紅蓮・勢 | 43

 

 

「大護軍!」
宵闇の中を馬で駆け寄る俺に気付いたソンゲが兵の輪の中央から呼ぶ。
二頭の馬で牢車を曳き、ウヨルとテマンにその脇を守らせ、東門まで戻ると其処は溢れる兵でごった返していた。

東門で待たせた兵。
チュンソクとトクマンが率い、南北の館に出向いた隊。
アン・ジェが率い主兵舎に踏み入り、寝ていた兵を捕縛してきた隊。
そして奴らが遠巻く中央には門の大篝火に照らされ、縛られた兵と手足の自由な兵とが無秩序に散っている。

薬で眠らされていた兵は寝込みを襲われた格好なのか。
皆半分寝惚けた顔をしたまま、干鱈のように繋がれて縄で縛られている。
両手が自由な兵が、つまりソンゲ側に付いた兵という事か。
俺達が開京から率いてきた兵五千、加えて双城総管府の兵が約二千。そして総管府内にいた文官たち。
足の踏み場もないとは、まさにこの事だ。

その輪の中央へと馬を進めると、人垣が左右に割れる。
「チェ・ヨン」
「大護軍」
そう言ってアン・ジェとチュンソクが小走りに駆け寄る。
そのまま半分中の見える牢車を覗き込み、それぞれが得心したように頷いた。
「これではどうにも統制が取れん」

馬上から周囲を見回す俺の呟きにアン・ジェとチュンソクが、そしてイ・ソンゲとウヨルが各々頷いた。
混乱に乗じて鼠に逃亡されるだけは絶対に避けたい。
「ソンゲ」
「はい、大護軍」
ソンゲが馬上の俺を仰ぎ見る。
「ここから最も近い部屋を借りたい」
「畏まりました。迎賓館があります。参りましょう」

周囲の喧騒を見渡しながら言ったイ・ソンゲが最後に鞍上のこの方に、驚いたように目を当てた。
「まさか、医仙様ですか」

その声にこの方は困ったような、悲しいような、そして僅かに懼れるような。
憤るような、その結果表情を失くしたような、何とも不可思議な顔をした。
「・・・イ・ソンゲさん」
「やはり医仙様、お元気でいらっしゃいましたか。あの節は本当にありがとうございました」
ソンゲはただ嬉し気に声を弾ませ、馬上のこの方を見上げそう言って頭を下げた。

「それは、それはいいの。それは・・・もう・・・」
いつものこの方とは到底思えぬ歯切れの悪い口調に、チュンソクやトクマンが不思議そうにこの方を見遣る。
委細を知らぬこいつらから見れば、この方の態度が不自然に見えても仕方がなかろう。
その空気を断ち切るよう、俺は馬上から声を張った。
「聞け!」

その一声にざわめいていた広場がぴたりと凪いだ
「鷹揚隊各部隊長、中央へ進め」
その声に輪の彼方此方から、部隊長が中央へ走る。
「迂達赤各組頭、中央へ進め」
迂達赤の甲乙丙丁、四組の組頭が走り込む。

「各兵組ごと隊ごとに纏まっていろ。ばらけるな。各副長、自分の隊を纏めておけ。
鷹揚隊一組は今より二刻、牢車の警備に付け」
「はい!」
兵たちの一斉の返答の声を聞き終えて馬から滑り降り、横のこの方が下りるのを待つ。
その小さな沓が地に付くのを見定めて、中央に集めた奴らに
「軍議だ。その館、借りられるか」
イ・ソンゲに声を掛けると
「もちろんです。ご案内致します」
奴が確りと頷く。

「双城総管府の残兵は、どんな状態だ」
「中央で縛ってあるのが開門反対派と、薬を盛った兵です」
「薬を服した兵は全員無事か」

俺の声に横のこの方が心配そうに、中央で縛られた寝惚け顔の兵たちを振り返る。
しかしソンゲは何事もないよう笑んで頷いた。
「死に至る薬ではないので」
「でも念のために診た方がいいわ。効能が切れる頃に喉が渇いたり、頭痛がしたりするかもしれない。
縛って寝かせたままで嘔吐すれば、吐瀉物で気管が詰まるわ。最悪の場合は窒息死よ。
意識レ・・・起きてるかだけでも確認させて、水を飲ませてあげて」

この方の声に、ソンゲが不思議そうに首を捻る。
「開門に反対していた兵たちですから」
「だから?死んでもいいの?自分が飲ませた薬でしょ?」
「開門に賛成していれば、薬など盛られず済んだのです」
「ああ、もういいわ!」
この方は強くそう言うと、アン・ジェを振り返った。
「アン・ジェさん!」
「はい!」
突然呼ばれたアン・ジェが、驚いたよう裏返る声を返す。

「鷹揚隊のド・・・医官さんを、呼んでください」
この方はそう言いながら懐から髪紐を出し、唇に挟むと亜麻色の髪を両手で掬い、その紐できりと縛り上げる。
「は、はい!」
アン・ジェが慌てて手近な兵に
「軍医殿がお呼びだ。隊医と薬員たちを探して来い!」
そう大声で指示を飛ばす。

俄に動き出した兵たちの中、髪を縛り終えて
「ヨンア、行って。軍議でしょ」
真直ぐな目でこちらを見詰め、この方は言った。
ああ、こうなると思っていた。
薬を飲んだ者でも千人近い。この方だけでどう診るという。
「早く帰って来て、手伝ってね」
三日月に笑んだその目に頷く。
一刻も早く片付け、走って戻って来ねば。

周囲の兵を振り向きざま
「迂達赤!」
そう声を張る。
「は!」
「全員で軍医殿を手伝え」
「は!」

その場の迂達赤全員が輪の中から我先にこの方へと駆け寄る。
駆け寄った奴らに水だ布だと、この方が指示を飛ばし始める。
細く高い声の飛ぶ中、中央に集めた各隊の代表たちを従え、
「至急迎賓館へ案内を頼む。そちらの兵の代表者も同席願う」
俺はソンゲに向かい声を掛けた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    さらんさん、こんばんは。
    さすがウンス、博愛主義というか、医師としての当然の行動というか…、負傷者なら敵も味方も無く治療しようというのですね。
    まさに、高麗のナイチンゲール。
    ただ、ウンスが心配でならないヨンにしてみたら、複雑で落ち着かないでしょうね。
    それに、いよいよイソンゲとの再会を果たしましたね。これまた複雑…。
    これからの展開に、ますます目が離せません。
    さらんさん、今日もお疲れ様でした。
    おやすみなさい。

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    やっぱりウンスはウンスでしたね?(笑)
    ヨンアを倒すソンゲにどう返事をすればと
    思い悩んでその心中は察するに余りある・・と
    重い気持ちだったはずがぁ~~~~
    目の前の患者(う~ん??)は見過ごせませんわねぇ!!
    数が少々問題?関係ないわねぇ!!
    1000人・・・・ふぅ・・・・私なら(笑)
    あぁ~やはり出来るだけのこと、するかぁ!!
    ウダルチの面々が我先に駆け寄る様ってププッ
    さらんちゃん・・又、又、笑いの神様呼びましたか?(大笑)

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