2016 再開祭 | 気魂合競・拾柒

 

 

「・・・て、大護軍」
目前の男は目を丸くして呟いたきり黙り込む。

眸を移せば人垣の中、タウンと叔母上に左右を守られたあの方と横のトギが無言で立ち尽くしている。
その左右を守る二人も、何と声を掛ければ良いか判らぬのだろう。
四人は黙ったまま、人垣の輪の中央に立つ俺達を凝視している。

それは人垣の見物人らが上げる大きな歓声とは正反対だった。
「大護軍様だ!!」
「大護軍!」
「大護軍さま!」
「勝って下さい、大護軍様!」

委細を知らぬ見物人らは、初めて取組に現れた俺に大声で叫ぶ。
その中にテマンへの声援は聞こえない。
「始めろ」

人垣の興奮と俺の声に異様な空気を感じたか、審判の男は慌てた様子で
「は、始め!」
と、促されるままに声を上げる。

その声に弾かれたように、相手のテマンが反射的に腰を落とす。
素早い男の武器は足。
落とした時には既にその懐まで入った俺は奴の両足の間を己の爪先で割り込み、そのまま利き足だけを払う。
崩れたところで割り込んでいた爪先を足首に掛け、その体を地へと組み伏せる。
組み伏せる時には奴の上衣の襟を掴み、衝撃で背を痛めぬように。

しかし却ってそれが襟首を掴み上げたように見えたのだろう。
あの方が息を呑む小さな鋭い音が、この耳にはっきり聞こえる。

「決まり!」

見物の人垣からは余りに呆気なく見えたのだろう。
瞬く間に決まった勝敗に、再び大歓声が沸く。

奴らの目にはあまりにも呆気ない勝負に見えたろう。
しかしその中の誰一人、テマンのように腰を落とす暇などない。
人並み外れて素早い男だから、俺の本気の攻め前に辛うじて構えを取れた。

奴は地から跳ね起きると少し悔しそうに、それでも俺に向け深く頭を下げる。
本気で組合った俺への礼か、これ以上取組を続けられぬ詫びか。
俺達は並んで、人垣の最前列の四人の女人の前まで進む。

「ヨンア」

トギの前だからか、それともご自身が賞品だからか。
それ以上何も言わぬ鳶色の瞳が三日月の形に緩むのを確かめる。

この後も当たる奴らは見知った顔ばかりだろう。
その全員を倒す事になる。今から悩む暇はない。
初戦のテマンは始まりに過ぎぬ。俺は三日月の瞳に無言で頷いた。

 

*****

 

「決まり!」

審判の声に、地面に背をついて目と鼻の先にある相手の顔を見る。
背丈や体つきからすれば、俺の方が勝っている。
相手は中肉中背で、特別どこか目を引くところもなかった。

見たからに筋骨隆々でもなければ、三十貫を超えるような巨躯でもない。
ヨンさんのように背が高いわけでもなく、武術の名手だとも思えない。

見た事もないような、不思議な衣を身に着けていた。
獣の皮で拵えたペジャのような胴衣、同じ獣の皮で仕立てた長履。

そんな相手にまっすぐ向かって、まずその襟を取ろうとした。
相手の足が自分の内股ヘ入って来たと同時に、その腕が首に巻きついた。

そのまま俺の重みと向かった勢いを使って、相手は肩越しに俺を放り投げた。

俺の背中が先に地面につき、その上に首に腕を巻いたまま相手が体ごと落ちてきた。
相手は俺の背が完全に地に着いて、ようやく俺の上から退いた。

俺よりもずっと小さな体の相手の勝ちに、取り囲んだ人の輪から驚いたような溜息と大きな歓声が上がる。

俺は地面から起き上がり、そのまま人の輪の中にあいつを探す。
あいつは黒い眼を見開いて、そこで俺を待っていた。
俺が戻ると
「コム。酒楼に戻りましょう」

タウンは懐から手拭いを出すと、この顔に付いた土埃を拭った後に
「首は回る?背が痛くない?」
まるでウンス様がいつもヨンさんを確かめるように、そう言って俺の様子を確かめる。
「大丈夫だが、あんな技は初めてだ」

その問いに首を振って人の輪を抜ける俺の横。
タウンはもう一度今抜け出たばかりの人の輪の真中の、特別何ということのない男を振り返った。

 

*****

 

「ウンスさま」
コムさんと並んで戻って来たタウンさんが私を呼ぶ声。

あなたと一緒に並んで庭の隅っこの石に腰かけた私が、そこから飛び降りて何かを尋ねる前に、まず先にあなたが言った。
「どんな相手だ」
コムさんもタウンさんも、勝ったとも負けたとも何も言ってないのに。
それでも2人は当然って顔で、あなたに向かって頭を下げた。

「中肉中背で、獣皮の胴衣と長履。見た事のない者です」
タウンさんがそう言って、コムさんが同意するように頷いた。
「コムの首に腕を巻きつけたまま技を決めて、勢いで上に被さって落ちたので・・・念の為ウンスさまに診て頂ければと」
「巻きつけたまま、技を決めたって・・・」

状況が分からず首を捻ると、途端にあなたの表情が険しくなった。
「吐き気は」
「大丈夫です、ないです」
「頭は打ったか」
「いえ、打っていません」
「手足に痺れは」
「ありません」
「腰に痛みは」
「ないです」
「屈めるか」

あなたの声にコムさんはその場で素直に2、3度スクワットをしてみせる。
「イムジャ、診て下さい。背と腰、首を中心に」
「うん・・・分かった」
何が起きてるのか分からないけど、あなたの顔と声から判断する限り、少なくとも嬉しい状況ではないみたい。

「敵は取る」

あなたはコムさんにそれだけ言うと、酒楼の東屋の叔母様の方に1人でずんずん歩いて行った。
「じゃあコムさん、ちょっと脈診させてもらってもいい?離れを使っていいって言われてるから、こっちで」

何が起きてるか分からない以上、問診も兼ねて私が出来ることをしないと。
取り残された格好の私たち3人は、離れに向けてあなたと逆方向に庭を歩いた。

 

 

 

 

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