2016再会祭 | 胸の蝶・拾参

 

 

仕事ぶりは最高だと聞いていた。
ヒドの連れて来た女は早朝から出仕して厨に籠り、一日分の膳を用意する。
殿中を掃き清め、鼠とも、鼠の許に引き摺り込まれて話し相手になっている遍照とも顔を合わせず。
それどころか誰一人とも言葉も交わさず、それが終われば早々に仁徳宮を引き上げていくと。

怪しい動きは一切ありません。
口を利く処を見た事がありませんが、もしや不自由なのですか。

出入りの者全てに十分注意しろと命を受けている禁軍の衛達は、あの女の動向にも同様に目を光らせている。
委細を知らぬ衛からの報告ならば、十中八九まず間違いはない。

しかし手裏房の酒楼では、確かにあの方やマンボと声を交わす様子を見ている。
口を利くには問題ない。にも関わらず話さぬ理由を判じかね、肚裡で首を傾げた。
だからこうして確かめに、雨中の酒楼へ顔を出した。

最も懼れたのは、あの女が遍照と近づく事であの方のおっしゃる預言通りに事が運ぶ、その一手。
恐らくあの方も同じ事を考え、ヒドと女が水州から戻った雨夜に口を閉ざしたのだろう。

本当に遍照を知らぬのか。
もし俺達全員を謀っていれば、奴らが近づいた途端に何か起きる。
しかし芝居を打っている訳でないなら、遍照と女に面識はない。
ましてやあれ程ヒドを慕い、話すなとの一言まで守っているならば問題はないのか。

女との初見の後のあの雨夜、寝屋の寝台の上であの方は言った。

「ヒドさんとうまくいってほしいな。パニャさんはヒドさんのこと絶対好きよ。
そうじゃなきゃ開京まで一緒に来たりしないでしょ?いくら恩人でも」
「・・・恩人」
「そうなんですって。そう言ってたわ、前に助けてもらったって。お父さんが亡くなった時に」
「そうなのですか」

悪い男ではない。それは誰より知っている。
但し見知らぬ者の生き死にに好んで関わる事はない。
俺も奴もそうするには余りに死に親しみ過ぎて来た。
もし女の親の死に関わったとすれば、奴は今回の邂逅以前から、あの女を知っていた事になる。

黙って考え込んだ俺を慮ったか、この方は気を取り直すよう話を変える。

「幸せになって欲しいの、ヒドさんに。それにヒドさんとパニャさんが幸せになるのが、王様と媽媽の幸せにもなると思うの」
「では、やはりあの女ですか」
「・・・ごめんなさい、名前までは思い出せない。だけど可能性はあるわ」
「はい」

手伝いが必要だと僧が申しております。出来れば女をと。
定期の報せで禁軍の衛からそんな遍照の言伝を聞いた時。
男を手伝いに引き入れるよりは、女の方がまだ良いと思えた。
遍照が力を操れぬ内功遣いである以上、警戒のし過ぎはない。

だからこそ言伝を受け、女が欲しいとヒドに伝えた。
少なからず遍照を知り、奴の知らぬ女を探せるならば、ヒドしかおらぬと信じた。
唯一の不安は女が遍照と手を組み、この方の預言が起きる事。
王様の天の御血筋が絶え、本当に遍照が次の父媽媽になる事。

あの女がヒドを慕い、そして遍照と関わりを持たずにいるならば全てうまく行く。
然程長い間ではない。
王様が鼠の親鞠を終えられ、その罪が明るみに出れば全てが終わる。

大逆罪だ。王族として凌遅刑は免れても、賜薬は免れようがない。
元への大義名分が有れば良い。双城総管府も堕ちた今なら尚の事。
証人は揃い、証拠もある。自白が取れれば此方に立派な分がある。
それを取る為にのみ王様も侍医も俺も積も恨を圧して鼠を生かし、王族として遇しているのだ。

ヒドにその気がないのなら、無理強いは出来ん。
しかしこの方の話を聞く限り、あの女と何かしら縁があるのか。
その親の死に関わり、助けておるなら。

それが悪縁でない事を祈るしかない。そして此度こそ天の預言が逸れるように。
預言が的中してしまうなら、起きるのは国の転覆だけではない。
王様を、そしてこの方を悲しませる事になる。
無論、預言の事もあろう。王様と王妃媽媽の事も。
しかしこの方が先を変えようとこれ程懸命なのは。

寝台の上、腕の中の細い肩に鼻先を埋める。
柔らかくなったあなたの息を、胸の中へ閉じ込める。
判っている。これ程懸命なのは、全て最後の預言に結びつくからだ。
この方が知る全ての預言の中で最も忌み嫌い、必死で抗う俺とソンゲの因縁に。

何か一つが変わるなら、先が全て変わると信じられるのだろう。
俺は構わない。ただ絶対に泣かせたくはない。心を痛ませる事も、傷つける事も。
安堵させ信じて頂くなら、百の言葉を尽くすより預言が変わるのを見るのが最良。

俺のつけた傷なら癒してやれる。しかし此度、俺の出番はない。
ただ祈るだけだ。ヒドとあの女がこの方の知る先の世の流れを変えてくれるよう。
俺の為でなくこの方の為に。こうして隠そうとする肩の震えを止める為に。

今宵の雨のように、腕の中の肩に口づけの音を降らせる。
静かな寝屋の中に響く濡れた音に、見えぬ筈の月が笑う。
そうして笑ってくれれば良い。そのうち必ず雨は上がる。

信じる。俺達の正道がいつかあなたの知る先の世を変えると。
あなたを悲しませぬ先の世が、いつか必ず訪れると。
そうでなければ、全てを捨て此処に戻ったあなたが報われん。

あなたの知らぬ世が来た時は、俺が手を引き先へ連れて行く。
あなたは素直に手を引かれ、そうして瞳を閉じていれば良い。
次に開ければ、あなたの知らぬ新しい世が待っている。
そこから先はこの手を頼り、共に進んで下されば良い。

「大丈夫だ」
寝台に広がった亜麻色の髪を指先で纏め、細いその肩に流す。
あなたは長い睫毛を伏せ、この胸の中に擦り寄った。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    うーーーーっ
    うーーーーーーーっ
    お兄ちゃんには幸せになって頂きたい
    頂きたいが…
    奇跡……うーーーーーーーーっ
    さらん…さーーーーん
    ヒドさんが…ヒドさんが ヒドさんたる所以
    ですか?

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