2016 再開祭 | 気魂合競・廿玖

 

 

「チュンソク隊長とトクマン君は?」
「じき戻ります」

朝早くからの角力。夏の行水の後の気怠い心地良さ。
東屋を吹き抜ける、涼しさを取り戻した乾いた南風。

どの男も濡れたままの髪や衣を風に預け、長い一日の疲れを癒している。
長閑な風の中で聞こえる声に答えると、鳶色の瞳が嬉しげに笑んだ。

「チュンソク隊長は残念だったけど、ヒドさん強かったものね」
「・・・悪かったな」
相変わらず離れた石段に腰掛けていたヒドが、満更でもなさそうに呟いた。

あなたは笑いながら奴の声に頷くと
「悪いことなんてないですよ。勝っても負けても、みんなに大きなケガがなくてよかった」
「ええ」

肩を打ったアン・ジェも、ヒドが倒した托克托の戦士も。
その後この方が騒がぬところを見る限り、打ち身程度で済んだのだろう。
「そういえば、気が付いた?」

あなたは思い出したように瞳を丸くして、嬉し気に俺の眸を覗き込む。
「あのね、トクマン君の最終の取組の時に、ハナさんが大声で応援してた」
「・・・はい」

確かに最後にトクマンが力を振り絞ってチョモを投げたのは、侍女殿の声が理由だろう。
頷きながらもそんな事より、あなたの顔色が気にかかる。
あの会場では一日中、陽射しの眩しさの所為かと思っていた。
紅いのは強い陽に晒されたからか、それとも。

「だから勝てたのかもね、きっと嬉しかったとお」
「失礼」

大会の間はこの方に近寄る事さえ儘ならなかった。
声の途中で堪え切れぬ手が伸び、紅い頬を確かめる。
その熱は行水の後の手が、井戸水で冷えているからなのか。

この懐の手拭いは既に行水で使い、一日の土埃が染み込んで汚れている。
素早く周囲を見回す視線にいち早く気付いたタウンが、無言で懐から清潔な手拭いを取り出す。
そして物も言わずに井戸端へ駆ける。

横のコムは恐らくこの方の異変には気づいておらん。
ただタウンが駆け出したからそのまま己も立ち上がり、タウンが落とした釣瓶紐を代わりに握ると素早く水を汲み上げる。

タウンはコムの汲み上げた井戸水を取り出した手拭いに浸す。
殆ど絞らぬままぐっしょりと冷たい水を含んだそれを俺の処へ運んで来た。
そしてコムは釣瓶の水を手桶に移し、タウンの後から戻って来る。

「あ、え」
この方は口籠りつつ俺とタウンとコム、そしてこの手が握る濡れ手拭いを比べ見る。
応急処置だ。
これだけ風が抜けていれば髪や衣が多少湿ろうと直ぐに乾く。

この方の亜麻色の髪を無造作に片手で上げる。
手を差し込んだ項が熱い。
重く冷たい手拭いを当てると、細い首に幾筋もの水が滴った。

「冷たーい!」

手拭いを当てた途端にあなたは瞳を細め、心地好さげにはしゃいだ声を上げる。
「当然です」
「申し訳ありませんでした、大護軍。私が気付くべきでした」

手拭いを俺に手渡した後この方の様子を見て、タウンが直立不動で深く頭を垂れる。
その横でトギも何か指を動かしている。

誰が悪いのでもない。気付かなかった己が悪い。
そして相変わらずトギの指は読めん。
気付いたテマンが指を訳そうと腰を上げかけるのに首を振り、逆にトギへ尋ね返す。

「典医寺に連れて行った方が良いか」

トギはこの方の顔を改めて確かめるように見つめ、その視線と俺の問いにこの方が驚いたように頭を振る。
当てていた濡れ手拭いから派手に飛沫が飛び散り、支えた項から後れ毛が落ちて来る。

「そんな大げさなもんじゃないわよ、日焼けだってば!ひどければ別だけど、こんな軽いの、冷やしておけばすぐおさまるから」

そんな簡単な事なら、何故一日何もせず放っておいたのだ。
頬がこれ程火照り、項に汗が噴き出すまで。
責めようとしてどうにか声を呑む。
判っている。
延々と俺の取組を待ち、その合間には担ぎ込まれる男らの手当てに走り回っていたからだ。

王様はおっしゃった。

思わぬ拾い物もあるかも知れぬぞ。

確かに托克托の戦士とは会えた。しかしそれだけの事だ。
俺に何の義務があるわけでもなく、関わろうと関わるまいと知った事ではない。
但し万が一にも奴らの誰かが優勝し、この方を持ち去られる訳にはいかん。

そもそもこの祭騒ぎに乗った唯一の理由はこの方だ。
肝心のご本人が火脹れては何の意味もない。
「イムジャ、もう止めましょう」
「今さらそれはないわよ!みんな賞金と賞品を目標に頑張ったのに負けた人に悪いでしょ?!
明日だってきっと見物の人、たくさん集まるのに」

そんな戯言など聞く気にもなれん。
落ちた後れ毛を改めて纏めて上げると、コムの運んだ手桶に浸し、軽く絞った手拭いをその項に当て直す。
「米や金はともかく、あなたは」
「・・・ヨンア」

俺の乱れようにヒドが息を吐き、叔母上が呆れた顔で俺を呼ぶ。
「ウンスにも医仙としての考えがある。たかが日焼けでがたがた騒ぐでない」
「叔母上」
「黙っておれ。そんな愚痴を聞く為に、わざわざ取組後に全員を呼んだ訳ではない」

叔母上の一喝に居合わせた全員の背が伸びる。
その顔を確かめた後、叔母上は気まずそうに空咳払いをした。

 

 

 

 

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2 件のコメント

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    ウンスお肌が白いから
    1日日に当たってたら
    そりゃ ダメだわー
    シミ、ソバカス できちゃうわ
    ヨンも不機嫌になっちゃうわ
    大事なウンスに… ٩(๑`^´๑)۶
    で、 尚宮さま なんです?

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    いやいや、ばかにしてはいけない。
    ひどくなれば、とんでもないことに。
    ここは夫ヨンが正しいですね。
    妻ウンスも、肌を覆うとか、防御しなくては^^;
    なんだか、な~。。。

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