2016 再開祭 | 嘉禎・8

 

 

「文とは」

俺達三人にはでかすぎる長卓に腰掛け、国境隊長が切り出した。
北の春は遅い。
軍議部屋の窓から覗く山並の頂は離れても見て取れる程、未だ冬の色を濃く残している。
あの丘を上がれば、天門周りにはまだ雪が残るかもしれん。
今こうして眺めても変わった気配は無く、紅い霧も見えず。

「天門が開く」

窓の外、山を見たまま告げた声に国境隊長が目を瞠る。
次にこの視線を追って窓外の山並へと体ごと振り返る。

「・・・本当ですか」
「周囲に妙な気配は無いか」
「確かにこのところ、春と思えんほど風が強い日が多いですが」

隊長は軍議部屋の窓の外に連なる山並を見つめ、首を捻る。
「未だに赤い霧が立ったと報告はなく」
「そうか」
「見張りからの鳩なら、山中では何か起きているかもしれません」
「すぐに発つ。戻るまで馬を預かってくれるか」
「無論です。天門下までお送りします」
「頼む」

話を済ませ長卓を立つ。
隊長の先導で軍議部屋を出ながら、横のこの方へ眸を走らせる。
苛立たしいのか、深慮しているのか。
この方は無言のまま、細い親指の爪を噛む。
滅多に見せぬ厳しい顔に、この方の決意だけは見て取れる。

能うならば共に真直ぐ天界へ。そして望みを叶え戻りたい。
この方が王様や王妃媽媽の御為にならぬ事を企てる訳が無い。
いつでも己の事など後回しの方だ。

そして言わぬから、訊かぬから判らぬわけでは無い。
この方が何より変えたい先とは俺の事だと。
あのソンゲとの因縁なのだと、俺は既に知っている。

泣きながら奴を治療し、それを盾に言質どころか書状を持ち帰った。
この方が頼めば問答無用で願いを聞き届ける。
そう明記されたあの書状で、俺の命を救おうとしている筈だ。

あなたさえ無事なら、どうなろうと構わん。
あなたさえ護れれば、その後の事など知らん。
俺が思うのと同じ気持ちで、この方は願っている。
俺さえ無事なら、どうなろうと構わぬと。
俺さえ守れれば、その後の事など知らぬと。
だからこそ叫んだのだ、王様と王妃媽媽の御前で。

─── 今の私は、何だってする。どこだって行く。この先を、未来を変えられるならね!!

あの声に嘘はない。この方は言葉通り何でもするだろう。
だからこの眸も手も離せん。勝手をさせるわけにはいかん。
二度とあなた一人で何処へ行くことも許さん。
行くならば俺も行く。戻る時は必ず共に戻る。
それが王命だ。承った以上は必ず守る。

 

「悪かったな」
街道の端、丘へと上がる山道の手前で馬の背を下りる。
この方に手を貸し鞍から降ろすと、鞍上の国境隊長の後に乗り
此処まで共に来た国境隊の兵が慌てて飛び降り、俺達の駆って来た馬の手綱をその手に受ける。

「隊長」
続いて馬から降りた国境隊長が、俺の呼び掛けに頭を下げる。
「はい、大護軍」
「何処まで隠せるかは判らんが」
「天門ですか」
「ああ」
「緘口令を敷いてあります。開いても吹聴する奴はおりません」
「元に露見し小競り合いは避けたい」

それも頭痛の種だ。離れている間に、天門の件で戦でも起きれば。
元に同じような門があるのかどうかは知らん。
しかし医仙が降りて来たとあの時の断事官が知り、そして双城総管府の役人たちが知る以上。
この方のような天の医官を得る為に天門をくぐらんと、何か仕掛けて来ても不思議ではない。

あの時の黙家は奇轍が差し向けた。
しかし奴が死んだから、敵が居なくなったと思える程には甘くない。
一刻も早く行き、一刻も早く戻る。
民を、兵を、王様を、国を守る為、俺に成せる道はそれだけだ。
「行く」
「お戻りは」
「・・・なるべく早く」
「必ずですよ、大護軍」

不安な心中を隠すように、頬の大きな傷ごと国境隊長が無理に笑む。
笑みと言うより、傷が歪んだだけのように見えるその顔に頷く。

「留守の間はご心配なく。全員で守ります。ですからどうか無事で」
「頼む」
「は!」

深く頭を下げた国境隊長の肩を叩き、丘への山道を踏み出す。
王命は、天界でこの方の必要なものを得る事。
そして二人で共に、必ず此処へと戻る事。

承りました、そう答えた以上、守らねばならん。

 

