泣かせた事に胸が痛くて、腕を伸ばせぬのは臆病ゆえだ。
久々に共に過ごす宅の居間。
開いた扉の向こうの庭の木々は、最後の記憶より鮮やかに新緑を茂らせている。
その縁側であなたを膝に、座りたくても出来ぬのは。
謝罪以外の声が掛けられぬのは、言葉の足りぬ身勝手だ。
久々に卓で向かい合うこの方は嬉し気に目を瞠り、頬を紅潮させて待っている。
判っている。あなたは待っている、何かの言葉を。
「・・・戻りました」
開いた扉からも大きく切った窓からも射す、溢れる光の中。
ようやく口を開く。この方が嬉し気に幾度も頷く。
「留守の間、変わりは」
「何もないわ。典医寺とここの往復」
「危険な事は」
「全然。いっつも誰かがいてくれたしね。チュンソク隊長が気にしてくれてしょっちゅう顔を出してくれたし」
「・・・そうですか」
「チェ尚宮の叔母様も、武閣氏のオンニのみんなも心配して、一緒にいてくれた」
「何より」
「媽媽は、心配だから坤成殿にって言って下さったけど、でも王様もおいでだし、邪魔するのもね?」
「はい」
その声に微かに微笑む。
俺の不在の間も王様と王妃媽媽は睦まじくお過ごしであったのだな。
そう判るだけで僅かに安堵の息が漏れる。
お世継ぎが誕生すれば、尚更に徳興君を討つ名分も増える。
「あなたはどうだった?危なくなかった?怪我はしてないみたいだけど」
「全く問題なく。此度の敵は単なる烏合の衆でした」
「そうなのね。隠してないよね?」
「何も」
「心配させないようにとか」
その不安げな声に首を振ると、ようやく卓向かいのこの方の瞳が笑む。
しかし何かもじもじと小さな手、細い指を動かして。
その指先を見ながら、首を傾げる。
落ち着きなく何か言いたげに、何かしたげに動く指先を。
如何したという。その細い指から瞳へと眸を移す。
移して眸で問えばこの方の紅潮した頬が、一層朱を濃くする。
「あの、ね」
「はい」
先刻までの己のようだ。どうにか言葉を探す様子。
「何でもない。お茶、淹れるね」
「・・・はい」
咽喉が渇いていたのか。
気にせず茶でも何でも、お好きなものを飲めば良いものを。
すぐに茶を淹れ戻ってきたこの方が俺とご自分、それぞれの前に茶碗を置いた。
その茶椀を口に運びつつ、この方の茶碗を持つ手をじっと見る。
それでも未だそこが落ち着きなさげに見えるのは。
「イムジャ」
「え?」
その裏返る声はどうしたことだ。
「どうしました」
「えーと、あのね」
「はい」
言いたいのに言い出さぬ風情の理由は何だ。
「・・・何か、あったのか」
隠しているような気がしてならん。
何か大切な事を。
「何かあったというか、えっとね」
目の前で決意したよう、小さな顔が上がる。
その瞳がもう一度こちらを見遣る。
「さっきは勢いでしちゃったけど、あのね」
勢いで、しちゃった。
勢いで何をされた。
この方と典医寺でようやく再会して。
「で、も、先の世界ではね、愛する人と再会して嬉しいときはハグしたりキスしたり、こうもっと嬉しいーって、表現するものよ?」
「はぐ」
初めてのその天界の言の葉を繰り返す。
「きす」
聞き慣れぬその天界語の繰り返しにこの方が頷き
「なんだかこう、あなたを見てると、嬉しくないのかなって・・・
先の世界では軍務中の面会は着帽だから、あんまり大っぴらにできないけど、除隊した時なんてすごいんだから。キスとハグの嵐よ」
はぐやら何やらは判らんが、聞き捨てならぬことを言われた。
其処だけは、はっきりと判る。
「嬉しくないわけがない」
「だって」
「帰って早々誓いを破り、申し訳ないと思う。泣かせたことに心が痛む。
だからと言ってようやく逢えて、嬉しくないわけがない」
「だったら何で抱きしめてくれないわけ?普通嬉しければ、そっちからキスくらいするでしょ」
そう言って不満げに口を尖らせるその声。
