2016再開祭 | 夏白菊・拾伍

 

 

だけど私の大きな計算違いは、ここにテマンもいたって事。
私たちの口ゲンカを一度も見たことがないテマンがいた事。

テマンは私の言葉通りベッドにうつ伏せになったまま、お腹だけは持ち上げずに私を呼んだ。
「医仙!」

急に大声で呼ばれて驚いて、あなたからテマンに視線を移す。
「ど、どうしたのテマナ!痛い?!」
「大護軍のせいじゃない、大護軍を責めないで下さい!」
「え」

責めたりしてないわ、そう言おうと思ったのに。
「大護軍は隠し事なんて絶対しないです。そんな変な女や、まして他にこ、子なんて絶対いない!」
「あ、テマナ、それはね?」

疑われたあなたにはきっと分かってる。私がここまで言った理由。
本気で思ってるわけじゃなくて、秘密にされて怒ってるって多分伝わってるはず。

だけどあなたのことが誰より大切なテマンに、そこまでは伝わらない。
私がこの人を本当に疑ってるって思ってガマンできなかったんだろう。
家族だから言葉が足りない、だけどお互いを自分よりも大切にしてるのは間違いないから。
私はそんなテマンの前で、すごく無神経な濡れ衣をこの人にかけたって思われてる。
「テマナ、あのね?」
「俺がムソンさんを守れなかったんです。大護軍はそんな無責任な、汚い男じゃないです」
「うん。うん、分かってる。もちろんよ、そんな人じゃない」

医者が患者を刺激して、興奮させてどうするのよね?
自分の考えなしの発言を今さら後悔してももう遅い。
「医仙をずっと待ってたんです。医仙は知らないけど、けど大護軍は本当に」
「うん、ごめんね。分かってる」

内心とても悔しいんだろう。
だけど私の言葉を守って伏臥姿勢のままのテマンの枕元にしゃがんで、視線の高さを合わせる。
「もう言わない。本気でそんなこと思ってないわ。だから」
「本当ですか」
「うん、約束する」
「・・・よかった」

テマンは安心したみたいに深い息を吐いて傷が痛んだか、顔をしかめる。
「だから、テマンも約束して?」
「約束」
私が言うと、不思議そうな顔でテマンが繰り返した。

「うん。この人や、この人の大切な人を守ってくれるのはすっごく嬉しい。だけど自分の事も考えて。
こんな風にケガして一番心配するのはこの人よ。真っ青な顔して帰って来たわ。
自分の外傷ならけろっとしてるのに。テマンが怪我したら、とても悲しむし動揺する。
そんな人がたくさんいるの。だから本当に気を付けて」
「イムジャ」

余計な事を言うな。そんな顔で声を上げたあなたを無視したままで、私はテマンに話し続ける。
「私もそうよ。テマナの傷を診ると悲しいし、怖くなる。大切な家族だから。
きっとチュンソク隊長やトクマンくんたちも。ヒドさんや、チホさんやシウルさんも。
それにトギは悲しむだけじゃなく、すごく怒るかも。分かる?」
「・・・はい」

私の声にテマンがぎこちなく頷いた。そうなの。家族だから感謝してるし、大切なの。
だけど全ての心の声まで伝わるわけじゃないから。
「無事でいてくれて、この人を大切にしてくれて、ムソンさんを守ってくれて」

私は横になったままのテマンの頭をそうっとなでてから、その目ににっこり頷いて頭を下げた。

「本当にありがとう、テマナ」

 

細い指がテマンの頭を撫で、優しい笑みを浮かべて礼を言う。
テマンが戸惑うようにその笑みを確かめ、そしてうつ伏せのままで壁の俺を見た。

あの方が触れて腹が立たんのは、この世で唯一この男だけだ。
それは多分俺にとって、こいつが山で見つけたあの日のままだから。

俺はチェ・ヨン。皆は隊長と呼ぶがな。

蛍袋の咲く河原で、小さなこいつにそう言った。

て、じゃん。

まるで仔狼のように恐る恐る寄って来て、魚に喰らいついていた奴が初めて呼んだ時。

 

