2016 再開祭 | 鍾愛・中篇

 

 

怒鳴り返す声すら惜しく、握る杯を卓へと叩きつけて置く。
官軍にも迂達赤とは違う意味で、命知らずが居るらしい。

この場にチュンソクがいたら怒鳴りをくれたろう。
トクマンがいれば呆れて無言で溜息を吐いたろう。
テマンならば無言のまま奴らに飛びかかったろう。
他の迂達赤がいれば寄って集って罵り倒した挙句、勢いのまま拳の二つ三つは飛んだろう。
あいつらのイムジャ贔屓には、ひとかたならぬものがある。

奴らが居らず本当に良かった。あ奴らの為にも、こ奴らの為にも。
他軍でも隊長級とあっては、奴らより階位の高い者も居る。
そんな奴を殴り、おまけに勝ってしまっては相手の面目は丸潰れだ。

禁軍はアン・ジェの顔が利くとしても官軍にそれ程近い奴はおらん。
下手に揉めでもすれば、最悪は迂達赤対官軍の全面争いになる。

兵が他軍の隊長を相手に拳を振るったと捻じ込まれれば、王様もお困りになるだろう。
ましてその理由が女関係絡みなどとなれば。

男色と疑われましたので。妾が居らぬのを不審がられましたので。
そんな風にお伝えしたら、王様はどのような御顔をされるだろう。
口許を押えた拳の中に堪え切れぬ笑いを吐く俺を、不思議そうな面々が見た。

 

そんな光景を思い出し揺れた俺の体を不思議そうな瞳が見上げる。
「楽しそう。どうしたの?」

男色を疑われたと正直に伝えたら、この方はどんな顔をするのか。
背後から抱き竦めた亜麻色の髪の頂に唇で触れ、込み上げる笑いを咳払いで誤魔化す。
「・・・いえ」
「あ、思い出し笑いしたんでしょ。やーらしい、何よ、教えてよ!」

包んだ掛布の下、背から廻した腕の先、この指先を握り締めて揺らしてねだる声。
こんな風に抱き締めいつまでも聞いていたい声は、この世にひとつ。
こんな風に指を握り甘えて欲しい掌も、唇を落としたい髪も、全てこの世にひとつきり。

相手を品定めするのは何も男だけではない。
相手に飽いた時、相手もきっと飽いている。
いつも己が先に飽くとばかりは限らない。

飽いたと思ったなら閨の中で目を見開いてみると良い。
向いで己を見詰める相手の目も乾いているかも知れん。
そうして乾いた眼で抱き合って、一体何が面白いのか。
「ねえねえ、教えてってば」

どれ程腕の中で温めても北風が目に刺さるのか。
それともその顔へと吹き付ける雪が濡らすのか。
この方は鼻頭を赤くし、目を潤ませて俺を見る。

風上に顔を向けるから勢い良く風を受けるのだ。
目を潤ませたあなたを膝の中に抱え上げて体を回させ、この腰をその両脚で挟むように向きを変えさせる。

近すぎる距離か向き合う姿勢か、何方かが余程照れ臭いらしい。
向かい合うこの方は耳まで真赤に染めて俯いてしまう。
顔を傾けその顔を下から覗き込み、互いの鼻先が触れる程寄せる。
「俺が慾張りだと」
「欲張り?そうなの?何も欲しがらないくせに」

だからこの方は面白い。
耳まで赤くしていても、この声を一言も漏らさず聴いている処が。
これ程聴いておるくせに、俺の欲しがるものに全く気付かぬ処が。

気付いているのに敢えてそうしているかと頭を抱える程鈍い処も。
腰を跨がせてもこの体に腕すら回さずきょとんと首を傾げる処も。

こんなに手を焼かせる方がいて他の女に目が行くなら男ではない。

「・・・ヨンア?」
「はい」
「ちょっと、今日・・・近いみたい、よ?」
二人きりになれる場所など、この世で此処しかないのに。
寝屋の寝台の上で近くなければ、一体何処で近寄れと云うのだ。
それでも俯くあなたに消え入りそうな声で言われれば、心が痛くなる。

そっと離すと小さな体が、俺の膝から慌てて抜ける。
途端に冷たくなった膝を見詰め、寝台の隅へ逃げた姿へ眸を移す。
判らん。この方の心裡が本当に判らん。

私のお守りは大変よと言われた意味が、今頃になって身に沁みる。
大変どころの騒ぎではない。
まるで大きな目をして毛を逆立て、此方を警戒する仔猫に手を伸ばすのに似ている。

素知らぬ顔で素早く掴まえ、懐へ入れてしまえば良いのか。
餌を置き落ち着いた処で、一歩ずつ近寄って行けば良いのか。
膝に乗せれば撫でる前に逃げられた。それなら次は餌だ。
逃げる仔猫を誘き寄せる、その鼻先に置けば興味を示しそうな餌。
「イムジャ」
「なぁに?」

寝台の隅から此方を窺う様子。
来い、来いと胸に呟きながら、一匹目の魚を投げてみる。
「散歩に」
「え?」
その瞳が輝き出したのを確かめて、二匹目の魚を。

「その後、何処かで飯を」
「だって仕事は?行かなくて良いの?」
そう言って身を躱し逃げそうな処に、三匹目の魚を。

「では役目を終えたら、買い物に」
その一言に逃げる足を止め、咽喉を鳴らして仔猫は鳴いた。
「行く!」

腕に飛び込んで来た小さな体を抱き締めて、唇の両端を上げる。
猫に木天蓼、この方には買い物。鼻先に置く餌はやはり好物に限る。

 

 

 

 

3 件のコメント

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    ウンスに言えば 驚かれちゃう。
    男好なんて… (๑⊙ლ⊙)ぷ
    どこが?
    見てても、話しても、触れても…
    飽きることなく
    誰にも わかってもらえなくっても
    いいわぁ
    独り占めよー。

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    さらん様
    おはようございます。
    さらん様が溺愛話とおっしゃる通り、ホント甘いです(≧∇≦)
    もう、にやけちゃって。いえ、通勤電車内なので、ヨンのように必死に堪えています。
    かなり怪しい人になってますが。
    ウンスの鈍感さにじりじりしつつも、楽しんでませんか?ヨン(笑)
    私にも餌まいて~!
    仔猫じゃなくて老猫ですが(^_^;)
    続きが、楽しみです♪
    あ、遅くなりましたが片割月、わかりましたよ
    (^-^)

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