紅蓮・勢 | 22

 

 

典医寺のあの方の私室を出る。
扉前で一晩中守りに就いたトクマンが、赤い目をして頭を下げた。
「おはようございます!」
朝焼けの中の直立不動の背。
不自然なほどに此方に目を向けず、叫ぶように言う奴の頭を叩く。
「おかしなことを考えるな」
「そんなことは!」
「考えておろうが」
「いえ、大護軍は医仙の許嫁なのですから」

言うたそばからこれだ。
お前らの頭の中には艶事しかないのか。
「どうせなら此度の陣の事でも考えろ」
「はい!」

真直ぐに背を伸ばして頷く奴の脇を抜け、典医寺の門へと足早に抜ける。

残り三日。
明日には元へ、王様の国交断絶の勅旨が届く。
計通りならその頃俺達は腕に双城への途にいる。
明後日の夕刻には双城だ。

 

*****

 

「大護軍」
戻った鷹揚隊の兵舎。
入口でチュンソクに呼ばれ足を止めた。
「お戻りだったのですか」
「おう」
「これほど早く帰らずとも」
「・・・お前までか」
「は?」
どいつもこいつも。
その声に太く息を吐く。

「朝の鍛錬の事だけ考えろ」
「分かりました。で」
「で、何だ」
「此度より共においでなのですね」
この肚が読めすぎるのも問題か。
「ああ」
顔を顰め、奴の声に俺は頷いた。

穏やかな顔で戻った大護軍に俺は尋ねる。いや、尋ねるまでもないだろう。
もしもうまくいかねば、大護軍がこんな顔でこの刻、此処に立っているはずがない。
「此度より、共においでなのですね」
「ああ」
その問いに本当に嫌々、大護軍が短く頷いた。

昨夜鷹揚隊兵舎の門前での騒ぎを聞きつけ、駆けた時には既に大護軍の姿はなかった。
それにしても騒ぎが鷹揚隊で起きた以上、俺が出張って、事を収める訳にもいかん。
大護軍とて事情を話すならば俺にではなくアン・ジェ護軍の処へ出向くことになろう。

一晩兵舎を空け今こうして穏やかな顔で此処にいる、それだけが全てだ。
それだけで良い。大護軍が万全の状態で戦えるならば、それだけで良い。

しかし、と、この肚の中で苦く笑う。
医仙。あの方は、変わらない。
何時であれ何処であれ、常に騒ぎを巻き起こす方だ。大護軍の気苦労がしのばれる。
それでもご自身で選んで、誰より傍に置いておられる。
お二人が離れられるとは思えん。
あの丘での時間を見ている俺には、そしてトクマンには、誰よりテマンには。
「大護軍」
そうだ。
紅巾族の制圧から帰って以来ずっと気にかかっている。
「何だ」
「テマナは最近」
あれ程大護軍大事で傍に寄りつき離れぬ男が、このところやけに兵舎を留守にする。

大護軍を探すならテマナを探せ、それが習慣の俺たちには予想すらしなかった驚きだ。
「気にするな」
俺の問う声に、大護軍の口許が微かに笑む。
「心当たりはある」

紅巾族にあの雷功を撃った後。護ると言ったテマナに俺は伝えた。
必要ならば呼ぶ。そして思った。こいつにも出来ぬ事があったと。
チャン侍医ほどに内功に精通せねば、却って危険だと。

北方兵舎の宴会から抜け、兵舎の木の上にいたあの時の奴の悔しそうな顔を思い出す。
内功と言えば今の俺たちの周囲、思いつくのはヒドしかおらん。
俺ですらそうなのだ、テマンにすれば尚更だろう。
いつでもそうだ。不器用なほど真直ぐにこの背を追い、護ろうとしか考えぬ忠義な男。

もっと自由に生きて良い。好きなところへ走って良いぞ。
そう言えば恐らく嬉し気に頷いて、その上で俺へと走り、好きなところに走ってきました、そう言って奴は笑うだろう。
馬鹿なんだ。あいつは。

