紅蓮・勢 | 10

 

 

「此度の相手は、元の官軍か」
「ああ。城内の兵は約二千。武器在庫は豊富。兵糧も蓄えがある。
籠城となれば、かなり持ち堪えよう。
警備が手薄になるのは卯の刻と酉の刻。兵の交代時刻だ」

禁軍鷹揚隊の執務室。この面々との軍議にもだいぶ慣れた。

上席に腰掛けた俺の右隣にアン・ジェ。左隣にチュンソク。
アン・ジェの横には禁軍鷹揚隊の副長以下が続く。
チュンソクの横には迂達赤の見慣れた顔が列席する。

「力のある兵は奇皇后の命で、ほぼ元に呼び戻されているとの事だ 」
その言葉にアン・ジェが問う。
「では残っているのは、雑魚ばかりか」
「さすがにそれはあるまい。しかし今回は内通者がいる。千戸長イ・ジェチュン。
然程手古摺るとは思えんが、総管と千戸たちが少しばかり抵抗するかもしれん」

アン・ジェは解せぬという顔で此方を眺めた。
「ならば何故わざわざ五千も率いる。内通者もおって、相手はたかだか二千の居残り組だろう」
「護軍。今回は紅巾族という烏合の衆ではなく、元が相手だ」
「それは分かるが」
「完膚なきまでに叩き潰す。高麗に手を伸ばせばこうなると、骨の髄まで元に思い知らせる」

俺は上席で腕を組み、アン・ジェを見た。
「だからこそ王様は、勅許の号牌を託された」

そうだ。軍が独断の勇み足で行った奪還ではないと知らしめる為。
王様が後ろにあり、王様の声に軍が従うと、元に見せしめる為に。
そして勅許の号牌を掲げ軍を率いるのは、二万の敵を相手取り雷功を撃ったチェ・ヨンであると知らしめる為に。

王様の駆け引きは至極当然だろう。政とはそうしたものと理解して差し上げねばならんのだろう。

 

ああ、大護軍は少し気が立っている。
鷹揚隊長と大護軍の間の空気を読みつつ、肚の中で呟く。
しかしアン・ジェ隊長にというよりは、わざわざ事を一々 説明せねばならぬ事への苛立ちに近いような気がする。
自身は前に出るのも、面倒も嫌う人だ。
黙って戦わせろ、余計なものを背負わせるなと、少しばかり癇癪を起こしているのかもしれん。

「大護軍」
俺が声を掛けると怠そうな大護軍の眸がこちらを向き、顎を上げたまま、明らかに不機嫌な低い声が戻る。
「何だ」
「四日後の双城総管府への進軍、時刻は酉の刻に合わせましょう。
卯の刻では周辺で五千の兵が野営をすることになります。それでは目について仕方ありません」
「・・・ああ」
「双城総管府の内通を誓ったとてあのイ・ジャチュン。
完全に信用できる者ではないと、俺は康安殿でそう思いましたが」

そう言う俺の声に、大護軍はやっとまともにこちらに目を向ける。
「するつもりはない。但し餌だけ持って行くほど愚かでもなかろう」
「確かに。二度裏切り者の汚名を着るのはあの男も避ける筈です。
であればいずれにしろ門は開く。今回はそれが肝要では」
「・・・そうだな」
「大護軍は、イ・ジャチュンのご子息イ・ソンゲと面識があるとか」
「ああ」
「医仙が以前、手術をしたとおっしゃいました。
イ・ソンゲが奇轍の手下に攫われた際も、大護軍が手裏房と共に助けたと。
恩は充分売ってある。動いて頂きましょう」

俺の言葉に、大護軍が噴き出した。
「利用するか」
「ええ、そうです」
「如何に」
「双城総管府の中と、俺達を繋いで頂きましょう」
「開門だけでなくか」
「身の軽い奴らをテマナとともに先発隊に。先発隊を卯の刻に動かし、城内での間で連絡を取ったうえで詳細を確認し、門の開け方を考えねば」
「そうだな」
「兵も武器も、刻も無駄にしたくない。そうではありませんか。籠城されれば厄介ならば、最短最速で攻め落としましょう」

