紅蓮・勢 | 39

 

 

 

「大護軍殿」
戻ったウヨルが小さく呼ぶ。
「総管とイ千戸長たちが訣別しました。
総管ともう一名が交戦側、他の千戸たちは此方へ付きました。
総管がじき此方へ戻ってくるでしょう」
最終決定の報告に俺は頷いた。
「判った。その前に徳興君を牢車へ乗せる」
「準備が整いました」

兵が息を切らせて部屋へと駆け戻る。
「正館門前に牢車を用意しました。 外では我々の兵と、大護軍殿のお仲間が待っております」
その声にウヨルが頷いた。
「大護軍、此処はこの者たちに任せましょう。今から正門までの最短距離をご案内します」
「承知」

部屋の扉へ向かう俺に、兵たちが頭を下げる。
「毒を使う。不用意に近づくな。不穏な動きに気をつけろ」
「畏まりました」
兵たちが頭を深く下げた。
「高麗はお前たちの功心を忘れぬ。決して見捨てぬ。
何かあれば必ず俺を訪ねろ。迂達赤チェ・ヨンと言えば通る」
「ありがとうございます!」

その兵らと擦れ違いながら部屋を駆け出る。
回廊を抜け一路門へ進むと暮れかけた門前に佇む俺の兵七人が銘銘、こちらへ大きく呼びかける。
「大護軍!」
「大護軍、ご無事ですか!」
「大護軍!!」
「全員無事だな」
「は!!」
「徳興君を捕縛した。この後牢車へ乗せる」
「は!!」
「お前らはここで徳興君を見張れ。開門を成しすぐ戻る」
「は!!」
「絶対に逃がすな。毒を使う。敵兵もいる。十分気をつけろ」
「は!!」

続いて合流した兵らに顔を向ける。
「助太刀、心より礼を言う」
ウヨルが横から穏やかに言い添える。
「大護軍殿は、お前たちの行く末をお約束下さった。良いな。案ずる事は何もない」
「はい!!」
「他の仲間に会った時には、そう伝えてやれ」
「はい!!」
「名を連ねていない者にも伝えろ。今からでも遅くはない、翻意ある者は受け入れると。無駄死にするなと」
「はい!!」

返る声を聞き終えウヨルが頷く。頷き返し宵の帳の中、脱兎の如く飛び出した。
東の正門。 あの方の横に戻る為。
今こそ門を開くため。

 

*****

 

東門へ駆けつけると大きな篝火が赤々と燃えていた。
組んだ薪が大きく爆ぜ、飛び散る火粉は黒さを増す空へ舞い、赤い星のように中空で輝いている。
イ・ソンゲが駆ける俺に向かい
「大護軍!」
そう叫んで走り寄った。
「開門要請はまだか」
「はい、外でお待ちでしょう。先程から気配がしております」

その声に足早に正門へと寄る。
確かにその分厚き門扉の向こう、馬の嘶き、重い蹄の音。
そしてこの手に預かる、五千の命の息吹と気配がある。
「此処は任せる」
横のイ・ソンゲに伝えると
「はい。約束の時刻には父も、他の者も此方へ揃います」
奴が頷いた。
「俺の部下が入ったら東の正館に案内してくれ」
ウヨルに向かい伝える。
「畏まりました」
ウヨルの声に頷き門のすぐ脇の壁の上を目掛け、助走をつけて一息に跳び上がる。

その頂上で右下を見れば、俺の兵らがいる。
すぐに気配に気づいたテマンがあの方の横
「大護軍!!」
顔を上げ、壁の頂上の俺に声を限りにそう叫ぶ。
その声に一拍遅れて気付いた全員が一斉に叫び声を上げた。
「大護軍!!」
「大護軍!!」
「大護軍!!」

宵の帳の下りた門前、城外の声は遥か後方、殿の兵からまで轟くように引いては寄せる。
「大護軍!!」
「大護軍!!」
「大護軍!!」
「大護軍!!」

左下、城内を見れば門外から怒涛のように押し寄せる叫びに驚いたよう、目を見開いたイ・ソンゲがいる。
そのソンゲそして脇を護るウヨルに微かに頷くと、頂上から身を翻し壁の右向うへと飛び降りた。
「間に合ったか、チェ・ヨン」

テマンが手綱を握っていた愛馬に駆け寄り飛び乗ると同時に、アン・ジェが大きく息を吐いて俺を眺めた。
「ぎりぎりまで待った甲斐があった」
言いながら、握り込んでいた大きな金の号牌をこの掌へとしっかり押し付けた。
「預かっただけで十分だ。掲げるのはお前しかおらん」

余程強く握っていたか。
金の号牌は奴の手の熱で暖まり、その汗で濡れている。

「待たせたな」
「徳興君がいたと聞いた」
「ああ」
「出てきたという事は捕らえたな」
「おう」
「先発隊も全員無事か」
「ああ」
チュンソクが無言で大きく息を吐いた。
アン・ジェが俺の鎧の肩をぼんと叩く。
テマンとトクマンが顔を見合わせ笑む。
そして四方を守られたその中央、この方が俺をじっと見る。
その瞳に門前の篝火が映りこむ。
俺が僅かに目許を緩めると、この方の強張っていた口許が花咲くように綻びた。

