2016 再開祭 | 紙婚式・柒

 

 

「ヨンアーぁ」

典医寺への帰りの途、阿るようなあなたの声がする。
迂達赤大門を後にして以来、幾度そうして呼ばれたか。

「誤解なの!ただ謝りに来ただけなのよ?あなたに会いに行ったら王様のところに行ってますって言われたから」

鎧の下に着けた上衣に引けるような幅広の袖はない。
その代わりにとばかり、細い指は腕貫の紐を引いた。

ああそうか。謝りに来て俺が留守と知った、其処までは良い。
何故その帰結が、大門の前でチュンソクと落ち合う事になる。

ほんの些細な事かもしれん。
いや、それしきで心を乱す俺の方がどうかしているのだろう。
それでも気分は良くない。良くないどころの騒ぎではない。
相手がチュンソクではなく他の迂達赤なら、声も掛けずに蹴り飛ばした。

そういう処に気が付かぬのが、他の何より手に余る。
他の事なら我慢は出来ても、それだけは譲る訳にはいかん。
そんな腹立たしさについ足が早まる。この方の所為でないと判っていても。

どんどん足を早める俺の横、この方は小走りに息を弾ませ、それでも珍しく文句も言わず従いて来る。
停まれと怒鳴られれば此方も怒鳴り返したいが、その声がないから早まった歩の緩めようもない。

皇庭の秋の木々の合間、気の早い紅葉が散り始めた途を、この方と横並びのまま抜けていく。
風景の美しさを愛でる余裕すらもなく、前だけを睨んで。

こうして済まなそうに腕を引かれても、振り払う冷たさもない癖に、歩を緩める懐の広さもない。
この口から先刻の所業を責めるような声が飛び出るだけで。

「何故歩哨に尋ねぬのです」
「だから最初は門にいた人に聞いたんだってば!そうしたらそう言われたから、じゃあチュンソク隊長にちょっと聞こうと思って」
「何を」
「え?」
「何をちょっとです」

足を止めずに前を向き、声だけで尋ねる。
横からこの方が顔を仰ぎ見、言い辛そうに何か訳の判らぬ事を口の中で呟いた。
「えっと、それは」
「何ですか」
「私、昨日・・・」
「昨日」
「すごく、無神経な、デリカシーに欠ける・・・」

いつまでそうしていても膠着した事態を打破出来ぬと気付いたか、
あなたは意を決したように足を止め、改めて確りと俺を見上げた。

それを確かめ、ようやく此方も足を止められる。
あなたは小走りで上がった息を整えるよう、その上衣の袷辺りを上から押さえ、小さく言った。

「私昨日、あなたをガッカリさせたでしょ?」
「え」
「ヨンア、もしかして昨日私たちの結婚記念日のプレ・・・贈り物を、探そうとしてくれてたでしょ。違う?」

・・・この方にしては、珍しく察しが良い。

思わず鳶色の瞳を覗き込むと、この方は袷を押さえていた小さな両掌を音高く合わせ頭を下げた。

「鈍くてゴメン!全然気が付かなかったの。だからヤゲンとか薬棚とか言っちゃって」
「針やら硝子瓶やらとも」
「ほら、やっぱり怒ってるじゃない!」
「いえ」
それは落胆しただけだ。俺との婚儀の記念の日にも、患者の方が大切なのかと。
けれどそんな処にも惚れ抜いているから、怒ったりはしておらぬ。

怒ったのは今日だ。何故迂達赤大門で、俺以外の男と会うのかと。
相手がチュンソクだろうとトクマンだろうと関係ない。
俺が命じた以外の時なら、たとえテマンであろうとも。

他の総ては堪えられても、そういう処だけは本当に困る。
患者を優先するのは構わん。それはこの方の生きる道だ。
しかし俺以外の男と会っても、目移りしても欲しくない。

それだけで良い。
患者は大切だが俺以外は見ない、それだけを約束してくれれば、他の事など鈍くても構わない。

「で、欲しい物は」
「あのね、昨日話したでしょ?紙婚式。覚えてる?」

真直ぐ此方を見上げる瞳に尋ねると、欲しい品ではなく見当違いの声が戻る。
「・・・ええ」

昨夜の寝屋の寝台で交わした声は思えている。
それを聞いて尚更に、頭が混乱したのだから。
その声にどうにか頷くと、この方の瞳が三日月に戻る。

「あのね、紙とか綿とか、あれには意味があるのよ。1年目は紙で出来たもの、2年目は綿で出来たもの」
「皮、花、木、鉄、銅・・・」
「そうよ。さすがあなたは覚えが早い!だから今年は、紙で出来た物を贈り合おう?
来年は綿ね、でもムン・イクジョム先生はもう木綿種を持って帰って来てるのかしら」
「文 益漸・・・」

聞き慣れぬ新たな男の名に眉を顰めると、あなたは平然と頷いた。
「うん。その人が筆箱に木綿の種を入れて元から運ぶはずよ。韓国初の産業スパイともいわれるけど。
ねえヨンア、もう高麗で木綿栽培ってされてる?
成長が早いから、入って来てるなら、すぐに農家に広まるはずなんだけどなぁ」
「・・・いえ」

久々に耳にするこの方の、新たなる天の預言。
農民らにとって新たな種は宝玉にも金銀にも等しい。
今の高麗で、自力では手に入れようのない綿。
手を掛けずに育ち、収穫が楽なら尚更に。
そんな種が入手できるなら瞬く間に広まり、多くの民が栽培を始める筈だ。

ムン・イクジョムという男が木綿種を持ち込むなら、綿油も綿反物も他国に頼る必要はなくなる。
民らの暮らしにも、多少はゆとりが生じるかもしれん。
それを知れただけでも此度の記念日は佳い日になったと、俺はその瞳に深く頭を下げる。

「ありがとうございました」
「はい?」
「高麗で綿が出来るのですね」
「ああ・・・うん、それはそうなんだけど。それも遠くはないはずよ、その後は綿布が布貨になるくらいだし。
だけど今は、そういうことじゃなく」
「綿は来る年として、今年は紙」
「うん、まあそうなんだけど・・・怒ってないの?」
「ええ」

木綿の事だけで吉報であるのに、記念の品の重要な情報まで得た。
紙で出来た物。それが重要な縁起物だと判っただけでもう充分だ。

飾り箱、小抽斗、行燈の笠。紙で拵えた物なら幾らでも思いつく。
いや、そんな在り来たりの品よりも。

紙で拵えた縁起物。
この方に最も相応しく、そして婚儀の日を必ず思い出せる一品を思い付き、俺は晴晴れ晴れとした気分で頷き返した。

 

 

 

 

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1 個のコメント

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    ウンスはヨンしか見てないわー
    ウンスが他の男を見ても、名を口にしても
    悋気しちゃうなんて
    ウンスに惚れぬいてるね
    かわいい(ㅅ´ ˘ `)♡
    贈り物が 選びやすくなったねぇ
    何にするのかな?

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