2016 再開祭 | 貴音 ~ 夢・肆

 

 

「来たか!!」

俺の事など、既にその御眼の中に無いらしい。
龍顔は真直ぐ吾子に向き、久しく見た事もない程に嬉し気な笑みを浮かべられる。

「この顔を憶えておるか」
「ちょな」
「おお、憶えておるのか!何と賢い御子だ」

王様への軍議のご報告に参じたというのに。
今の王様には軍議の報告よりも大切なものがおありのようだ。
それが他でもない吾子であるというのは、喜ぶべきか嘆くべきか。

どれ程熱望されようと、吾子を康安殿に入れる訳にはいかん。
回廊の表でテマンと待たせ、一人で再び拝謁を申し出たというのに。

康安殿の王様の御部屋の扉内へ一歩踏み込んだ途端、階上の執務机の前におられた王様の御顔が失望に曇る。
「ご息女はどうした」

南方軍議の内容を聞かれる前に、その御口から出たお言葉。
「は」
「大門の禁軍衛士から連絡を受けておる。そなたの部下とご息女が大門を通ったと。何処に居る」
「・・・外にて待たせております」
「何故共に来ぬ」
「王様」

王様は御机の椅子を音高く立つと、そのまま階を素早く駆け降りる。
「頼まぬ。寡人が直接参る」
「王様」

その横に慌てて内官長が添い、己も逆手を守る。
泡を喰った顔で扉脇の内官が開けた扉から、王様は素早く回廊へ歩を進められる。

「ドチ」
「はい王様!」
「坤成殿へ報せよ。大至急。チェ・ヨンのご息女がいらしたと」
「畏まりました」

内官長が官服を翻し、慣れぬ駆け足で回廊を坤成殿へと駆けて行く。
「一刻でも惜しいものを」
王様は恨みがましくおっしゃいながら、龍袍の裾を靡かせて回廊を足早に抜ける。

回廊の終いのその庭先、開けたままの明るい扉の外に見える人影。
気配に気付いたテマンが顔色を変え、王様へ向け深く頭を下げる。

それに比べ物の道理も判らぬ吾子は、王様にというよりテマンを真似て、共に深く頭を下げてみせる。
「来たか!!」
王様は吾子へ向けて嬉し気に御声を下さる。

「この顔を憶えておるか」
「ちょな」
「おお、憶えておるのか!何と賢い御子だ」

恐らく見慣れぬその龍袍で、この貴い方がどなたか察したのだろう。
機転の利きようは、むしろあの方よりも上かもしれん。

「ああ、暫く見ぬ間に本当に大きくなられたな。お幾つになった」
吾子は小さな掌の親指だけをもう片方の指で折り、四本指を立ててみせる。
「よっつになりました」
「そうかそうか、御歳も確り言えるのか」
「はい、ちょな」
「では参ろう。そなたに会いとうて待ち侘びる方がおられる」
「王様」

吾子にお会いになるならせめて康安殿でお願いしたい。
坤成殿にお出ましになられては、騒ぎが増すばかりだ。
あの叔母上に後で何を言われるか判ったものではない。

お願いを申し出る為にお掛けた声は、王様に見事なまでに黙殺される。

「さて、参ろう」
王様はおっしゃると、躊躇なく吾子へ向けその玉手を差し出された。
吾子は驚いたように動きを止め、惑うように俺を見上げる。

振り払うは無礼、握り返すは不敬。

だから厭なのだ、皇宮という処は。これほど幼い吾子に突き付ける。
選べ、何方がより許される道か。常にその不条理な二者択一の道を。

「・・・土を弄って汚れております」
吾子の掌が微かに黒くなっているのを見、其処に逃げを打つ。
テマンが申し訳なさそうに頷いて
「大護軍を待ってる間に・・・」

そう言って回廊脇の地を目で示す。其処に並んだ小さな泥団子に王様が穏やかに微笑まれる。
「上手に作られたな。では、菓子を食べる前に清めよう」

鷹揚におっしゃると吾子と並び、足取りを合わせるようゆっくりと回廊を進み始める。
こうなっては仕方ない。
王様と吾子の半歩後を護り坤成殿へ向かいつつ、御耳には決して届かぬよう、俺は胸の息を深く吐いた。

 

 

 

 

1 個のコメント

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    ウンスをとなりに 置くよりも
    さらに、いっそう?
    気を使う…
    お疲れさまアゥッΣ(ノд<)
    粗そうがあったら…どころじゃ
    ひやひや
    脇あせ びちょびちょ
    助けてー ウンス!

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