2016 再開祭 | 気魂合競・丗

 

 

「まずまずの戦果だった」
全員の注視の中、叔母上は言いながら椅子の上で姿勢を正す。
「皆よく判っておろう。勝負は時の運だ。勝ち負けよりも、まずはウン・・・医仙が無事に取り戻せれば良い」

その声に全員が同意するよう頷いた。
「で、目立って強そうな者は居ったか」
叔母上の声にそれぞれが思い出すよう互いに顔を見合わせる。

「まずはコムさんだな。あんな強いと思わなかった」
一戦目でコムに敗れたチホが真先に口火を切った。
全員が深く頷き、コムだけがどうして良いか判らぬような複雑な表情を浮かべる。

「あとはあの皮胴衣の一団か」
ヒドの声にコムが同意した。
「ええ。強かったです。技も俺の知る角力と違いました」
「俺も危うかった」

ヒドも辛くも勝ちを収めた一戦を思い出したか、珍しく素直に認める。
「俺が当たった四戦目で当たったのも、恐らく奴らの一派だ」

俺の声に周囲の男らの目が一斉に此方を確かめる。
「だけど旦那、奴は普通の恰好してたろ。コムさんやヒドヒョンが当たった奴らとは」
「あれは高麗の民ではない」

至近距離であの目を見たから判る。確信がある。
その声に叔母上が先ず頷いた。
「お主が言うならそうだろう。何人で元から渡ったかは知らぬが、少なくともこれで二人減った」

ヒドが一人、俺が一人。
明日の五戦目に勝ち上がった二十名のうち、武人以外は九名。
その中にあと何名の托克托の戦士が残っているか。

「手裏房」
若衆の名すら呼ばず、叔母上は十把一絡げにそう呼んだ。
「残り九人に何人の手裏房が残るか、調べておけ」
「ちょいと!」

チホとシウルの返答の前に、厨の奥から鋭い声が飛んで来る。
全員が声の主を振り向くと、大きな酒瓶を両手に下げたマンボが足音も荒く俺達の囲む卓へと寄って来た。
「何考えてるんだい、何であんたが手裏房に命令を出すんだよ!皇宮でどんだけ偉いか知らないけどね、手裏房はあたしの領分なんだよ!」
「ああ、ああ、判った」

叔母上はその怒声を軽くあしらいながら、音を立てて卓上に酒瓶を叩きつけるように据えるマンボに目を遣った。
「では改めてお前に頼もう。残り九人に何人の手裏房が居るのか、確かめておけ」
「それが人に物を頼む態度かね」

マンボが呆れたように目を細め、叔母上の顔を睨みつける。
叔母上は小さく舌打ちをすると
「図に乗って」
と呟いた。

「ああ、そういう態度かい。それなら良いさ、こっちだってその情報の金財でおまんま喰ってるんだからね」
マンボは勝ち誇ったように鼻でせせら笑い、卓の空いた椅子にどかりと腰を下ろす。
このままでは進む話も進まぬと察したのだろう、叔母上は渋々といった様子で呟く。
「頼む」
そしてほんの小さく頭を下げた。

途端にマンボは機嫌を直し、にんまりと笑みを浮かべ
「判ったよ。何しろあんたらのお陰で今日は儲かったし、明日ももう一日決勝があるしね。
簡単に勝負が決まっちゃ売り上げもないし。こっちも困るから、調べといてやるよ」
とあっさり請け合った。

叔母上は頭を下げさせられたのが癪に障るのか、無表情のままだ。
俺が言葉を継いで
「マンボ、もう一つ頼めるか」
と切り出すと、叔母上もマンボもがこの顔を確かめる。

俺にとって手裏房は大した問題ではない。
それよりも気掛かりな問題が残っている。
「シウルとチホが顔を知っている。元から渡って来た男らがいる。
今は人数も判らん。そ奴らの潜伏先を調べて欲しい」

五戦目に残った九名から、手裏房を除いた残りが托克托の戦士のはずだ。
あそこまで熾烈な取組で、武芸の心得の全くない市井の民が偶然でも勝ち残れるとは思えない。

俺と叔母上の二重の頼みに、
「全く、叔母も甥も人使いが荒すぎるね」
マンボはシウルとチホへ目を投げる。
「あんたら聞いたね。二人とも明日の取組がないんだから、ひとっ走り調べといで」

奴らは頷くと
「帰って来たら飯を頼むよ、姐さん」
「また明日な、旦那も天女も」
口々に残し、素早く東屋を駆け出て行った。

その背を見送った叔母上が
「ヨンア。先刻の文を見せろ」
と、俺に向かって掌を示す。

托克托からの密書を他人の目に触れさせるのは気が引けるが、今は斟酌している場合ではない。

元の者が、まして死んだとはいえトゴン・テムルの腹心であった将軍の手の者が高麗に居る。
何れにしろ王様への御報告も必要になる。証拠として密書もお見せする事になる。
叔母上も此度の大会を見届ける者として、そして尚宮長として委細を知っておくべき。
素直に先刻の戦士が運んだ文を懐から取り出し、その掌へ乗せる。

叔母上は開いた文にゆっくりと目を通した後に
「一先ず今宵はお知らせせぬ方が良い。王様も王妃媽媽も、今宵はまだ大会の件でお忙しかろう。
明日閉会の後にお知らせする」
文を畳み直し、俺の前へと卓を滑らせつつ言った。

いつまでも頭が痛い。
国交を絶てば全て丸く収まると思っていた。
北方の故領を奪還し、双城総管府を落とし、それ以降元の者即ち高麗の敵と見做して良いと思い込んでいた。

戦において、敵でもなく味方でもない者など存在しない。
俺の中でその二つは全く相容れぬ者と区分けされていた。
昨日の敵は今日の朋。
そんなものは机上の空論で、一度敵に回った者はいつまで経とうと絶対に信用ならぬと思っていた。

それでも托克托が俺の敵だった事はあったろうか。
少なくとも元の要請で俺達高麗軍は元に派兵した。
そして呉越同舟のあの元の空の下、托克托は一度たりとも高麗軍を軽んじた事などなかった。
俺に対しても、俺の兵に対しても。

思わぬ拾い物もあるかも知れぬぞ。

王様のおっしゃった思わぬ拾い物。
元の腐った内部の分裂を雄弁に物語る親書、そして奴の送った戦士。

この方だけを取り戻せば済むと思っていたのに、この角力大会は元の思わぬ内情を知る機会だったという事か。
大会を切掛けに、真の戦は今日からまた新たに始まるのか。
重い息を吐いた俺は、叔母上の声に同意したと示すため顎先で頷いた。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。ご協力頂けると嬉しいです❤


にほんブログ村

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です