紅蓮・勢 | 17

 

 

「少し話を」
典医寺の私室の棟へ帰りつき、そう尋ねる俺に首を振り
「忙しいのは分かってる。もう帰って。気を付けて」
強がるような笑みを浮かべ、この方が手を振る。
そしてその影が自室の扉へと消えた。

小さな背が扉奥へと消えた瞬間。
斜め後ろに立つトクマンに向かい、振り向かず声を掛ける。
「二度と」
典医寺の庭の闇に己の鋭い声が響く。トクマンが背を伸ばし直立不動で返答する。
「はい!」
「典医寺を出すな。何のための守りだ」

キム侍医がいる。今は敵か味方か俺にも判じられん。
「出さぬだけではない。寄る者にも目を配れ。二人きりにするな」
「侍医も、他の医官や薬員もですか」
「そうだ」
「判りました!」
頷いたトクマンをあの方の部屋の扉外に置き、踵を返す。

典医寺を出で鷹揚隊兵舎へと戻りながら仰ぐ闇夜の空。
真黒いそこへ目を当てる。

これでは本末転倒だ。

あの方を護りたい俺も、俺を護りたいと言うあの方も、空回りしている。
これでは意味がない。
いくら敵から護ろうと、あの方が味方から誤解を受けては元も子もない。

その足で立ち返った鷹揚隊兵舎。
既に子の刻に近い深夜の闇の中、微かな油灯に導かれ、歩き慣れぬ廊下を奴の私室へ向かう。

「アン・ジェ」
扉のこちらから声を掛ける。
「入れ」
聞こえた奴の声に無言で目の前の扉を開く。

「説教でもしに来たか。それとも殴りにか」
部屋の中椅子に座ったアン・ジェが向き直り、 笑って訊いた。
相変わらずとぼけた調子の声に、俺は首を振る。

「どちらも違う。相変わらず俺を読めぬな」
「おお、お前を読むのは迂達赤隊長に任せた。さっぱり判らん男だからな、お前という奴は」
「・・・悪かったな」

小さな声にこいつが面白そうに目を瞠る。
「さて、何への詫びか」
「とことん根性の悪い奴だな」
「廿十の頃から知っておろうに、今さらそれを言うか」
「・・・兵も戦も、知らぬ方だ」

そう言うとこいつは首を振り、大きく息を吐く。
「お前に謝られることではない。ただし俺の兵の前では俺の流儀に従って頂く。
お前や迂達赤がどう接するのか、そこまでは口は出さん」
「承知した」
「しかし俺には分からん。さっぱりだ」

アン・ジェはそう言って首を振る。
「あそこまでの傍若無人な振舞い、お前が黙っているのが不思議でたまらん。
神医と聞いてはいるが、腕が良い医者なら他にも居ろうに」
「此度は徳興君が出てくる」
突然の俺の言葉に呆気に取られた表情のアン・ジェは、ようやく頷くと
「消えてから四年、いや五年か。あの時征東行省で捕らえ損ねたのが、返す返すも」
その言葉を途中で遮り、声を重ねる。
「あの方は奴の毒で、二回命を落としかけた」

部屋の薄闇の中、アン・ジェが息を呑む。
「・・・そうなのか」
「ああ」
紙に仕込まれた毒で目の前で倒れた姿。
そして飛虫の毒を刺された傷を見た瞬間の、腸が煮える怒り。肚が凍る恐怖。

「そんな事があったなら何故先に言わん!」
その怒声に部屋の中、目前のアン・ジェへと首を振る。
「言って如何なるでもない。しかし隠せばあの方が誤解を受けたままになる」

今のアン・ジェ。こいつがいい例だ。
回りが皆、俺の肚の裡を読めるわけではない。
迂達赤ならば言わずに済んでも。
面倒だと避けて通りたくとも。思い出したくもない事でも。
この重い口を開き、少ない言葉を捻り、言わねばならん時もある。
「チェ・ヨン」
「過去の事だ」
「だから、お前、医仙を」
「お前らの信じるという男は、そんなものだ」
「徳興君から守るために医仙を傍に置くと、先に言えばあんなことは」
「アン・ジェ」
「ふざけるな。それなら連れて行け。行かねばならん。いや」
アン・ジェは音を立てて椅子から立ち上がった。

「チェ・ヨン、ついて来てくれ」

 

 

 

 

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6 件のコメント

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    凄いおとこです、アンジェ。
    ウンスの命が危ない時、チェヨンがウンスのそばから離れて戦に出ることの可能性の危うさにも、気付いたのですね。チェヨンの周りは凄いおとこばかりです(⌒‐⌒)♪

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    さらんさん、勤務時間前に素敵なお話をアップして頂き、ありがとうございます。
    相手を護りたいが故に、想いが先にいってしまうのですよね…。
    私も平和呆けした現代人ですから、ウンスの気持ちはよく分かります。
    だから、アンジェの言葉はウンス同様、堪えました。
    ヨンがウンスを送り届けてくれたのは素直にうれしかったけれど、同時にヨンに迷惑をかけたことに気づき、打ちひしがれてしまうウンスの気持ちも切ないなあと…。
    でも、ウンスへの誤解を晴らそうと、ヨンは真っ先にアンジェの部屋に向かったのですね。
    ああ、素敵なヨン。かっこいいヨン。
    さらんさん、指先に降臨しているかのような文章、目で追うのがもどかしいくらいです。
    続きを楽しみにしております❤︎

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    アンジェ!どうするの?ヨン!どうする?ウンスが軍医として戦場にいったら医療に関することは、鬼に金棒のはず!!その意味でアンジェには考えていてほしいなぁ…華蓮の話が、よぎります

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    >snow1019snow1019777さん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    最終話UP後なので、何とでも言えてしまうのですがw
    何しろヨンの回りは、ヨンの事にしか心を砕かない奴ばかり。
    事情が分かっても意地悪する根性悪はおりませんでした(爆
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >muuさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    このあたりは、ウンスの我儘&思い込み炸裂に、ああ、危ない、そっちじゃないよ~と思いつつ書きましたw
    しかし結局のところ、ヨンというゴールキーパーがいるので
    ウンスも多少の無茶が赦されるのだな、と。
    しかしその守護神に、守護神の自覚がないのが何ともσ(^_^;)
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >kumiさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありませんでした…
    アン・ジェも影は薄いとはいえ、さすがヨンと同年代で
    護軍までのし上がっただけの事はあります。
    出来る男は、出来る男を惹きつけるという事でしょうか。
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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