「先発隊を置いてきた。テマナ」
「はい!」
「一隊一組を預ける。中に入ったら壁のところで会った男と共にすぐに先発隊の下へ戻れ。
徳興君の牢車もある。全員で其処で待て」
「はい!」
「残りは内部の敵兵を片付ける。五百ほどだそうだ」
「五百だと」
アン・ジェが呆れたように声を上げる。

「ああ、あとは寝こけてるらしい。薬でな」
「何処まで呑気なのですか」
チュンソクが苦笑し息を吐いた。
「寝ている者はそのまま縄をかけろ。歯向かわぬ限り斬るな。
斬ってきた奴だけ行け。相手は士気が落ちていそうだ」

先程ウヨルが、正館を出る前に兵に残した言葉が気になる。
─── 今からでも遅くはない、翻意ある者は受け入れると。
士気の高まった兵相手にそんな事は言わん。
内部の兵も総崩れになる可能性があるという事だ。

余計な兵を斬らずに済めばそれに越したことはない。
頭を取れば終わる。チョ総管さえ取れば。
目の前の壁の向こう、あの雪の中で見た憤怒の表情。
高麗に寄生し、甘い汁を貪ったあの男さえ獲れば。

アン・ジェが頷き此方に告げる。
「チェ・ヨン、刻だ」
その声に俺は奴から戻された掌の号牌を高く掲げる。

門前に焚かれた篝火に重い号牌が光る。
夜空に撒かれた銀の星とも、舞い散る火の粉の赤い星とも。
そのどれとも違う、金の丸い光。

ああ、そうだ。
秋に愛しい方と眺める、あの夜空に浮かぶ満月に似ている。
今年の秋この方が穏やかに笑みながら、宅の縁側、この膝上で満月が愛でられるよう。
今、俺は門を開ける。

夜の帳の中に俺を呼ぶ声は止み、一瞬の静寂が辺りを包み込む。

この門を開ける。
王様のため、国のため、この重い号牌で。
俺の名を呼ぶ兵のため、この静寂のどこかで憩う民のため。
何より誰よりイムジャ、あなたのために開ける。

俺だけを信じ、俺だけを想い、俺の為に泣き、笑うあなたのため。
そして俺の為に、何度も目に見えぬ門をくぐって下さったあなたを
これからも護り続けるために開ける。

俺が開けてやれるのはこの目に見える門しかないから。
階を一息に駆けあがり、今、目の前の門を。

画竜点睛。
この一点で龍は空へと翔け上がる。
今よりも高く、広く、大きく、この世を見渡すだろう。
そしてその御力で今よりも皆が住みやすい世を必ず作って下さるはずだ。
あなたが泣かずに済む、命を失ったと悔やまずに済む世に一歩近づくと信じて。

その為に俺は敵を斬る。
そして龍には正々堂々と正道を進んで頂く。
その為の新しい門を、今開く。

大きく一息吸い込み、馬上で肚から声を上げた。

「高麗大護軍、迂達赤チェ・ヨン。
此処に高麗王の号牌を掲げ、双城総管府開門を要請する」

その声に門向うから
「双城総管府、開門!!」
大きく響くイ・ソンゲの声が戻る。

門衛士が大きな門扉を、ゆっくりと大きく左右に割り開いた。

 

チェ・ヨン大護軍が縄梯子もなく壁の頂上に跳び上がる。その身軽さは、尋常ではない。
あの方はあの時敵が百人いたら逃げろとおっしゃったが、こうしてお見かけするたび思う。
そう言うご自身は、絶対に逃げないのではないかと。

壁の上の黒い影になったお背中を目で追いつつ考えた瞬間、壁の向こうが震えるように揺れた。
ウヨルが私の横で身構える。

しかし次の瞬間に聞こえたのは、人の声だった。
圧倒的な声が初夏の夜気をくぐり、東門の壁も太い門柱も分厚い門扉をも振るわせながら押し寄せる。

「大護軍!!」

ただそれだけの声が押しては返す。
声を後ろに壁の頂上、大護軍が僅かにこちらへ目を遣った。
私とウヨルを穏やかに見ると、その姿は壁向うへと消えた。

凄い。

人の声とは、ここまで空気を震わせるのか。
その姿を見せただけで空気を震わせるほどに、大護軍は待たれ、望まれ、慕われているのか。
「どうした、これは一体何の騒ぎだ」
父上とチョ千戸の皆様が言いながら、駆け足で東門へとやって来る。
その後ろには我々の兵、そして千戸の従者たちも見える。