ああ、と膝を打ちたい思いでこの方を見る。
勢いでしちゃったとは、あの接吻のことか。
「もうやだ。逢って早々、こんな口喧嘩」
その声に卓を立ちこの方の横へ寄る。
寄って腰を下ろし、小さな手に包む茶碗をそっと奪い、卓上へと戻す。
「何よ」
まだ不機嫌なままのその声。
「抱き締めたいなら、そうすれば良いものを」
「だって、私からするのは悔しいじゃない」
「それならば、しろと言えば良いものを」
「言わなきゃ、抱きしめてもくれないの?」
「イムジャ」
呼んで小さなその手を握る。
「逢えて嬉しい。誓いを破ったことが心苦しい。
だから出来なかった」
そうだけ告げて腕を伸ばす。その腕の中にあなたが収まる。
収めて強く腕を回せば、あなたの細い腕がこの背に回る。
その指がこの背を撫でる。そこにあるのを確かめるように。
再会はいつでも少しぎこちない。
それでもこうして腕に包めばそして包まれれば、此処が己の居場所だとすぐに判る。
離れ、戦い、何度でも生きて戻る意味も。どれ程この方を愛しているかも。
「こうやってけしかけても、動じないんだから」
腕の中、この耳にあなたが囁く。
「嗾ける、とは」
「再会の感激でこのまま勢いで、とは思わないわけ?」
「思いません」
「普通は思うわよ」
「普通でなくて結構」
「離れてて再会して手を出さないなんて、愛されてないのかと思うわ」
「そう思うならそこまでです」
腕を緩め、腕の中のこの方に額をつけ、その瞳をじっと覗き込む。
「勢いで抱くくらいならここまで待たん」
「それは、そうだけど」
「抱かれれば、愛されていると思えますか。
抱かれねば、思えませんか」
「そう言う事じゃないのよ、ただあなたがあんまりストイックだから」
「すといっく」
「禁欲的、ってことよ」
その口より飛び出した思わぬ言葉に、危うく噴き出すところだ。
「ウンスヤ」
「何よ」
「それではまるで俺が聖人君子のようだ」
「だってそうじゃないの、実際」
全く分かっていないこの方に、一体どう伝えればいいものか。
微かに首を振れば、額をつけたままのこの方の瞳がじっと見つめる。
「男ゆえ、もちろん考えます」
「じゃあなんで行動に移さないかなあ。それが不思議なの」
「男ゆえ、けじめが大切です」
「その貞操観念、すごいわね」
この方の、この背に回された腕を静かに握って解く。
行動に移せ、か。
そのまま小さい手を握り、ゆっくりそっと導く。
上衣越しの左胸、痛いほど打ち続けるこの心の臓の上。
「これだけ、想っている。足りないですか」
その声に諦めたように、この方がくすくすと笑いながら頷いた。
「うん、知ってる。信じてる。いつだって」
心の臓に置いていた手をもう一度伸ばし、この背を固く抱き締め、この方が笑い交じりに大きく息を吐いた。

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ヨン…ホントに偉いわ~
ものすごく ストイック! ぴったり。
ウンスだって…ちょっとは期待してるのに…
ショボ~ん。 無事に帰ってきてくれたから
まあ いいか? でもでも ちょっとさみしいかな
o(TωT )
ぽっぽ~ ぽっぽ~!
元気そうで何よりです。
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さらん様
もーう、さらんワールドのヨン!男前過ぎる~。
そのストイック感がたまりません‼
キュン死何回させるんですか~(*´∀`)
更新が楽しみで、楽しみで、待てません!
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さらんさん、口溶けの良いスイーツのような、ほろ甘いお話をありがとうございます❤︎
ああ、ストイックで純なヨン、最高です!
