2016 再開祭 | 木香薔薇・卌弐(終)

 

 

「え」
テギョンの願い出に、シウルが真先に声を上げた。
何か言いたげな奴を上げた片手で制し、俺は続いて問い掛ける。
「弓か」
「はい。もし大護軍様にお許し頂ければ」
「何故」

意外な返答だった。縁側とはいえ目の届く処に鬼剣を据えている。
まして此度は目の前に槍を構えた男が二人もいる。
何方かと答えると思い込んでいたとテギョンを見れば、奴は照れたように唇を噛んだ。

「大護軍様の剣術は、私などが習って良いと思えません。勿論、どの武術もですが・・・ただ・・・」
「ただ」
「弓ならば教えて頂いた後、弟にも教えられるかもしれません。
剣や槍では弟の小さな体に見合うものを探すには大変ですが、弓はいろいろな大きさがあります。
頑張れば自分でも拵えてやれるかもしれませんから」
「弟に教えたいのか」
「はい!!」

今日一番迷いなく声を返し、テギョンは深く頷いた。
「自分を、そして大切な者を護れる力を付けてやりたいのです。先日大護軍様が教えて下さったように。
もしも才能があれば、それを伸ばしてやりたいです」
「そうか」
「駄目でしょうか・・・」

テギョンの声が自信なさげに弱くなったところで、俺が何かを言うより早く、シウルが大きな声で答えた。
「何だよ、弓やりたいのか。お前意外と見る目があるな」

そう言ってテギョンの横までやって来ると、シウルはいきなり奴の右腕を掴んで前に伸ばす。
「うん。肩幅もあるし、腕の力も強そうだ。弓は良いぞぉ。何しろ旦那の剣の届かないとこの敵も射れるし」
「あの」

いきなり腕を掴まれて、テギョンが目を白黒させた。
そんな事はお構いなしにシウルは奴の背後へ回り、衣の上からその背筋を確かめるよう力強く掌で触れていく。

「お前、役人になるのか」
「いえ、まだ国子監に入学が決まったばかりで」
「ヨンの旦那を好きだよな」
「はい、勿論です!」
「絶対裏切らないよな。旦那を悪者にしたりしないよな」
「するわけがありません!大護軍様は俺の、いえ、私の恩人です」
「よし!」

声と共に、シウルはテギョンの背を両掌で叩いて言った。
「いいじゃねえか。背中も広いし。いきなり旦那が教えるんじゃお前には贅沢過ぎるから、俺が教えてやるよ。いいだろ旦那」
背後の声に驚いたように、テギョンが肩越しに首を廻しシウルを確かめる。

「あ、あの」
「俺はシウルだ。お前は、テギョン、だよな」
「はい。でも、あの」
「川沿いの酒楼。知ってるか。瓦屋根のでかい店。俺はあそこにこいつと一緒にいるから、これからはそっちに来いよ」
「良いんですか」
「いいよ。お前が旦那と天女にどうこうしないなら」
「しません、絶対に!弟に誓って!!」

選りによって弟か。
それなら絶対に約束を違える事はなかろうと思わず苦笑が浮かぶ。
そんな俺に振り向いたシウルが
「だからさ。時間が空く分、旦那は俺に鍛錬を」
「おいこら、ふざけんじゃねえぞシウラ!!」
言いかけた声に、チホが怒鳴り返す。

「何でてめぇが旦那に鍛錬付けてもらうんだよ!おいテギョン、槍にしろ、槍!!こっちのトクマンと一緒に俺に弟子入りしろ」
「何でだよ、こいつは弓が良いんだよ!弟に合う大きさを見つけやすいって、さっき言ってたじゃねえか!!」
「それなら俺が見繕ってやる!だから槍にしろ、な」
「チホ、シウル、いい加減にしろよ。大護軍が困ってるだろう」
「あの、シウルさん、チホさん、トクマンさんも。俺は」

一体何故、この若い男らはこうも大声で怒鳴りあうんだ。俺の宅の庭先で。
怒鳴り声の合間、絶対に聞き逃す事ない小さな沓音が、径の小砂利を踏みながら跳ねるように近付いて来ているというのに。

「ただいま・・・ぁ?」

タウンと共に庭先へ顔を出した足音の主は、声を張り上げる男四人を不思議そうに眺め、鳶色の瞳で俺を見る。
細い指が其処から男達を指差し、首を傾げた拍子に亜麻色の髪がさらりと揺れて肩から零れた。

