にいる間の鷹揚隊の人員だ。案ずるな」
「ありがたい」
「同行を俺が駄目押ししたからな。責任がある」

アン・ジェは腕を組みにやりと笑うと、一人得心したよう呟いた
「何しろ大切な方だ」
それには返さず、俺は卓の椅子へどかりと腰を下ろす。
どいつもこいつも大切大切と、簡単に言ってくれるな。
口を閉じ、眸だけで天幕の天井を仰ぐ。こうして誰も彼も味方に付ける。結局は。

「明日の手順のみ、確認する」

天幕内の奴らが無言で頷き、それぞれ椅子へと腰掛けた。

 

 

 

 

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8 件のコメント

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    だんだんと緊張感が増してきます(^o^;)
    ソンゲもいるし、ウンスも活躍(本当は無い方がいいんでしょうが(・_・;)) 出来るでしょうか。救える命はウンスの力で!!!

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    さらんさん、こんばんは。
    今夜もお話を届けて頂き、ありがとうございます。
    次第に緊張感が増してきましたね。
    味方ばかりとはいえ、5千の男の中に愛するウンスが居ることに慣れないヨンなのですねぇ。

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    >こうして誰も彼も味方に付ける。結局は。
    本当に・・・時々想うのよね?
    結局は、こうして誰も彼も味方に付けて
    読者を増やし続けるんだよ!
    さらんちゃんは( ´艸`)
    だけど「鞍ずれ」・・・・よく書きましたねΣ(・ω・ノ)ノ!

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    コメントご無沙汰しています。
    毎日、ドキドキ胸を躍らせながら読ませていただいています。
    ヨンとウンス、いつもと違う状況下で知らなかった一面を垣間見る。そして、思いを新たにしていく姿が素敵です。
    まわりはヨンの為、ウンスを必死に守る意識を高めているなか、小さなヨンの嫉妬がかわいいですね。ヨンの為だけじやなく、ウンス自体も守ってあげたくなる存在に、気が付くとなっている魅力をもつことをいち早く感じとっているのかな?

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    >ままちゃんさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    ヨンにしてみれば、気が気ではないでしょうw
    しかし迂達赤の一兵卒なら蹴り飛ばせても、
    相手が鷹揚隊や、ましてアン・ジェやチュンソクでは
    さすがにね…と(w
    まあ、亭主妬く程、女房もてもせず(爆
    第一懸想すれば、大護軍のきっついお仕置きと分かるでしょうし、
    何より兵たち、ヨンに惚れこんでるからウンスを大事にしてるんだけどなーw
    (邪心がないとは言いませぬが)
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >victoryさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    鞍ずれ。これね、味わうともう、お馬さんを恨みます
    (え、分かってます、恨みのベクトル斜め上すぎ)
    勿論一番恨むのは自身の腕のなさですがw
    書いてて思い出して、思い出し痛で涙が出た回でしたw
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >muuさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    これは、現代でもそうらしいです。
    ここまで戦争の大部分が機械化しても、やはり作戦前の
    独特の雰囲気と言うのが、あるようです。
    味わわずに済めば、それが一番ですが・・・(ノ_-。)
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >poppuさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    この時点では双城総管府の無血開城と、ソンゲと徳興君の
    ベースの流れは決まっていたので、ああ、二人とも大変だ、と
    書きながら思っていた頃です・・・。゚(T^T)゚。
    決めた本人が言うのもあれですが、辛い思いをさせました・・・
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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