2016 再開祭 | 気魂合競・参

 

 

「旦那だ!」
「みんな一緒だったのかぁ」

酒楼の門を超え東屋へと続く庭。
俺達に気付いたチホが大声で叫び、シウルが立ち上がって手を振る。
少し離れて石段の影に腰を下ろしていたヒドが、立膝の上に預けた頭を僅かに傾け、流し目で此方を確かめた。

「おやおや、勢ぞろいでお出ましかい」
俺達五人が東屋に踏み入った途端、厨から出て来たマンボが相好を崩した。

俺達に会えて嬉しいなどという殊勝な心掛けのはずがない。
大勢で押し掛け、その分酒代で稼げるのが嬉しいのだろう。
「さて、あんたら何を飲むね」
「叔母上はまだか」
「見ての通りさ。まさか尚宮婆が来るまで、何も注文しない気じゃないだろうね」
「あ、あの、姐さん」

先刻俺達四人の脈診を終えたこの方が、腰に手を当て不満そうに唸るマンボに取成しの声を上げた。
「クッパを下さい、5人前。あとあったら青菜と卵を・・・」
「良いともさ。酒はどうするね」
「うーん」

この方は卓の面々を見渡して返答に詰まる。代わりに俺が首を振り
「後で頼む」
とだけ応える。

叔母上の到着前から一杯引掛けて良い気分になっていては、あの速手に頭を叩かれるのは目に見えている。
今宵揃ってこうして出向いて来たのは、酒を飲む為ではない。
角力大会の委細を確かめる為だ。
返答に不満げに鼻頭に皺を寄せ、それでもこの後の察しがついているのか。
マンボはそれ以上のごり押しはせず、厨へ戻る。

この方はそれを見て
「あ、マンボ姐さん、私も手伝います!」
マンボを追い、厨の方へと小走りに駆けて行く。

女人二人が厨へ消えて妙に静まり返った東屋で、沈黙に耐え兼ねたようにチュンソクが口を開いた。
「皆さんも、何かお聞きですか」

丁重な言葉遣いは、恐らくその場の最年長ヒドへの問い掛けなのだろう。
奴も俺を介して幾度か顔を合わせたチュンソクが信頼の置ける者だと判っているせいか、然程厭な顔をせず首を振る。
「いや」
「角力大会だそうです。王様が賞品を出すと」
「出させれば良い。気張れ」

ヒドは黒鉄手甲をふらりと上げるとまるきり他人事のように言い、怠そうにまた膝に頭を載せた。
これが普通の反応だろうとヒドの様子に苦笑する耳に
「出来ましたよー!」
高らかなあの方の声が厨から響く。

その声に年若の四人が配膳を手伝うつもりか、それぞれ機敏に腰を浮かせた。

 

*****

 

「揃っておるな」

最後に東屋に現れた叔母上は、ほとんど空になった各々のクッパの椀を覗きこみ
「夕飯も終わったなら丁度良い」
そう言って、並んだマンボとこの方の隣に腰を下ろした。

「あたしらまで呼びつけるなら、相当な話なんだろうね」
相変わらずのマンボのぞんざいな口調にもびくともせず、叔母上は小さく頷いた。
「ああ。角力大会だ。開京隅々、出来れば近隣の村や町にも触れ廻れ。
興味があれば、十五以上の男なら誰でも出場できるとな」
「宣伝のお代は頂くよ」

払うとも払わぬとも答えずに、叔母上は俺達の顔を順に見る。
「開催は十五日後と決まった」
「随分急な話だね」
「ああ。それ以降になれば暑さで倒れる者があるのではと、王様も王妃媽媽も心配しておられる」

マンボもそれには同意するように頷いた。
「空梅雨のくそ暑い中で、一体何人集まるんだかねぇ」
「只とは言わぬ。景品をつけてやろう」

叔母上は再び、あの話を蒸し返す。
「王様と王妃媽媽よりは畏れ多くも、米俵と金子」
「・・・お前ら、判ってるだろうね!」

金の話を持ち出せば飛びついて来るに決まっている。
眼を輝かせてすかさず怒鳴るマンボに、チホとシウルが渋面で俺を確かめてぼやく。
「だけどさ、マンボ姐さん。相手は旦那だぜ。俺達じゃどう足掻いても、勝てるわけねえだろ」
そしてヒドは聞くべき話は済んだとばかり、石段から腰を上げた。

そのヒドに向かい、マンボが鋭い声を上げる。
「どこ行くんだい、ヒド!」
奴は眼だけで振り返り、一切興味を失った平坦な声で吐き捨てた。
「米にも金にも興味はない」
「あんたがなくてもあたしにゃ大ありなんだよ!」

マンボはここまで長く付き合っても、未だにこいつの事を判っておらんのか。
一度興味がないと言えば、翻意など全く期待出来ない。
そして俺と同じほど金にも物にも官位にも興味がないなど、この男の他には知らん。

思った通り奴はうんざりした顔で、落ちる前髪を鬱陶しそうに払い除けて言った。
「ならばマンボが出ろ」
「寝言は寝てから言いな!ヨンと互角の角力勝負が取れるなんざ、手裏房の中でもあんたくらいしかいないだろうが!」

話はついた。ヒドの言う通り。
「とにかく俺は御免だ」
その声を機に俺も椅子から腰を上げ、向かいの叔母上とマンボと共に並んで腰を下ろしたままのこの方へ眸で訴える。

参りましょう。

しかしこの方は立ち上がった俺を見ても腰を上げない。
どうして良いのか判らぬよう横に並ぶ叔母上とマンボ、そして卓に座す奴らを比べ見るだけだ。

俺が明言を避け続ければ、事態は膠着したままだろう。
如何に王命といえ、金品に釣られて市井の民を負かすような角力大会に出場するつもりはない。
それは武人の道に外れている。相手が同じ二軍六衛の者なら別として。

王様には申し訳ないが、嘘も方便の諺もある。
迂達赤からは入隊したての奴らを出場させれば良かろう。
まして手縛の手練れのチュンソクや戦歴の長いトクマンや、俺とヒドに直々の手解きを受けるテマンを出場させる訳には行かん。

「ヒドが正しい。鍛錬の一環なら未だしも、金や米に釣られる兵は迂達赤にはおらんぞ、叔母上」

しかし叔母上は何を企んだのか、薄く笑うと乾いたその掌を横に腰掛けたままの細い肩へ置く。
この方が突然の肩の重みに、何事かと言うように叔母上へ視線を戻す。

その視線をやり過ごすよう叔母上はマンボと目を見交わし合うと、居並ぶ俺達に向け声を張った。

「もう一つの景品は、この医仙だ」
「・・・はいぃ?!」

その叫び声と共に俺は叔母上を睨みつけ、ヒドは降りかけた石段で足を止め体ごと此方に振り返る。

俄に険悪な雰囲気の立ち篭め始めた東屋。
雨には程遠い夏越月の爽やかな夕風が一陣、燈した油灯の光を揺らして吹き抜けた。

 

 

 

 

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