ヒドの処に通っておる。間違いはないはずだ。
俺以上に無口なヒドがわざわざ言いになど来るはずも、訊いたとて口を割るはずもないだろう。
ただ黙ってテマンを受け入れ、恐ろしくぼそぼそと低い声で呟きながら、調息でも教えているに違いない。
テマンの真直ぐな目に見られれば断れぬ男と、俺が誰より知っている。
不器用なんだ。相変わらず。

二人とも恩を売ればいい。お前のためにここまでしたと。
ここまで時間をかけ身を粉にして働いたと、ふんぞり返って、手柄を自慢すれば良いものを。
テマンもヒドも、どちらとも。
弟も兄貴も馬鹿で不器用では、挟まれた次兄の俺の気苦労が絶えん。

 

 

 

 

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10 件のコメント

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    さらんさんのお話が、毎日待ちどおしくて!!
    今日は、ほのぼのとした感じで心、穏やかに読ませていただきました。嵐の前の静けさ?明日をたのしみにしています

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    やっぱり ヨンは 何でもお見通し。
    ヨンの居所は テマンに…
    テマンの居所は… テジャンが知っているのね
    やっぱり 素敵な三角関係。
    ウンスが 一緒と聞いて
    ぽっぽも 一安心? (〃∇〃) 

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    さらんさん、出張帰りの疲労困憊のへたへたの私に、一服の清涼剤のような素敵なお話をありがとうございます。
    無口で無愛想でシャイなヨンといい、さらんさんのお話の中の男たちは、誰もが魅力的ですよね❤︎
    自分のできること、やるべきことに心血を注ぐ努力をおしまず、しかもそれが彼らにとって「当たり前」と感じているのが、すごいなあ。
    いよいよ、出立が近づいてきましたね。
    ああ、さらんさんのリズミカルでスピーディなタイピングが聞こえるようです。
    明日も楽しみ!

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    なのに・・・・笑ってしまった(〃∇〃)
    誰だろ?一番気苦労の絶えないのは( ´艸`)
    チュンソクに決まってるって私は確信して
    ヨンア甘いわ!!って言いそうになったけど
    よくよく考えればウンスが絡むと
    ヨンアも相当なものかもなぁって(大笑)
    アンジェが怒った時は・・・・いやいや
    その前からウンスにだんだん腹立って
    お尻がムズムズしていた私でしたが
    さらんちゃんにやられましたね(^▽^;)
    なんだよぉ~結局こうなるんじゃないのぉ~
    っていうか何?こうなるとやっぱり
    気苦労NO.1はチュンソクじゃない?
    ね?こんなこと書いてるとお笑いっぽい!けど
    だけど、歴史は確実に大きく動く・・・・
    さらんちゃんの腕の見せ所です^^

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    >victoryさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    我が家の皆は何故か、あいつが大変なんだから、とは思っても
    自分はこれだけ大変だから、とは思わないようで。
    何処か欠落してるようです。利己主義、とか自己主張、とかw
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >muuさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    今も昔も洋の東西も問わず仕事のできる人間を無条件に尊敬する私ですが
    高麗の武人では無能=死、という不文律があると思います。
    そうしたものはどんどん淘汰され、完成していけばいくほど
    やはりこうした形になっていくのが自然かな、と…
    ヨンの場合、イエスマンを意図的に身の回りに置くとは考えられないので、
    これはもう、彼らの資質だろうと思います。
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >kumiさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    涙が出るほどだったら、嬉しいです!
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    もうこのあたりは、現代のお父さんより、余程息子の居場所を
    しっかり把握しているヨンパパw
    お疲れ!と労ってあげたいくらいです(爆
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >snow1019snow1019777さん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    それ程楽しみにして頂けて嬉しいばかりです❤
    休み明け、7月7日にまたお会いできればと思います(*v.v)。
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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