拝謁を終えたイ・ジャチュンが、御前を辞した後。
控えの間にいたアン・ジェ、そして禁軍の各衛隊長が即座に康安殿へと呼び込まれ、御前軍議が続く。
「勅書の発布はどうなりますか、王様」
「既に記し準備は整っている。このまま元へと早馬で送る。三日後には元側の使臣の手に届く」
「畏まりました」
「双城総管府はどうする」
「明後日予定通り五千を率い向かいます。その二日後には到着致します」
「承知した。そなたには只今ここで、勅許の号牌を預ける」
王様は玉座より立ち上がり、俺の真横に立たれた。
そして龍袍の胸元より取り出される光。
黄金の龍が彫られ、紫と白の絹房の揺れる大きな号牌を取り出され、俺の目前、卓上に置かれた。
号牌が卓に触れ、ごとりと重い小さな音がする。
「これでも門開かずば破れ。全て大護軍、そなたに任せる。
今よりそなたの声が寡人の声。そなたの命が寡人の命だ」
「・・・」
その御言葉に小さく頷く。重い音。重い号牌。重い未来。
全て背に負いこの手に握る。好むと好まざるとに関わらず。
目の前に置かれた眩く光るその号牌に、この指を伸ばす。
そのまま御前を辞し、回廊を早足で進む。
御前会議には参列しなかったテマンが、背の真後ろに着く。
「アン・ジェ」
「何だ」
俺の半歩右後ろに歩く奴が声を返す。
「明後日まで迂達赤百名が寝起き出来る居所、禁軍兵舎内で何処かにあるか」
「衛隊が一隊、南方済州に出て空きがある。使え。十分な広さだ」
「有難い。チュンソク」
「は」
逆横のチュンソクが声を返す。
「急ぎ迂達赤兵舎へ戻り、予定通りの百名を鷹揚隊兵舎へ寄越せ」
「は」
「そのまま禁軍で軍議を続ける。兵を集めすぐに戻って来い」
「は」
チュンソクがそのまま回廊の隊列を速足で離れる。
今日も逢えそうもない。
回廊を進みつつ、瞬時思う。
「テマナ」
振り返らぬまま背に控える奴を呼ぶ。奴が微笑む気配と共に応える。
「見てきます」
「見てくるだけで良い。声は掛けるな」
「はい」
テマンが弾かれるよう背の後ろから駆け出していく。
「お前の事なら何でも分かるな、あいつは。一体何処へ、何しに行くのだ」
回廊を走り去るテマンの背を見つめ、アン・ジェが半ば呆れたよう低く呟いた。
********
「・・・何ですと、父上」
双城総管府の私室で王様とのご拝謁の様子を伝えると、目の前の息子は息を詰めた。
「決めたと申したのだ。私はあの王に付く」
「父上」
「良いか、ソンゲ」
私は穏やかに目の前に座る若い息子を諭した。
「世の中には道理が在り大義が在る。そして同時に欲と計算も」
「はい」
「力を失った元にこれ以上付いていても得はなし。であれば高麗に寝返り中央で官職を得る方が、幾倍も得るものが大きい」
「しかし総管と他の千戸たちが何と言うか」
「そうだな」
脳裏に浮かぶ総管であり甥である男の顔に、私は苦笑した。
「チョ総管はまず死に物狂いで反対するな。千戸たちも恐らく多くは総管に付和雷同するだろう、それはな」
その言葉に目の前で頷く息子に、もう一度目を当てる。
「奴らが時勢を読むことが出来ぬからだ。そんな奴らはいつまでも此処にしがみつき、この双城総管府と心中すれば良い」
「・・・はい」
「そう言えば、お懐かしい方にお会いした」
「皇宮で、ですか」
「ああ。チェ・ヨン大護軍だ。当時は迂達赤の隊長でおられたか。
そなたが医仙に手当てを受けた折、 お会いした事があるだろう。覚えておるか」
父上にその御名前を聞き、私の頭に蘇る黒い光る目があった。
攫われた私を牢車から救い出し、寝台の横に腰かけて、子供だった私の話相手になって下さった若き日のあの方。
─── 相手の刀を、物欲しそうに見るな。
あの声が、懐かしく思い出される。
─── 敵が百人いたら、一目散に逃げろ。
斬るべきは敵の大将だけだ。無駄な争いをすることはない。
そう教えて下さったあの若い武士。
鋭い虎のような目をしていらした、若き日のあの方。
「懐かしい。もちろん覚えております、あの方はお元気でしたか」
「ああ。私を斬ろうとしていた。王様に対し否と返答すれば、今頃ここには私の骸が戻って来ただろう。
高麗へ寝返ると決めたもう一つの理由はあの方だ。あの方が係る限り、戦で高麗が負ける事は少ないと踏んだ。
故に私は高麗の臣下として、これから先は中央の政に関わる」
「分かりました。父上に従います」
私は父上の御言葉に、迷わずそう頷いた。
あの方と共に、初めて戦場に立てるかもしれない。
あの方は一体どのように戦われるのだろう。
想像するだけで、高揚するこの胸を抑えきれない。
足手纏いにはなりたくない。どうしてもこの目で見てみたい。
嬉しそうに紅潮した顔でソンゲが頷くのを眺め、私は微笑んだ。
それで良い。不要なものに固執せず、必要なものを確実に手に入れ、他は切り捨てて行かねばならん。
それでこそ名が挙がる。これ以上裏切り者の子孫と呼ばれることなく、己の力を正当に評価される。
いずれこの国を支える大きな力を、手に入れるために。
「明後日チェ・ヨン大護軍が軍五千を率い、開京を発たれる。二日で双城に到着する。
城内の兵の配置や交代時刻は、大護軍にお伝えしてある。門を内から開けるだけでは済まぬかもしれん。
チェ・ヨン大護軍と面識のあるそなたが、最大限尽力せよ。二日間私も総管や千戸を説得してみるが、期待は出来ぬ。
いざとなれば我々だけでチェ・ヨン大護軍にご協力する。それでこそ李家の道が開ける。良いな、ソンゲ」
この声に目の前のソンゲはその表情を引き締め
「畏まりました。父上」
しっかりと小さく、そう言って頷いた。

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さらんさん、今日も素敵なお話をありがとうございます。
ヨンの宿命の相手イソンゲと、再び深く関わる事態になりましたね。
できれば、哀しく辛い未来には繋がらないように…とも思いますが、史実を変えることにもなりますからね(。-_-。)。
それに、ウンス以外は未来を知る由もなく、ならば、その時、その折に、善かれと思った自分自身の選択を信じるまでのこと、
ああ、それでもハラハラ、ドキドキです。
さらんさん、今日もお元気で!
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>muuさん
こんばんは❤超遅コメ返となり、申し訳ありません・・・
これは、もう最終回最終話まで出来上がっている中でいう事ではないかもですが
変わる事を、ひたすらに祈ります。
後世にどう影響するとしても、ウンスオンニなら
力技で変えてくれるのかもしれません。
何しろ天の医官、医仙ですo(^-^)o
ヨンで頂き、ありがとうございました❤