「お聞きください」
私の声に、父上方が顔を見合わせ口を閉じる。 その大護軍を呼ぶ声を聞き、
「何故こんな事になった。大護軍は」
「大護軍はあちらに戻られました。お姿を見てこの騒ぎです」
委細をご存じない父上は、私の言葉に目を丸くされた。
「戻られたとはどういう事だ」
「先程まで城内にいらしたのです」
「自ら中に入っていらしたのか、従者を寄越すのでなく」
「ええ。ウヨルと共に、徳興君様を捕縛されました」
「何だと」

父上の顔が、驚きに歪む。
「父上」
「何だ」
大護軍を呼ぶ叫びがまだ収まらぬ中、小さな声で父上に問う。
「大護軍に徳興君様の滞在の件を内密にしていたのは、万一双城側へ残るための切り札でしたか」
「・・・そうだ。いつでも道は残しておく。しかし今となっては、不要な札」
父上は小さく頷かれた。
「大護軍に始末して頂いて、却って都合が良かった」
「時代は動きます。この門と共に李家の未来も開けます」

開いて見せよう。私がこの手で。
そしていつか私も、姿を見せただけで空気を震わせる男になる。
今見たあの方のように。

「高麗大護軍、迂達赤チェ・ヨン。
此処に高麗王の号牌を掲げ、双城総管府開門を要請する」

憧れてやまぬあの大護軍の、凛と響く深い声がする。
まるで山の王者、虎の咆哮のように。

せめて声だけは負けたくない。

「双城総管府、開門!!」

私の喉から初夏の闇に向け、大きな声が迸る。
外の門衛士が、目の前の扉を、大きく開いた。

 

 

 

 

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12 件のコメント

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    いつもワクワクドキドキしながら読んでいます。
    手に汗握る展開です。テホグンが勝つと思っていても、毒男はいるし。日和見の輩もいるだろうし。と、
    双官府の壁に軽攻で飛び乗りその影のようなテホグンの姿に、味方が呼びかける声が空気を震わす!
    すごいです!おもしろいです!ワクワクです!

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    ウウンスの目には
    ヨンの姿 どう映ったでしょうね
     
    歴史上の 有名な 武人 チェ・ヨンの勇ましく 勇敢な姿…
    思わず 見惚れてしまうかしら~
    しかもそれが 恋い慕う相手ですもの・・・
    (///∇//)
    でも まだまだ 油断ならないし~
    はやく ゆっくりさせてあげたいわ~

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    「私は殺したくはなかったのだ」
    実際、チェ・ヨンを倒したイ・ソンゲが
    言ったとか。
    この父にしてこの子ありとは
    よく言ったものですね?
    家のためなら誰であれ見捨て倒すのか。
    今回は本当によくやったわよイ・ソンゲ!
    だけど人間の運命なんてものは
    まさに・・・・神のみぞ・・知るだね?
    さらんちゃん 走りますねо(ж>▽<)y ☆
    私事で申し訳ないけど本日無事に
    四十九日も終え我が愛する父は
    本当の意味で天国へ旅立ちました^^
    やっと一区切りついた!そんな気分のまま
    一気に読ませてもらって感動しています。
    ありがとう・・・・

  • SECRET: 0
    PASS:
    「大護軍!!」と大勢の兵達が叫ぶ様。
    まるで映画の一場面を見ているようです。
    ヨンの軽功(だったかな?)で壁を駆け上がる姿,知らない人は驚きですよね。
    徳興君はおとなしく捕まったままなのか気になります。
    もしかしたら,ウンスと対面してしまうのかしら。
    又次話楽しみにしています♪

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん、地響き側聞こえるような、臨場感溢れるお話をありがとうございます。
    ヨンが開門を要求する場面、思わず身震いしました。
    続きを楽しみきにしていますg”'

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    PASS:
    >victoryさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    そうなのですよね。今回は、その少しずつずれていく
    現在の指揮官と、未来の指揮官の価値観とか、
    いろいろ書きたくて、74話に膨れましたが(爆
    遅くなりましたが、victoryさまにとっても
    本当にお忙しく、でもあっという間に過ぎた時間だと思います。
    ゆっくり時間をかけて、その御心が穏やかになりますように。
    祈っています、どこにいても。
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    PASS:
    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    ウンスにしてみると、見惚れるよりは、心配が大きいのかな…
    ヨンが笑って、ようやく笑ったくらいなので。
    油断はなりませんね、案の定最後にやらかしおったのでw
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ポチッとなさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    今回はあまりの長編&色気のなさに、理由はあるとはいえ
    書き手としてもぐったりだったので、読み手さまも
    さぞや、ぐったりされたと思います。
    でもわくわくと言って頂き、とっても嬉しかったです❤
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >なかてんさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    わぁい、感動して頂ければ嬉しいです❤
    映画とは・・・なんと豪華な!
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ルカさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    毎日お楽しみいただいていると嬉しい御言葉、ありがとうございます❤
    今一時お休み中ではありますが、復活の暁には
    またお楽しみいただければ嬉しいです。
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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