そうだ、俺の読みが外れていなければ。
でなければ大護軍が先般の紅巾族との対峙を、弓一本射ることなく終結させたのは、俺としては合点がいかん。
前に出たがらぬこの大護軍が人の口に上るような派手な攻撃を起こしたこと自体に、俺は違和感があったのだ。

戦わず勝ちたかったのだとすれば理由は何だ。
次の攻撃に備えているのではないか。
では次の攻撃はいつだ。
分かっているなら兵を準備させるはずだ。
ただ鍛錬せよと言うならそれは、大護軍にも未だその時期が読み切れていないからではないか。
時間稼ぎに雷功を打ち、噂を広め、相手に揺さぶりをかけたのではないか。
であれば今は、兵も、武器も、刻も無駄にはできん。

そこまで考え俺が大護軍を見れば、その機嫌はやや直ったようだ。
「喋るのが向いてるな、相変わらず」
「鍛えられましたから」
「俺のせいか」
「は。あ、いえ、そうではなく」
「何だよ」
「ええ、俺は喋るのが根っから向いております。余計なことをあれこれと」

やけくそになってそう告げれば上席で腕を組み、可笑しそうに肩を揺らして、大護軍が下を向く。
そしてそのでかい拳でご自身の口許を押さえ、小さく咳払いをして言った。
「まあ良い。隊長の策で行く」

大護軍はがたりと音を立て、椅子を引いて立った。
「隊長、残りの話は護軍と詰めろ。決まれば報告に来い」
「ど・・・」

どこに。そう訊きかけて口を閉じる。
そうか、機嫌の悪さにはそれもあったかもしれんな。
という事はテマンは先刻、医仙の様子を見に行ったのか。
紅巾族の件で留守にして以来、軍議だ鍛錬だと、なかなかご一緒には過ごしておられんはずだ。

「分かりました」
俺が頷くと
「ではな」
それだけ言って大護軍は大股で部屋を出た。

「相変わらず、さっぱり読めん男だ」
その姿を目で追う鷹揚隊アン・ジェ隊長がそう言って、扉に消える大護軍の背を不思議そうに眺めた。
「読むまでには時間が掛かる方です。軍議を続けましょう」
俺は涼しい顔でそう言って座り直した。

当然だ。
そう簡単に読まれては、俺の今まで十年以上の苦労は全て水の泡ではないか。

 

 

 

 

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8 件のコメント

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    さらんさん、今夜もしっかり拝読させて頂きました。
    ありがとうございます。
    テマンといい、チュンソクといい、さすがですね。
    ああ、こういう右腕、左腕が居てくれるって、すごいことです。
    心強い二人のおかげで、ヨンも時には素直にウンスの元に走れるのですね。
    かわいい…。
    さらんさん、あっという間に明日はまた週末です。
    ごゆっくり過せそうですか?

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    >ぶんさん
    こんばんは❤超遅コメ返になり、申し訳ありません…
    チュンソク隊長、良かった良かった❤
    本来出来る男だと思うので、こういうのを書くと、そして
    お褒めのコメを頂けると安心しますw
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >muuさん
    こんばんは❤超遅コメ返となり、申し訳ありません・・・
    そうなのです、この二人はもともとヨンの腹心でありましたが、
    実は一番頑張ってたのはトクマンくんなのです@さらん設定。
    ただ、余りに周囲に濃いキャラが出過ぎて
    (ヒドヒョンやらキム侍医やら)
    トクマンくんの活躍を書く機会がなかなかなく(ノ_-。)
    そのうち迂達赤で、ゆっくりとw
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >わるきさん
    こんばんは❤超遅コメ返となり、申し訳ありません・・・
    はい、漢っす!ここぞというときは、〆ますw
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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    >ichigoさん
    こんばんは❤超遅コメ返となり、申し訳ありません・・・
    いやあ、チュンソク隊長が〆るたびの反響の御声に、
    書き手としては嬉しいやら驚くやらw
    愛されてるなあ・・・w
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

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