ウンスが焦れるのも、よくわかります。
でも、このヨンが素敵なんですよね~。
14番目の月のような、ほんのり蜜月を、まだまだしばらくは楽しませて下さい(≧∇≦)
さらんさん、夜になってから、だいぶ涼しくなってきましたね。!
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紅蓮・勢を読ませていただくに伴い、序編を再読しました。何度読ませていただいても引き込まれます。ます。ただ残念なのはアメンバー記事を読むことができません!どうか受付の再会をお願いします〃
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さらんちゃん おはよう^^
ここまでウンスに言わせるって
同じ女性としてヨンア!!
ま、ヨンアらしいっちゃらしいんだけど。
そういう2人が私的には嫌いじゃないですが( ´艸`)
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さらんさんこんばんは♪
お体の調子はいかがですか?
ヨンの貞操観念凄いわ~
ウンスは現代人だから抱き締めてほしいとか
なんとかほだして言えちゃうけど
高麗人の女人なら言えないだろうなぁと
信義が日本人に受け入れられた1つに
このヨンの貞操観念があるとは
思いますが…それにしても我慢強い
つい現実に、愛する人に
焚き付けられてここまで
我慢できる人などいるのか?
物語りだから成立するんだな( 〃▽〃)
とか失礼ながら私の頭の中で思ってます。
そして
さらんさんはこのヨンと本質が
似てる気がしますわ(* ̄∇ ̄*)
付き合う人は大変かも…と
余計なお世話なことまで
考えちゃったりして(*´艸`*)
毎回素敵なお話ありがとうございます(#^.^#)
応援してます。
ご自愛してくださいね♪
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>愛知のひとみさん
こんばんは❤超遅コメ返となり、申し訳ありません・・・
あははははは、ここまでの貞操観念はさすがに(爆
ただ恐ろしい事に、今までの彼氏にこういう人がいたのは事実です。
週末は家族とみんなで教会に行って、牧師様のお説教聞いて、その後デートして
10時にはおうちに帰りましょう、みたいなw
まじだ!と(爆
Purity ringしてるタイプですねww
信仰の自由なので、それは理解しますが。
話が逸れました(;´▽`A“ヨンで頂き、ありがとうございました❤
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>victoryさん
こんばんは❤超遅コメ返となり、申し訳ありません・・・
これはもう時代差だったり、観念だったり、価値観だったりw
ただ、うちの場合はヨンが簡単に手を出すのもね、というところです(爆
どうやら色を好まぬ英雄のようで、まあ王様の向こうを張るには良いかとw
ヨンで頂き、ありがとうございました❤
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>snow1019snow1019777さん
こんばんは❤超遅コメ返となり、申し訳ありません・・・
読み返し頂き、嬉しいです。ありがとうございます❤
アメンバー様村政受付も、時間が出来次第頑張ります❤
その時には、また是非お待ちしております(*v.v)。
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>muuさん
こんばんは❤超遅コメ返となり、申し訳ありません・・・
もうこればかりは、どうしようもないですねw
と、書き手が気楽に言ってみたりするのですがw
実は我が家のヨンとウンスオンニのR18話は、この後(いえ、かなり後ですが)アメンバー様限定で一回だけ、と決めております。
どうなる事か…
基本は結婚してもジレジレな二人が続くやも、ですw
ヨンで頂き、ありがとうございます❤
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>せーらさん
こんばんは❤超遅コメ返となり、申し訳ありません・・・
キュン死、頂きましたwいや、ヨンとしては至極真面目です。
いろいろ、我慢しているとは思いますが…w
しかし命の遣り取りをする日々の中、子孫繁栄のDNAの訴えに
全く耳を貸さないのもどうかと・・・とは思いますが。
(英雄色を好む、のもその衝動故らしいですし)
ヨンで頂き、ありがとうございました❤
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>くるくるしなもんさん
こんばんは❤超遅コメ返となり、申し訳ありません・・・
もうこればっかりは、最後はオンニの根気負けw
ポッポは相変わらず、影で良き仕事ぶりです❤
ヨンで頂き、ありがとうございました❤