 

 

 

13 件のコメント

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    さらんさん、こんばんは
    ヨンはやはりウンスの事をちゃんと分かっていますね
    ウンスがヨンを護りたいと思っている気持ちは
    ヨンがウンスを護りたいと思う気持ちと同じ位思っています。
    二人で一つだから何方かが欠けてもだめ
    この先離れる事も天門の先へ一人で行かせる事もしない王命は別としてヨンの中の誓いを感じます
    ウンスも自分の手でヨンの未来を変えようとする強い想いが伝わります
    ヨンには心強い味方がいますね。天界に行っている間其処を守ってくれる国境隊が居ますもの
    ヨンの背中を見てきた人たちだから何が何でも天門を守るでしょう。

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    手を合わせ、祈っています。
    「ヨンとウンスが、無事に、2012年のソウルに行けますように。
    ヨンとウンスが、目的をはたし、二人で無事に、今の高麗に戻れますように。」
    ウンス、しっかりヨンにしがみついていてね。
    行ってらっしゃい!

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    いよいよ出発ですね
    気をつけて行って来て下さい
    向こうでは仲良く 離れずに
    無茶もしないでね
    無事に帰って来てちょうだい

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    とうとう天門まで来ましたね!
    王命ですよ!
    必ず二人で行って戻ってくださいね❤
    それにしても・・・
    勢いが有ったウンスさん。
    ここに来て緊張してる?
    それとも、また何か考えてるの?
    これ以上、ヨンを困らせないでね~~

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    とうとう、、。今回戻ればいつに戻るのか、、。拐われた直後?ずっと後?なんだか、天界でーとなはずなのに、空気が重たい、、。ヨンの不安が取り越し苦労で、少しでも気楽に楽しく天界ですごせたらいいなぁ。

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    >くるくるしなもんさん
    おはようございます、コメントありがとうございます❤
    これ、実は「開いてない」ってパターンも考えたりしました。
    できないじゃん、でーと!みたいな。
    しかしリク=キーワードを叶えてこそのお話なので、きっと開いてます❤
    そんな部分もこの後ヨンで頂けたら嬉しいです♪

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    >majuさん
    おはようございます、コメントありがとうございます❤
    今の処、このお話で望む時空を正確に行き来できているのはヨンだけなのですが
    (ウンスオンニは一度失敗して100年前、奇轍は問題外w)
    じゃあヨンは何が違うか、と言えば、我慾でくぐった事がない。
    実はパラレルで、以前一度ヨンも失敗しています。
    それは「ウンスに逢いたい」と願ってくぐった時。
    さすがのヨンも、欲を抱いてくぐれば失敗すると。その時は
    ヨンの事だけ考えたオンニが追い駆けてきましたが。
    天門は、私にとってはそんな位置づけ(どんな?)なのです(*´∀`*)
    そんな部分もこの後ヨンで頂けたら嬉しいです♪

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    >1954624さん
    おはようございます、コメントありがとうございます❤
    ウンスオンニもしっかりしがみ付いているでしょう。
    そして何よりヨンが手を離したりしないと思います❤
    この後のでーと本番もヨンで頂けたら嬉しいです♪

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    >yon0716さん
    おはようございます、コメントありがとうございます❤
    出発です❤(すでに到着していますが・・コメ返遅くて申し訳ありません)
    いざ始まれば、でーとはコメディ感満載ですがww
    この後もヨンで頂けたら嬉しいです♪

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    >hinamiさん
    おはようございます、コメントありがとうございます❤
    通じ合うまでは苛々だったウンスオンニも、通じ合えば一安心。
    緊張よりも、集中モード、そしていろいろ考えているのだと思います。
    何を考えているかは、天界でーとでわかる?かな?
    そんな部分もこの後ヨンで頂けたら嬉しいです♪

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    >asako0105さん
    おはようございます、コメントありがとうございます❤
    ヨンも言う通り、我欲で侵入して踏み荒らすことは赦されない高麗の聖域。
    さすがに緊張はしていると思います・・・
    どうなるか、この後もヨンで頂ければ嬉しいです

  • やっと見つけました。貴方の書く文章が、大好きです。言葉の中に安らぎを感じます。前は、メッセージを送るなど考えませんでしたが、やっと見つけて、嬉しくて

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