紅蓮・勢 | 66

 

 

「あれ、侍医殿」
医療道具の詰まった匣を手に駆けつけた地下牢。

入口に立つ背の高い兵が油灯が灯る通路のこの顔を認め、驚いたように大きな声で呼んだ。
典医寺で幾度か見かけた顔だ。ウンス殿と共にいらした。
恐らく大護軍の部下、迂達赤の兵だろう。
「どうしたのですか」
その兵は明らかに不審げな声で私へと問い掛ける。
「徳興君様が捕縛されたと伺いました」
「はい。最奥の牢に」

どうする。どうやってそこまで辿り着く。焦りの余り額に汗が浮かぶ。
「捕縛された謀反の逆賊とはいえ王族の一員です。
王様の尋問前に現在の体調を確かめさせて頂き、拷問を加えたわけではないと証拠を残す方が良いかと」
「大護軍か、王様のご指示ですか」
「・・・いえ、私の独断です」
嘘をつくわけにはいかない。
ついたとてこの後すぐにそのご本人方がこちらへいらっしゃる。
ご本人に確認されればそれで終わりだ。

「トクマニ!」
私たちの立つ牢の入口の後ろから、別の兵の呼び声がかかる。
「はい!」
目の前の背の高い兵が返答し、私の体越しにそちらを見た。
「大護軍から頼まれた、徳興君の衣服を持ってきた。
大護軍と王様はもうすぐ来られる。
大護軍がいらした後、新しい衣服に着替えさせろとの命令だ。
隊長もいらっしゃるか」

トクマンと呼ばれたその兵は、首を振って言った。
「さっき徳興君を牢へ入れて、ここで別れたきりです。どこかで鷹揚隊長と話し中かもしれません」
「お前一人で大丈夫か」

一人きりで守っているのか。
僅かに見えた希望の光に、道具匣を固く持ち直す。
トクマンというその兵の注意が逸れている隙を見計らい、匣の蓋を静かにずらす。
「中通路に見張りを立て、房の入口は二重に守ってます」
「それなら安心だが、まずここを破られんようにな」
「はい!」
「じゃあな」

後ろの兵が立ち去る足音の中、絶望的な気持ちで目を閉じる。
目の前の兵を嗅ぎ薬で眠らせたとしても、この扉の奥がそんな厳重な警戒になっていては身動きできない。
この扉の最奥にあの男がいると言うのに。
「失礼しました」

トクマンと呼ばれた兵がこちらに目を戻し、そう言って頭を下げた。
「王様も大護軍もすぐいらっしゃいます。 もしよければお話の上、許可が出ればご一緒してはどうですか」
「・・・ええ。ここで待たせて頂いて宜しいですか」
「どうぞ」

そう言ってトクマンは頷いた。そのトクマンから離れ、石壁と柱の隙間のへこみに凭れる。
なるべく自然に見える様子で。
そうしながら手にした匣の中身を確かめるよう、 何食わぬ顔で堂々とその蓋を開ける。
こそこそとするほどに怪しく見える筈だ。
いつでもやっている事だ、そんな当然な顔で。
念のため道具を確認している、そんな態度で。

匣の中に入れておいた鍼を刺した布を、そして 硝子の小瓶を其々取り出し袖口へ投げ入れる。
そこまで終えてようやく深く息を吐く。

 

「徳興君はどうだ」
牢へ踏み込むと、入口の守りのトクマンが 俺とそして王様を見て、深く頭を下げた。
「異常ありません!」
「そうか」
返答した瞬間、柱の陰に潜む此処では見慣れぬ男の姿に眸を瞠る。

「・・・何をしている、侍医」
「大護軍」
侍医は此処で会うのが当然とばかり、平静を装った顔で此方をじっと見た。
「答えろ、何をしている!」
「徳興君様が捕縛されたと伺い、参りました」
「何処で嗅ぎつけた」
「宣任殿にて、漏れる御声を聞きました」
「立ち聞きか」
「いいえ。内官殿より王様のご体調が優れぬ故、回診するようご連絡を受けて伺いました。
お忙しそうなので落ち着くまではと診察は控えましたが」

何処まで追おうと侍医はのらりくらりと躱す。
その態度に苛立ちが募る。
「ならば典医寺へ帰れ。何故此処に来た」
「徳興君様の現在の体調の診断が必要かと」
「何だと」
「王様が拷問を加えての自白ではないと証明できた方が後々まで良いのではないかと、勝手に判断いたしました」

俺が何か言葉を継ぐ前に王様が御手を上げた。
その御指先に制されて、口を噤み控え直す。
「大護軍」
王様の御声が地下牢の入口に響く。
「は」
「そなたの言うとおり、まず衣服を全て替えさせよ」
「は」
「その上で、キム侍医」
「はい、王様」
「叔父を診断せよ」
「畏まりました」

王様は御存知ない。
このキム侍医も毒に精通した毒遣いであることを。
あの徳興君を狙い続け、執拗に追っていたことを。

─── 毒を使う者は、信用なりません。

チャン侍医。
キム侍医のこの突然の登場を怪しむのは考え過ぎか。
話の辻褄は合いすぎるほど合っている。不審な処はない。
それでも勘が言っている。頭の中に警笛が鳴り響く。
信用するなと。

俺ならばこの絶好の機会を逃がす事などしない。
弑すため毒まで学んで機会を待つ程なら尚の事。
一思いに殺す。それも毒で。
証拠を残さず痕跡を知られず殺めたかった者なら尚の事。

但し王様の前でそれを言及は出来ん。
そうなればこの男は侍医のままではいられまい。
たとえ謀反の大逆人とはいえ王族でもある。
つけ狙っていたと知られれば無事では済まん。

「では、行くぞ」
王様がおっしゃり、牢の入口扉へと立つ。
トクマンがどうすれば良いかと目で問いかける。
渋々顎で頷くとトクマンの手の鉄鍵が、扉の鉄錠に差し込まれ回された。

重い音を立て目の前の扉が開かれる。
最後に用意した衣服をトクマンから受け取り、開いた扉を王様、そして侍医と共に俺はくぐった。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    徳興君,毒を隠しもってまいたよね(>_<、)
    一番狙われるのは王様じゃ無くヨンですよね。
    囚われた事を恨みに思っているから。
    でも,侍医もいるからどうなるのか・・・
    続き,ドキドキハラハラしながら待っています!

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    さらんさん、緊迫感あふれるお話をありがとうございます。
    会議が長引き、いつもより少し遅くなったランチタイムに拝読させていただきました。
    ついに、徳の奴に恨みつらみがある三方が、同じ場に揃ってしまいました…。
    それぞれに、あやつに復讐したい思いはあれど、立場やいつどうすべきと考えているか、に違いがあり…。
    ああ、どうなるのでしょうか。
    いずれにせよ、徳のヤツにまんまと逃げられてしまうことのないよう、祈るばかりです。
    さらんさん、お昼は召し上がりましたか?
    午後もがんばりましょう(。-_-。)

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