紅蓮・勢 | 7

 

 

「教えてくれ」
突然駆け込んできた影。
それが長椅子に半ば体を預けだらりと伸びた俺の前、ぴたりと足を止めた。
片目を僅かに開く。
途端に目を射る春陽の眩しさ、影の後ろから射す逆光に、手甲の手を翳しその顔を確かめる。

「・・・藪から棒になんだ、小僧」
「教えてくれ」
「何を」
「大護軍を護る方法を」
「・・・ヨンアをか」
「そうだ。時間がないんだ」
「何を言っておるやらさっぱりだ」

此度の紅巾族との戦。
あいつは雷功一発で敵方を黙らせたと、師叔より聞いたが。
「お前があの時、河原で大護軍を守ったみたいに」
小僧の声を聞き、戻った女人を護って駆けた旅、河原の運気調息を思い出す。
「これからも戦うと大護軍は言ってる。護りたいんだ。だから教えてくれ」
「常に側に張り付いておろう。それでは足りんか」

その問いに小僧は激しく首を振る。
「駄目だ、それだけじゃ。大護軍が雷を撃った時、駄目なんだ。
あの後大護軍は肚から声が出なくなる。肚が空になるみたいに」

少しは分かっているな。見る目はあるようだ。
日差しの中で俺は双眸を開き、長椅子から身を起こして小僧に向かい合い顎をしゃくった。
「ついて来い」

 

畜生。
大護軍をヨンアと呼ぶこの男に、ついて来いと言われて従うなんて。
俺は唇を噛む。
それでも、こいつしかいない。
大護軍と同じ神様、風の神を、俺は他に知らない。
あの鎌鼬の遣い手。大護軍が雷神ならこの男は風神だ。
大護軍の雷とは違う、もっと禍々しい風を操る神様だ。

手裏房の隠れ家の裏庭に歩いていく目の前の男。
足を引きずるように、その後ろに渋々付き従う。
こいつは井戸の脇で足を止めると転がっていた長い太い竹をひょいと取りあげ、懐から出した小刀でそれを一息に縦に割いた。

割いた竹を井戸端に立て掛け、こいつが井戸から釣瓶で水を汲む。
「いいか、小僧」
そう言って、釣瓶に汲んだ水を俺に向かって上げて見せる。

「雷功とは、内気を集めて雷を放つ技」
俺はその言葉に、黙って頷いた。
「内気とはこの水のようなもの。体の中を流れている」
やつはそう言って釣瓶をぶら下げたまま、竹を見る。

「常に正しく流さねばいかん。正しい道とはこの竹のようなもの」
そう言って手にした釣瓶を傾け、竹に水を流し始めた。

流れた水は竹の溝を伝って流れる。
そしてその節にぶつかると、溝の両脇からこぼれて、外に溢れ始める。
「節があれば水が溢れる。内気で怖いのはこの節。水ならこうして止めれば良いが」
そう言って奴は傾けた釣瓶を起こし、地面に置いた。
「身裡の気の流れは、目には見えん」
俺は頷いた。

「見えない」
「溢れた水は、どこに行くのか誰にも予想がつかん」
「つかないのか」
「ああ、つかん。ヨンアほどの操り手になれば、水が溢れぬよう己で調節がきく。だから案ずるな」
「じゃあなんで、あの時大護軍を守った」
「万一にも水が溢れんようにだ。 あの時あ奴は女人を連れていた。
心が揺れれば節が出来、水が溢れたかも知れん。それが起きぬように守った」
それだ、それが俺の知りたいことなんだ。
「どうやって」

 

どうやって、か。
小僧の問いに俺は手甲を外した。
「こうする」
丹田の気を集め、井戸端に立てた竹に向かい軽く指を動かした。
竹の節が風功で、小さな屑を飛ばしながら抉れる。
俺は再び地面の釣瓶を掲げ、竹にその水を流した。
此度の水は抉れた節の間を通り、溢れることなく下へと向かい竹の溝を伝っていった。

「じゃあ、俺にはどうしようもないのか」
水を目で追う小僧が唇を、喰い破るほどに噛み締める。
「そんな事はない」
手甲を嵌め直し、俺は首を振る。
「どうすればいいんだ」
「まずは守る。単に外の敵から。攻撃からの防御なら、お前には難なく出来よう」

小僧が強く頭を振って何度も頷く。
「出来る、敵と戦うだけなら」
必死だな、こいつも。
振られる頭の乱れた髪の隙間から覗く目が、俺を真直ぐに捉え逃がすまいとしている。

これ程にお主を慕う小僧だ、そのためなら本当にその命も捨てるだろう。
嫌っている俺に頭を下げる事も厭わぬ程に、お主を助けたいという事だ。
ヨン、お主も男冥利に尽きる。
この小僧の事だ、お主には黙って出て来たに違いない。
出来て初めて言うつもりなのだろう。
さもなくばこ奴の突然の来訪前に、お主から伝達が飛ぶはずだ。
俺がこうした急襲を何より嫌うと、お主が誰より知っている。

全く、慕われる方も不器用な男だが、慕う方も不器用と来ている。
似た者同士か。そう思うと可笑しさが込み上げる。

「次に、万一にも水が溢れぬよう護る」
「どうやって」
さて。こればかりは理屈ではどうしようもない。
気の流れを読み感じるなど、一朝一夕には成せん。
「目を瞑れ」

俺に言われ、目の前の小僧が素直に目を瞑る。
「そのまま息をしてみろ」
吸って、吐いて、吸っているその胸の動き。
「もっと細く、深く、長く」
そう言いながら、小僧の胸の動きをみる。
「もっと平らに吸え。深くても浅くても、乱れても駄目だ」
深い息が限界のところを見計らう。
「同じ長さで、全て吐き切れ」
全て吐き切ったところで次に言う。
「目を開けろ」

その声に小僧が目を開ける。
「小僧。明日から此処へ来い」
「教えてくれるのか」
小僧が途端に顔を輝かせた。
「乗り掛かった舟、仕方がない」
「来る、絶対に来る。本当だな」
「ああ」
俺が僅かに頷くと、小僧は心底嬉しげに笑った。
「ありがとう!」

その顔を、明るい春の陽が照らす。

なあ、ヨンア。 俺は胸内で呟いた。
お主がなぜこ奴と共にいるか判った気がする。
あの頃の家族を、この笑顔の中に見つけたか。
未練なきこの世との接点として護りたかったか。

今は全てが明るく温かい。お主の心も、そして俺の周囲すらも。
お主の笑顔があれば良い。そしてこ奴が、お主の家族なら。

付け焼刃が何処まで通用するかは判らんが俺の技、許す限りこの小僧に伝えてみるか。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です