2014-15 リクエスト | 雨雫・4

 

 

扉をくぐりイムジャと呼べば、あなたが振り向き目許を拭う。
この期に及んで隠しておけると、まだ思うのだろうか。
どうしてやれば良い。
こんな風に目の前で、小さく息を整えながら必死に笑うあなたを。
言ってくれ、教えてくれ。差し出せるものなら全て差し出してやる。
そう眸で乞うても、あなたは言わぬ。
そうだ、決して言わぬのだあなたは。
いつでも考えるのは俺の事しかないから。

冷静に繙けば、これほど簡単に判る。
俺を苦しめぬために ただ黙っているその心の内が。
帰りたいのではない。それならば何があなたの雨雫を誘う。
その心の内にあるのは、天界への断ち切れぬ想いか。
そしてあなたがこれ程に泣くのならば、その想いの先は。
このままでは病を得ると、皆が心配するほど思いつめるその気持ちの先は。

天界のご両親ではないのか。
俺が知る限りあなたがあの世界に思い残すとすれば、ご両親以外には考えられない。
それなら尚のこと、イムジャ。
心に溜めてはならん。俺は罵られるべきだ。
あなたを手放せぬこの欲は、罰せられて当然だ。

 

急に入って来られて、びっくりして目元を拭う。
あなたを悲しませたくない。苦しめたくない、私達の力じゃどうしようもないことで。
もう二度と私を返したいなんて思われたくない。
帰りたいわけじゃない。あなたと離れたいわけじゃないんだもの。

ただ胸が絞られるみたいに会いたくて、迷子の子供みたいに戻りたいって思う。
デパートや遊園地で迷子になった時みたいに、アッパ、オンマと大声で呼んで探したい。

その言葉を心で繰り返した瞬間に。
いけない、そう思ったのに。
この目からぽろぽろと涙が落ちて頬を濡らす。

アッパ、オンマ。アッパ、オンマ。アッパ。オンマ。

忘れたくなかった。私にはあの世界で暮らしてる家族がいることを。
あの世界に確かにアッパとオンマがいる。そしてきっと2人が、私を必死で探してるだろうことも。
忘れない、あの奉恩寺の最後の瞬間に江南の景色を振り返って、それでもあなたに戻ろうって思ったことを。
何度あの場面が起きたって、私は同じことをする。あなたのところ以外に、行きたい場所なんてない。

でも、それでも。
アッパに会いたい、オンマに会いたいと思う。
息が苦しいくらいに。頭がしびれるくらいに。
そう思うたび、あの頃を思い出す何かを手探りで探した。
それは料理だったり、持ってきた僅かな手術道具だったり。
手にするたびに目にするたびに心が痛いのに。

それでも次の瞬間に、愛しい名前が心に響く。
ヨンア。
ヨンア、泣かないで。ヨンア、苦しまないで。ヨンア、愛してる。

あなたを責めてるわけじゃないんだもの。
でもあなたは自分を責める。これを聞けば絶対に。
そんな事しないで、お願いだから。私が今、どれほど幸せか分かって。
あなたが自分を責める必要なんてない。
今の私の幸せも充実感も、全てあなたと出逢えて、この世界に来て初めて知ることができたものだから。
全部あなたがくれた。あなたと、そしてあなたの周りのみんなが。

激しくなりすぎた呼吸に、頭がくらくらする。
私は両手で口を覆って、その場にぺたんと座り込んだ。

 

口元を押さえてしゃがみこんだあなたに駆け寄り床に膝をつき、その体を抱き止める。
倒れぬよう抱いて、乞うのはこれだけだ。
言ってくれ、言って楽になってくれ。
俺を責めて良いから、構わないから。
罵って叩いて何故自分を天界から攫ったと、あの時のように怒鳴って良いから。
俺は良いから、何でも聴くから、だから俺を責めてくれ。
ここまで我慢して自分を追い詰めて、苦しむのだけは止めてくれ。
「言ってくれ」
抱き止めた胸の中、小さな頭が振られる。
「構わぬから」
回した腕に、細い指がきつく立てられる。

そうして隠されるほどに辛いのだ。
あなたの心が痛めば、自分の事より辛い。
刀傷のほうが余程ましだ。
「イムジャ」
「言いたくない。嫌」
「イムジャ」
「また返したいなんて言われたくない」
「イムジャ!」
「嫌なの、離れたくない」

腕の中の真青な顔と浅く荒くなる息に気付き、言葉を切ってその小さな顔を胸に強く押し付ける。
戦場で急に興奮し、息が切れて倒れる兵にやるように。
背を撫でて落ち着かせ、己の息を深くし、静かになったところでそっとその顔を覗き込む。
泣き疲れた幼子のように目を閉じて、睫毛までびっしょりと濡らした蒼白なあなたの顔を。

拭っても拭っても次々溢れる新しい涙をまた拭う。
「あなたを愛してる」
目を閉じたまま呟く声に頷く。
「返すなんて言わないで」
その声に首を振る。

不思議な人だ。目を閉じているのに俺が首を振るのが見えるか。
ようやくその強張った頬が緩み、真青な唇の震えが止まると
「良かった」
あなたはそう言って、ゆっくり息を吐いた。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。ご協力頂けると嬉しいです❤

今日もクリックありがとうございます。
にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村

16 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    NEWリクは何とも切ない出だしでした。。
    前回の私のリク話の余韻に暫し浸りたくて 1日間を置いて読ませていただきました。
    またまた今回のお話にもドップリとさらんワールドに浸かりそうです★
    続き、楽しみです!

