紅蓮・勢 | 44

 

 

迎賓館の大きな室に集まったのは五十人程の兵。
鷹揚隊各部隊長、迂達赤各組頭、それに加え双城総管府の兵長始めそれぞれの隊長らしき男。
それらがずらりと長い卓へと着いた。
大きな部屋の中。
胡風の彫り物を施した行灯が至る所に据え置かれ、壁に掛かった風防の中の蝋燭とともに室内をゆらりと照らしている。

その揺れる灯の中、映し出される鎧姿の列は微動だにすることなく真直ぐ俺へ向いている。
「双城総管府は陥落した。この後は門を閉め、外部との接触を遮断する」
腕を組んだこの声に、列席の全員の目が頷く。
「元との折衝を避ける。双城総管府は本日只今以降、出向機関としての職務は担わん。
元も物言いたくば今後は他国同様、王様に対して形式通りの手順を踏ませる。特別扱いはせん」
「畏まりました」
ソンゲがそう言って頷いた。

「全ての手続きが終わり、総管府の財産を正式な手順にて内幣庫から国庫に納めるまで兵を置く。
この後皇宮から内幣庫の文官も呼び、財物整理をする。今後滞在に残る兵は、鷹揚隊護軍」
「おう」
アン・ジェが唸り声を返す。
「お前が鷹揚隊から三千ほど選抜し指揮しろ。護軍が残る事叶わぬ故、指揮官も選抜しておけ。
元からの万一の反撃にも対応できる兵を」
「分かった」
「ソンゲにはそれらの者の滞在場所を決めてもらいたい」
「畏まりました。兵の方々には今の主兵舎が最も利便が良いかと思います。
厩舎にも出入りの正門にも近く、兵の必要な設備が整っています」
「では後ほど鷹揚隊護軍、そして指揮官と話を詰めろ」
「はい!」
「残りの兵は早急に、徳興君を連行し開京へ帰還する」
「はい!」
全員が、口々に声を上げる。
「出立まで二刻ずつ各隊が順番に牢車を護衛。絶対に逃す訳にはいかん。順序に関しては迂達赤隊長」
「は!」
「鷹揚隊と共に順を決めろ」
「は!」
チュンソクがその場で頭を下げた。

「出立までの馬の面倒は」
続けたこの声に
「双城の厩舎番が居ります。こちらの手の者たち故ご安心ください。その者どもに任せましょう」
ウヨルが此方へ告げる。
「助かる」
「とんでもない」
頭を下げるウヨルに俺は頷いた。

「この人数を公平に室内で休ませることは無理だ。今宵はどの兵も庭で過ごす。
各自隊に戻り次第、野営の準備を整えさせろ」
「は!」
一斉に返る声を聞きながら
「捕縛した兵はどうする」
最後にソンゲへと確かめると奴は首を振り
「我ら側へ迎え入れてもいずれ裏切りましょう。罪状を読み上げた上で始末するのが賢明かと」

淡々とそう告げる声に、僅かに眸を瞠る。
「元には、戻さんのか」
「戻せば元側の力となります」
「説得は試みぬのか」
「一度目に生かしたのは、その場で殺せば恨が残るからです。此方へ付かなかった名目があります。
勝敗が決した以上、敗残兵を始末する分には問題ないかと」
そう平然と言い放つこの若い男。目先のことしか考えぬのは若さ故か。

「勝敗が決した後とて、殺せば少なからず恨は遺る。元へ戻せば、今後連綿と続く恩が売れる」
「ならば残らぬよう皆殺しに」
「お前の手中に残った兵はどうする。そ奴らに恨が残らぬか。今日まで共に戦った仲間だ」
「遺恨の気配があれば、その者も殺します」
「・・・お前の兵をか」
「はい」

間違ってはおらん。双城の兵に関し、俺に決定権はない。
どうする。
このままであればイ・ソンゲは本当にあの兵らを斬る。
まして遺恨があれば、己の兵すら斬ると言い切るこ奴。
「ソンゲ」
「はい、大護軍」
俺へと頷くその顔に今、一切の二心は感じぬ。
俺に対する忠心を、何故に己の兵には持てぬ。

「お前が斬ろうとしているのは敵ではない。己と信義を別にしただけの味方だ。
捕縛された兵にとっての敵は寧ろ俺達だ。
話をしてみようとは、説得してみようとは思わんのか」
「大護軍」
「ましてお前の言うとおり既に勝敗は決した。戦は終わった。
引き上げるだけだ。説得の刻は残っているのではないか」

俺にとっては目を輝かせ鬼剣を見つめた、俺に武勇伝をせがんだ子供。
その男が遺恨ありならば味方を斬っても構わぬと、そう言うようになった。
ましてや此処に味方の兵を預かる代表者らが列席しているにも関わらずだ。
あの頃の俺なら教えたかもしれぬ。
お前は今、兄の前で言った。父の前で言ったのだ。
お前の弟に、息子に遺恨あれば斬ると。それで遺恨の無い方がどうかしている。

俺は息を吐いた。
これ以上こいつに話させれば、己でもそうと気付かず立場を悪くするだろう。
「俺は王様から、此度の全権を一任されている」

静かに告げ懐の号牌を指先で掴み出して長卓に置く。
揺れる灯の中置かれた号牌に、列席者の目が集まる。
「号牌の許、高麗迂達赤大護軍として伝える。イ・ソンゲ」
「はい」
「双城総管府で捕縛した全兵預かり、一旦開京へ連行する。
公正に詮議の後、身柄の扱いを決定する。
高麗の落した双城総管府、その兵ももはや高麗の財産だ。
功労者といえど、一存で処罰することは許さぬ。良いな」
「はい。仰せの通りに」
それだけ言って、ソンゲは頭を下げた。

この声にお前の味方の兵の表情が安堵に緩んだ事。気付かんのか、ソンゲ。
周囲を見ろ。誰がまずお前のために戦ったかを。
誰がその声に従い、一つきりの命を懸けたかを。

それが出来ねば自身が後々悔いることになる。
要らぬ血を流し、喪わず済むはずの命を失い、取り返しのつかぬ事になる前に。
忘れるな、命は一つきりだ。自身だけでない、敵も同様。
その命を奪い、背負う覚悟で斬っていけ。
まして味方を斬るなどと、簡単に吐くな。
他の場所ならまだしも、その兵を預かる者たちの前で。

この若い男に、何処まで伝わっているのか。
判じきれず揺れる灯の中ソンゲを凝視する。
「話は以上だ。各自持ち場に戻れ」
胸裡の思いを振り切るよう、最後に伝えて椅子を立つ。
「は!」
列席の全員が頭を下げ、続いて椅子から腰を上げた。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    信義という言葉、ヨンが言うと格別重みがあります。
    イ・ソンゲもヨンに学んでいく男のひとりなのでしょうか。
    次がまた楽しみです!

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