紅蓮・勢 | 5

 

 

そのまま典医寺へと全力で駆ける。
待っていてくれ。

門に飛び込み、すれ違う薬員や医官の振り返る顔もかかる声も置いて駆け抜け、診察棟へ飛び込む。
「・・・大護軍」
無礼な闖入者にさすがに驚いた顔でキム侍医が椅子から立ち上がる。
「久々だ」
俺の言葉に微笑みながら頷き
「伺いました。戦勝おめでとうございます」
「ああ。あの方は」
「ウンス殿は、お」

その時大きな音を立て、奥の扉が開いた。
あのばあんという、扉を開ける懐かしい音がする。
「ヨンア!!」
心を掴まれる、その懐かしい叫び声が。

真直ぐ腕の中に飛び込む小さな体、その瞳、その髪、その香。
泣くのを堪える幼子のような、ぎゅっと喰いしばったその唇。
俺の視界の隅、キム侍医が薬員に目配せし、共にそっと静かに抜け出ていく気配がする。
そんなことには目もくれずこの眸を覗き込み、頬に手を当て顔を撫で、頸に、手首の血脈に細い指を当てるこの方。

ああ、この手だ。
温かいこの指だ。

待ち侘びていた、距離を埋めようと空を見上げた、幾度も胸に描いた、それがこの腕に戻る。
逢いたかった、逢いたかったと心が叫ぶ。
これ程に愛おしいものを、これから何度置いて出れば良い。何度離れて、胸で呼べば良い。
離れたままで、これからどのように護る。
先の事は考えるな。幾度言い聞かせようと目にすれば、こうして抱きしめれば離せなくなる。
一歩が足りずに奪われることだけが怖い。

綺麗事など言えぬ。そうだ、俺は怖い。
部下を失うのも、朋を失うのも、国を失うのも、何よりこの方を喪うのが、俺は怖いのだ。
怖いからこそ護る。それだけが俺を強くする。

怖がるこの眸を覗き込み、瞳の中に映る俺の姿が揺れる。
「・・・・・・ヨンア」
「戻りました」
「・・・っお帰り、なっ・・・」

出征前には懸命に隠したその涙を、此度は隠そうともせぬ。
目の前でただ涙を零すこの方を、こうして見守るしかない。
時に秋雨のように静かに、時に驟雨のように激しく。
あなたが涙するのを、俺のせいで泣くのを、今まで幾度も、幾度も見てきたというのに。

「すまん」
また、泣かせた。
そう言えばこの方は大きくふるふると首を振る。
「・・・・・・嬉っし、くて、泣いてる」

この指でその頬をいくら拭っても、後から後から落ちる温かな滴は拭いきれそうもない。
「泣かないで下さい」
「うっ、嬉しっ、泣きも?」
「・・・ええ」

そう言って小さな両頬を掌で包み、目を合わせ、両の親指で滴を拭う。
これ程泣かせた上にまた伝えねばならない。
あなたに告げた大切な誓いを一つ、破らねばならない。

目を合わせその頬を掌で包んだまま、真直ぐに頭を下げて俺は言った。
「本当に、本当にすまん、ウンスヤ」
心より詫びるより他に何もしてやれぬ。
「どうし、たの」
繰り返す詫びに、この方の目が揺れる。

「婚儀が、延びる」

この後王様が宣旨を発しイ・ジャチュンが小府尹になれば、即座に双城総管府を攻め落とさねばならぬ。
刻が空けば、双城総管府での情報露呈の危険が増す。
突然の人事の裏工作、元側に気取られぬとも限らん。
その前に全て片を付ける。

宣旨発令、元との断交、双城総管府奪還。
この三段の階は一息で駆けあがらねば、何処かで足を掬われる。
転げ落ちればまた昇るのに、少々面倒なことになる。

「・・・・・・」
黙ったままのその瞳がもう一度、この姿を映し出す。
そこに拭う滴がもう流れていない事が、涙を見た時よりも尚更この胸を痛ませる。

「・・・・・・驚かせないで」
この方が静かに言った。
「急に謝って何が起きたかと思った。婚儀なんていつでもいい。出発前に言ったわよね?あなたが無事ならそれだけでいい」
三日月に笑んだその目が、本心だと伝えている事がなお辛い。

「帰れば婚儀と言った。本当にそうなると思った」
「それが変わった。また、戦なのね?」
「そうです」
「あなたが予定を変えるのは、もうそれしか考えられない。だいぶ分かってきた。呑み込みいいでしょ」
そう言ってこの方がまた笑う。

「いい妻になる為の予行練習だと思って頑張るから、大丈夫。不慣れだから時間があった方が嬉しい。
いつもこうやって無事に帰って来て。それ以外の約束はなんにもいらない。その代わり、破ったら絶対に許さない」

そう言うあなただけが俺を生かすのだ。
何があろうと必ず無事で、生きて帰る。
その約束だけは、違える訳にはいかん。
「約束します」

その温かい掌がこの両頬に添えられた。
次の瞬間背伸びして近づいた温かい唇が、この唇を掠めて触れた。

「我慢の夜は続くのね、可哀想な私の旦那様」
からかうような優しい声。好きに言ってくれ。それくらいの事は耐える。
赤くなっているだろう熱い顔を背けて息を吐く。
「今日は、一緒に帰ろう?」
「待っております」
「ううん、このまま帰ろう。キム先生に言って」
「問題はないのですか」
「大丈夫」

キム先生、今日は帰らせて。
叫びながらこの方が髪を揺らし、侍医の部屋へと駆けて行く。

 

 

 

 

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6 件のコメント

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    さらんさん、ホカホカする素敵なお話をありがとうございます❤︎
    ひゃー、やはり二人のほろ甘いシーンはいいですね。
    ウンスに熱い想いを抱きながらも、婚儀まで節度を保とうと我慢しているヨンを見るのも、楽しみです。
    さらんさん、暑い一日になりました。
    ご自愛下さいね。

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    さらん様、
    やっと会えたねー!
    でも、この時代、戦ばかりなのは、悲しいけど、しょうがないのかなぁ。頑張れウンス!
    うーっ、婚儀が延びてしまったかぁ。
    楽しみが増えると思って、これまた頑張れウンス。ファイティン‼

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    >せーらさん
    こんばんは❤超遅コメ返となり、申し訳ありません・・・
    この時代、というか高麗の史実のみですが、最後は
    戦に疲弊して、国自体が滅びているので・・・
    此処からもヨンは、大変そうです。
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >muuさん
    こんばんは❤超遅コメ返となり、申し訳ありません・・・
    ヨンとウンスオンニの、どっぷり甘い感じを次にかけるのはいつか…
    何しろ戦漬けの大護軍と、軍医に就任までしてしまったオンニ。
    ミリタリーカップルと化してしまいました。
    大変なのになあ・・・(゚_゚i)
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤超遅コメ返となり、申し訳ありません・・・
    我慢の時は続くのですw
    ウンスオンニとしては、あの手この手で行きますが、
    何しろ相手は大護軍ヨン。そう簡単な陥落は不可能です…爆
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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