2016 再開祭 | 気魂合競・丗捌

 

 

「ウンスさま、勝負の基本は体力の温存です。角力でも戦でも」
何も知らない私を見兼ねたように、タウンさんが優しく言った。
「迂達赤の皆さまは、恐らく大護軍が優勝してウンスさまを無事に取り返せるよう出場されたのでしょう。でも、この雲行きですし」
タウンさんの視線を追って空を見ると確かに朝よりも雲が厚くなってるし、さっきから遠くで時々ゴロゴロ雷が鳴ってる。

「出来る限り早く勝負をつけたいはずです。
昨日からの長丁場に加えた暑さで大護軍も皆さまもお疲れでしょうから、出来るなら大護軍に一戦分でもお休みを取って」
「・・・あ、あの、でも」

タウンさんの優しい説明の途中で、思わぬ声が聞こえた。
私も驚いたけど、誰より驚いた顔をしてるのはキョンヒさま。
「ハナ、どうした」

全員がハナさんをじっと見る視線の中、ハナさんはちょっと困ったように眉を下げて、でも一生懸命に言った。
「でも、迂達赤大護軍様やヒド様より、トクマン様が休んだ方が良いと思います・・・ただでさえ、お二人のどちらかとこの後当たるなら、尚のことトクマン様が・・・」

そこまで言うとハナさんはさっきのトクマン君と同じくらい赤い顔をして、うつむいて頭を下げてしまう。
「申し訳ありません、私のような何も知らぬ者が口を挟んで」

でも私たちの誰も、そんなハナさんを嫌な顔で見たりしてない。
「・・・確かに、奴にも負けられぬ理由が」
チュンソク隊長は訳知り顔で、そのハナさんと広場のトクマン君を交互に見てから笑って言った。
「奴の心を蔑ろにしていました。申し訳ない」

キョンヒさまがそんなチュンソク隊長にうんうんって嬉しそうに笑い返すと
「そうだな。あのお二人ならきっとあっという間に勝たれるに違いない。そうしたら次はトクマン殿だ。応援しようハナ、私も一緒に応援するから」
そうおっしゃり、うつむいたハナさんの手をぎゅっと握った。

そうよ、こうでなきゃ。全員が付和雷同であの人の事を応援して、自分を犠牲にしてまでサポートする必要なんてない。
それじゃまるで捨てゴマだもの。本当の戦争の事は分からないけどレクリエーション半分のこの大会でまで、そんな風にすることない。

好きな人が有利になるのを喜んで当然じゃない?それが相手の力になるんだったら最高じゃない!
トクマン君の次の勝負がとっても楽しみになった私は、もう一回広場の向こうのあなたを見つめた。
あなたは私のヒーローなんだから、私の応援があればいいわよね?欲張って他の声援まで欲しがったりしちゃダメよ。

私たちの会話が声援の中、この距離を挟んで聞こえるわけがない。
心配そうな顔でこっちを見てたあなたは、笑った私と目が合うときょとんとした顔で首を小さく傾げて唇を動かした。

な ん で す か

私は笑って、唇だけで答を返す。

あ い し て る。

あなたの耳が赤くなって、黒い瞳が急いで辺りを見回した。こんな大騒ぎの中で誰かが私たちを見てるわけもないのに。
その様子にガマンできなくて、私は思わずふき出した。

 

*****

 

「決まり!」
その声に地にへたり込んでいたチンドンは、顔を左右へ振ってようやく立ち上がると頭を下げた。
「ありがとうございました、大護軍」
「怪我はないな」
「はい」

まるで普段の兵舎での、迂達赤の鍛錬終わりのようだ。
衣に付いた砂埃をその掌で叩きながら、チンドンが思わし気な目で空を見上げた。
「降りそうです。この後の取組、お気をつけて」
「任せろ」
「はい!では」
最後に笑うと、奴はそのまま観衆の人垣のチュンソクへと真直ぐに進んで行く。
チュンソクとタウンに両横を守られるあの方は、俺へと手を振った後にチンドンを迎えると、何やらその腕や背に触れ確かめている。

トクマンは不戦勝で抜け、俺達が同士討ちの格好となった。
俺は同じ迂達赤のチンドンと、そしてヒドは面識がないとは言え、同じ手裏房と。

先にチンドンと当たり勝ちを収めて長椅子へ戻ると、入れ替わりのようにヒドが席を立つ。
負ける訳がない。相手の手裏房が元私兵だか用心棒だか知らぬが、本気になったヒドの敵ではない。

擦れ違いざま軽く互いの拳を交わし合い、俺はそのまま奴が温めていた長椅子へ、身を投げ出すように座り込んだ。
奴は交わした拳からそのまま自然な仕草で黒鉄手甲を外し、それを黒染衣の襟袷の中へ落とすと、広場中央へ進む。

手甲を外したうえで、風功を遣わずに相手を傷つけぬよう戦うのも難儀だろう。
あと一息だ。この取組が終われば残るのは俺とヒド、そして籤運の良いトクマン。
此処まで来れば誰が勝とうと、あの方が無事戻って来るのは確実になった。

あとは取り戻す前にあの方の前で無様な姿を晒さぬ事。
誰が勝とうと戻っては来るが、この手で取り戻したい。

風は湿気を孕んで重く、そして雲は一層厚く。
重なり合う暗い雲間に時折青白い光が見える。

じき降る。大勢の集うこの広場の周囲に落雷があれば騒ぎになる。

そんな懸念を裏打ちするように睨む空の雲間から、先刻よりも近く雷鳴が唸った。

 

*****

 

「貴様がヒドか」
暗さを増す広場の中央で顔を見合わせ、正面の男は低く問うた。歓声の中、向かい合う俺達から一歩退いた審判には届かぬ声で。

「噂は聞いている。元赤月隊だとな」
「探って何になる」
吐き捨てた俺に薄く笑むと
「そうだな。互いに意味はない。ただ知りたかった。手裏房の中に凄腕の、元赤月隊の辻斬りが居ると耳にして以来」
その声に俺は広場の中央で立ち尽くす。

黒手甲を脱いだ掌を見詰め、まざまざと思い出す。
赤い月さえ浮かばぬ宵闇。頬に腕に散る朱殷の雫。あの頃の俺とこの世を繋いでいた、唯一の温かさ。

ヨンとの再会がなければ、そしてヨンと再び引き合わせてくれた師叔との再会がなければ、今頃俺は此処には居なかった。
関わりないと切り捨てる訳にいかぬ楔が、忘れるなとこうやって幾度でも打ち込まれる。これが人の命を奪い続けた重さ。

皮肉なものだ。空模様が心配の余り、天を見上げ過ぎた。
しかしどれ程の昏さの中にあっても、俺の希望である弟の歩みを止める事だけは赦さない。

先に審判の男が言い出したのだ。手甲を脱がねば反則になると。
言われた通り脱いでやった。お誂え向きに強い風も吹いている。
悔いるが良い。審判も、そして目の前の男も

「ヒードさーーん!!!」

その時厚い雨雲を一掃するような、雲間から射す陽のような明るい声が広場中に響き渡り、俺は驚いて掌から目を上げた。

 

 

 

 

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