  • SECRET: 0
    PASS:
    さらんさん、今朝も素敵なお話をありがとうございます。
    ……ふう~。切ないですね…。
    先の先までヨンの気持ちを思いはかり、何も言えぬウンス。
    その辛さをどう受け止めたらいいか…、どんな風にも受け止めてやりたいヨン…。
    互いに相手を一番に思うからこその、切ないシーンに、読み手の私も過呼吸になりそうです。
    さらんさん、どうしてくれるんですか⁈
    私、さらんさんのお話無くしては、一日が始まらず終わらず…ですよ❤︎
    曇り空の日曜日ですが、さらんさんにとって有意義な週末でありますように。

  • SECRET: 0
    PASS:
    これは本当に辛いし何もできない。
    ここにウンスの両親がいてくれたら、連絡が取れたら、せめて話ができたら…
    叶わぬことばかり。
    目の前の幸せを抱き締めて抱き締められて日々を追えばいいのだけれど
    人は弱いものだから叶うことのない望みに夢をみて涙枯れることできないのですね。

  • SECRET: 0
    PASS:
    どうしてこの二人は、いつもこうなのでしょうか…
    涙と鼻水があふれてしまいます…
    さらんさん、またまた素敵なお話ありがとう。
    (ノ_・。)

  • SECRET: 0
    PASS:
    >★sachi★さん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    余韻に浸って頂いたとの事、本当にありがとうございます❤
    リクを頂いた時のイメージを損なっていないことを祈りつつ…
    新リクは、ほろ泣きヨンを楽しんで頂ければと思います(*v.v)。

  • SECRET: 0
    PASS:
    >まろんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    ウンスの場合、全神経はヨンに集中しているのでしょうか…
    脈を取り、息を読み、心拍数を数えてるような気がします。
    この後も、絆が深まることを祈りつつ、
    もう暫しお付き合い頂けたら嬉しいです(*v.v)。

  • SECRET: 0
    PASS:
    >くるくるしなもんさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    このリク話のヨンは、本編より細やかで優しいですw
    でないと多分、泣くまで行かないと思ったのでした・・・(;^_^A
    本編に忠実に添うなら、ここまではしない、言わない、思わないかと。
    勿論気遣いはしますが、もう少し自立させようとするかなー。
    こんな小さなズレも、パラレルとしては面白く書けます( ´艸`)

  • SECRET: 0
    PASS:
    >muuさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうなのです。ただお互い相手の事しか考えないので、
    逆に、本音が見えてくるまで時間がかかります・・・
    このパターンは恐怖【都忘れ】の呪いです。
    朝のコーヒーのお供に(はね飛び注意)
    夜のお休み前に(スマホ落下で顔面直撃注意)
    お楽しみ頂ければ嬉しいです(*v.v)。

  • SECRET: 0
    PASS:
    >あみいさん
    こんばんは❤コメありがとうございます
    そうなのです・・・こればかりはもう。
    そしてヨンとは少し違う理由でウンスもまた。
    ただ、ヨンの優しさと懐の大きさ、そしてウンスの明るさ、
    加えて周囲の人間の思いやりに、光の見える最後になればと祈りつつ・・・
    もう暫しお付き合い頂けると嬉しいです❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    ウンスの切なく苦しい気持ちがバンバン心に入り込んできました。
    ヨンを思うが故の苦しみ、ウンスを思うが故の後悔と懇願。相手の気持ちまで分かってしまうから、なかなかその先に進むのが難しいですよね。
    でもお互いに思いやる心は揺るぐ事はないのだから、その心の内を口に出せるまであと少し、ふたりの動向から目が離せません

  • SECRET: 0
    PASS:
    >tari0315さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    この二人に関しては、落ち処はここでしかなく…
    書き手としては、悪魔の囁きも聞こえなくもないのですが(爆
    ヨンで頂き、ありがとうございました❤

  • SECRET: 0
    PASS:
    >ままちゃんさん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    互いに思いやりすぎて、身動き取れず雁字搦めにも陥りますが
    此度はヨン、大人になっていますw
    すでに最終話終了後のコメになって申し訳ないです(;^_^A

  • SECRET: 0
    PASS:
    >p172172さん
    おはようございます❤コメありがとうございます
    そうなのです・・・
    それでもそこに活路を見出すのが常勝大護軍の
    チェ・ヨンならでは(〃∇〃)
    ヨンで頂き、ありがとうございました

  • コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です