2016再開祭 | 気魂合競・拾弐

 

 

「チュンソク!」

飛び込んだ人垣の隙間に辛うじて、明るい青色の絹の色がちらちら光る。
その光も色もが滅多に見る事の叶わん南方の、明るい夏の海の色によく似ている。

夏の海の色を目印に、その人波を掻き分ける。

やっとの事で手を伸ばすと、その青い衣からも白く柔らかな指がこちらに向けて思い切り伸びて来る。

「チュンソクー」

その指先をどうにか捕まえて己の方へ引き寄せる。
キョンヒ様と、横を守るハナ殿が額に汗を浮かべて俺に頭を下げ
「勝ったな、見てた見てた!」

キョンヒ様は小さく飛び跳ねながら手を打ち合わせ、ハナ殿は
「チュンソクさま、おめでとうございます」
と笑顔を見せて下さった。

「ありがとうございます」
「とても素敵だった。それに本当にとても強かった。これなら絶対一等はチュンソクだな」
「とんでもない。まだ序の口です」

初戦から手を拱いているようでは先は暗い。
己の真価が問われ、迂達赤の矜持が試されるのはもっと勝ち進んでからだろう。
最後に本当に負けたくない、キョンヒ様の前で負けたくない真に手強い方と相対することになる。

「怪我はないか」
「大丈夫です」
「ウンスがおいでだから、怪我をしたらすぐに」

キョンヒ様はそう言って、次の取組みの始まっているらしき人の輪へと振り返る。
そこには医仙がチェ尚宮殿、そして元武閣氏の剣戟隊長と並んで人垣の向こうを眺めておられた。

出場者の中に大護軍のお邸のコム殿を見つけた時には、さすがに身の引き締まる思いがしたものだ。
手裏房の若衆らも、そしてヒド殿もいる。
予想通り出場者の名簿には、アン・ジェ殿率いる禁軍の兵の名も連なっていた。

あの朝大護軍にお伝えした通り。
まさかその中の誰かが大護軍を倒しに出場したとは思えんが、俺達の役目は大護軍目掛け勝ち上がる強い相手を一人でも多く倒す事だ。
俺に敗北も怪我も許されん。迂達赤の名に懸けて。
大護軍の為に。願わくば決戦で大護軍と組合う為に。
何より口には出さずに、こうして心配して下さる俺の姫の為に。

「勝ちます」

頷く俺を見詰めるキョンヒ様の頬に、桃色の血の気が少し戻る。
その時人波の向こうにも悠々と覗く大きな男が、目敏く俺達の姿を見つけると
「ハナ殿!!」
そう吠えながら大きな体で遠慮なく人波を掻き分け、こちらへ向けて一直線に進んで来た。

 

最初に見つけたのは、隊長が初戦を勝ち上がった試合の人垣。
遠くからでも目立つ真っ青な上衣の横、涼風に揺れる長い髪の後ろ姿だった。

上背があるおかげで、人波から頭が出るから見つけられた。
お顔は見えない、でもその見覚えのある後ろ姿は。

難なく勝ち上がった隊長はその人垣に飛び込むと、人を掻き分け青い上衣に向けて進み始めた。
周囲の皆も勝ち上がった隊長に道を開けようとしてるんだろうが、何しろ十重二十重の人垣だから互いに思うように動けない。

その中を苦心して進んだ青い上衣に、隊長が思い切り手を伸ばす。
そして青い袖も同時に精一杯伸ばされて、その拍子にそこにいた女人お二人の横顔が見えた。

その瞬間、何かを考えるより前に俺は周囲の人波を突き飛ばさないよう注意して、出来る限りの早さでその横顔に向かって突き進む。
「ハナ殿!!」
考える前に見覚えのある横顔の名前を、大声で叫びながら。

隊長と並んでようやく人の隙間に納まっていた姫様とハナ殿が、俺の声に振り返った。
「トクマンさま」
そこにいたらハナ殿が誰かに足を踏まれてしまいそうで、ひとまず隊長に頭を下げる。
「隊長、少し移動しませんか」
「ああ。手裏房の酒楼前で落ち合うぞ」

周囲を見回して尋ねると、隊長も頷いて人波に逆らって歩き出す。
小さな姫様が波に押し戻されないよう、しっかり横を守りながら。
「ハナ殿、俺達も行きましょう」
しかしハナ殿は戸惑ったように少しずつ遠ざかる人垣へ振り返る。
「けれどトクマンさまは、この後取組みがあるのでは」
「ハナ殿を無事に人の少ない所へ送ったら、俺だけ戻りますから」
「でも・・・」

ハナ殿は困った様子で言った。
「後でトクマンさまの取組みを見られないかもしれません。この人垣をもう一度入っても、人が多くて見えるかどうか」
「・・・見て、下さるんですか」
「もちろんです。姫様もチュンソクさまを心配していらっしゃいますし」
「ハナ殿は、俺の取り組みを見て下さるんですね!」

張り上げた大声に、周囲の人波が何事かって顔で振り返る。ハナ殿は慌てた様子で
「え、ええ。もしよろしければ・・・でも、あの」
背が高すぎるのも困りものだ。ハナ殿は人の流れに押し戻されないように逆らって進みながら、俺の顔を振り仰ぐ。
そうすると周囲に目が届かなくなって、また人波に押し戻されて、進むに進めなくなっている。

「失礼します!」

こんな時はこうするべきだ。顔を見て話すのはもう少し人が少ない静かな場所の方が向いている。
俺はハナ殿の手をしっかり握ると、手裏房の酒楼へ歩き始めた。

 

 

 

 

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