こいつを守りたいと思った。家族を亡くし独り山にいたこいつを。
こいつを見つけて、現世との最後の細い糸を辛うじて繋ぎ止めた。
少なくとも一人前の男に。逃げ回るのでなく生きていけるように。

その途中で当初の望み通りに死んだなら、その時はその時だと。
まさかそれから十年の後、こんな夜が来るなど思いもせずに。

全ての出逢いに意味があり、そしてその縁が次の縁へ繋がるのなら。
山でこいつに出会ったのもこうして開京へ連れて来たのも、総ては意味のある事だった。

あなたを円の中央に、俺の周囲に笑顔と縁が増え続けている。
まるで小石を池へ投げ込んだように、そこから広がる波紋のように。
そしてこの方はこいつにも教える。命を大切にしろ。俺の為に。
俺自身は口が裂けても言わぬ事を、最も大切な一言を、真直ぐ周囲の奴らに投げかける。

だから誰もが惹きつけられる。聞きたい言葉を掛けられて、慰められて傍に寄る。
そして大切だから守りたいと願う。もう一度その声を聞きたいと。
そんな風に寄って来る奴ばかりだから気が気ではない。
俺の為だから尚更真摯に真直ぐに、この方は声を上げる。
娶ろうと、俺の為だと判ろうと、無理にその口を塞ぐ訳にはいかん。

命より愛おしく大切な女人でも、こうして妻となって下さった後も、全ての声が伝わるわけではない。
たとえ毎晩抱き締めようと、この方の横で命が尽きるまで護ろうと、口にせねば伝わらん想いがある。

この方の周囲に人が集うのは、この方に迷いがないからだ。
伝わらぬと判っているから、大切な言葉を口にするのに躊躇がない。
男と女の違いか、生きて来た世の違いか、見えるものの違いなのか、この方の声の力に敵うものはない。

男は誰であろうと傍に寄せるな。肚裡の読めぬ女人も同様だ。
いつ誰があなたの寝首を搔かんとも限らん。味方と判らぬ限り敵だ。
それがこの方には如何言っても通じない。

そんな風に考える事ないでしょ、腹を割って話してみれば?
明るい声と笑顔で屈託なく言われてしまえば、己の今迄の道すらも揺らぐ。
疑心暗鬼に駆られているのか、そんな事すら思う。

俺の妻に近寄るなと群がる奴らを蹴り飛ばすか。
俺の代わりに伝えて下さるこの方に礼を言うか。
いつも其処で立ち止まる。今迄は考えるすらなかった些細な悩み。

以前なら考える暇もなく蹴り飛ばし、相手が倒れてから考えたろう。
力一杯蹴り過ぎたか。骨など折ったら承知せん。
何の為に日頃から死なぬ程度に鍛錬しているのだと。

それでも今俺の周りの奴らが、確かにこの方を護る力になっている。
己の質も物言いも、考え方も容易には変えられん。
あなたにも言った。変えられません、それでもついて来て欲しい。

そして今、共に居て下さる事が答だと思いたい。
ましてこうして俺の周囲に、温かな波紋を広げてくれる方だから。

答はいつも簡単な処にある。考え過ぎるから迷い込む。
俺には守るべき者が増えた。この方のお蔭だ。
そいつらがこの方を守る力になっている。
奴らを大切にするのは、決して恥などではないだろう。

厭なら厭と、良いなら良いと。許せるか赦せんか、好きか嫌いか。
そんな事すら口に出せねば、口の達者なこの方と渡り合うなど到底出来ん。

「・・・イムジャ」
「ん?なぁに?」

テマンの枕許の床に膝を付いていた、その瞳が此方へ戻る。
苦手でも言わずにいれば通じぬだろう。
他人の前で口に出すくらいなら、家族だけの方がまだ気が楽だ。

覚悟を決めて俺は息を吐いた。

 

 

 

 

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2 件のコメント

  • SECRET: 0
    PASS:
    テマンを諭す
    ウンスの話に うるうる…
    (T_T)
    ヨンもちょっと照れくさいかしら?
    でもさ 自分も言わないことを
    こうやって はっきりと口にしてくれる奥様… 
    あ~この人でよかった って 思うわね~

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