仕方なくその瞳に頷き返し、手にした荷を奪おうと大股で寄った処で気付いた男らは、この方でなく俺を見た。
「どこ行くんだよ、旦那!」
「まだ話は終わってないから、ちょっと待ってくれよ!」
「あ、奥方様。お邪魔してます」
「医仙、お帰りなさい」

口々に言いながら団子のように固まって、わらわらと俺達の方へ寄って来る。
先刻の三つだった団子が四つになった。一つ増えただけでこんなに騒々しさが増すとは。

「なぁなぁ旦那、だからさ」
「お前はしつこいんだ、話はついたろ!テギョンは弓をやるんだよな。決めたよな」
「はい、でもシウルさんに迷惑じゃ」
「そんな事ないぞ!全然そんな事ない」

押し合いへし合い、目の前で醜態を晒す男らの姿。
目を丸くしたままで黙っていたこの方はタウンと視線を交わし、耐えきれなくなったように噴き出した。

「テギョンさん、捻挫は?もう良いの?」
「はい、すっかり。本当にありがとうございました」
「キム先生から聞いた。弟さんが勉強を頑張るって」
「ええ。俺はシウルさんに弓を教えて頂けそうです。弟の為にも頑張りたいです」
「うん。頑張ってね。何かあったらこの人もいてくれるから」
「はい!ありがとうございます!」

この方とテギョンが言葉を交わせば、シウルとチホは気を悪くすると思っていた。
しかし奴らは予想よりずっと穏やかな顔で、その二人をじっと見ている。
この方がテギョンにどう接するのか確かめるように。

「弓でも何でも教えるから、天女からも言ってくれよ、旦那に」
「言ってって・・・何を?」
「俺達をもっと強くしろって」

いきなりそう言われ、事の仔細の判らぬこの方が俺を見上げた。
まずはこの方の下げている包を取り上げて、俺は無言で縁側へと戻り始める。

「あ、ヨンア?」
「旦那、ちょっと待てって」
「大護軍様」
「大護軍!」

テギョン一人で済めばと思ったが、この分ではシウルの鍛錬も。
だがシウル一人に鍛錬を付ければ煩く吼える男がいるから、そのチホの鍛錬も。
何にでも首を突っ込みたがる天人の節介癖を直さぬ限り、静かな日々は訪れそうもない。

トクマンが俺の先を知った気配はない。知れば奴の事だ。
テマンもチュンソクも全員引き連れて押し掛けるに違いない。
まさか手裏房は迂達赤にも言わず、あの方の関わった患者全員を探り出し接触するつもりなのだろうか。
あの方が僅かでも不自然な振舞いをすれば、その男を徹底的に調べるのだろうか。

背後から付いて来る団子を振り返りもせず、俺は包を抱え縁側の沓脱石の上で乱暴に沓を脱ぎ捨て、包を置く為に厨へ進む。
どうせ節介焼きのこの方は、この煩い団子の為にやれ茶だ菓子だとあれこれ騒ぐに違いない。
そしてこの方の引張りこんだ一途な男が、また一人増えた。

この方を好きで、しかし命より大切な弟に誓って、決してこの方に邪な思いを抱く事はないと断言した男が。
そしてこの方よりも俺の方が好きだと、堂々と言ってのけた男が。

柵から自由になって、新しい場所で新しい朋に囲まれ、飛ぶのを覚えるのも良かろう。
そして弟も解き放ってやりたいならば呼べば良い。
少なくとも開京に来れば、弓と勉学の師には事欠かぬようだ。

それでもこんな騒ぎに巻き込まれ、俺も多少は臍を曲げている。
テギョンの件は杞憂だったとはいえ、あなたの誠意を明かす為に手裏房に大きな知財を渡す事になった。
「タウン、茶をくれ」

敢えてこの方には頼まず言った俺に、タウンが何もかもを承知している様子で
「はい、大護軍」
そう頷き、俺に続いて厨へ入って来る。
男達と共に其処へ取り残された格好のこの方は
「何でタウンさんに頼むの?私は?!」

今までの誰よりも大きな声で叫ぶと、俺達を追って慌てて沓を脱ぎ、大きな音で厨へ駆けて来た。

 

 

【 2016 再開祭 | 木香薔薇 ~ Fin ~ 】

 

 

 

 

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