2016 再開祭 | 天界顛末記・捌

 

 

「この上よ」
縦に高い家の外の階を昇り、叔母殿は夜気の中に白い息を吐く。
「はーい、到着」

掌で示された先に見えた、夜に広がる景色に目を奪われる。
天界の夜空が黒くない訳が判った。
地上からあれ程たくさんの灯で照らされているからなのだと。

高麗であれば夜空に撒いたような星が、此処では地で瞬いている。
大小の、そして色取り取りの光の散りばめられた果てなく続く夜景を眺め、副隊長と二人息を呑む。

「おーい、ビンさん?チュンソクさん、聞いてる?」
鼻先で手を振られ掛けられた声に我に返り、叔母殿に頭を下げる。
「失礼しました、余りに美しい景色で」
「そうなの?」
「・・・はい」

私の声に副隊長もようやく頷かれる。 叔母殿は気にせぬように
「そうかあ。2人のお国には、ああいう景色はないの?」
「ありません」
「まさかと思うけど、北って事はないわよね?」
「北とは・・・」

東西南北の北の事だろうか。
そう言われてみれば開京は此処から南方なのか、北方なのか。
首を傾げた私達に寧ろ安堵したかのように叔母殿は微笑んだ。
「そうよね。違うわよね、2人とも訛りもないし」

そう言って肩から掛けていた小さな袋から冷たい音を響かせ、小さな銀の錠前を取り出した。
「じゃあ、ついて来て?」
叔母殿はその先の扉へと真直ぐ進み、錠前を使って扉を開ける。
副隊長と二人顔を見合わせると、私達の背を押すように明るい声が掛かる。
「行きましょう。こんな所に立ってたら風邪ひいちゃいますよ?」

肩越しに振り向くと、私の目線の随分下からソナ殿が笑いながら此方を見上げている。
ああ、医仙より随分背がお小さいのだ。今になってやっと気付く。
そして笑い方も、その髪の色も、話し方も全く違う。

天界の方は皆高麗にいらした当初のあの方のようだと思っていた。
明るく騒がしく歯に衣着せず、無遠慮で勝気で騒動に首を突込む。

ソナ殿はどうやらそうではないらしい。
良かった。天界の方々が皆あの方のようでは気の休まる間も無い。

その明るい笑顔に押されるよう私と副隊長は一足先に扉を開けた叔母上に続き、開け放ったままの扉から中へ入った。

 

先刻の市で買ったばかりの沓は、まだ足に馴染まず脱ぎにくい。
それでもようやくそれらを脱ぐと、一段高くなった床へ上がる。

オンドルは天界にもあるのだろうか。
足裏に伝わる懐かしい温みにそのまま部屋の中へ進む。

部屋の中央で叔母殿は腰に手を当て、主らしく部屋中を見渡した。
「狭くてごめんねー、でも一週間なら大丈夫でしょ?ホテルにお金使うより、こっちの方がずっと良いわよ。
狭いけど台所もあるから、自炊してお金も節約できるしね」

狭いとおっしゃる叔母殿の言葉に首を捻る。
確かに広くはないものの、高麗の民の住いとは比べ物にならぬ程に整頓された清潔な室内。
「過分な場所です。此処までして頂く訳には」
「ああ、良いんだってば!ソナがそうしたいって言うんだから」

叔母殿の声に、後から副隊長と並んで入って来たソナ殿が笑って頷く。
「そうですよお兄さん、遠慮しないで」
「ね?ほら」
「しかし、お住まいの方は」
「・・・え?」
「先にお住いの方が、居られるのでは」

まずい事を言ったかもしれない。
私の一言にソナ殿の笑顔が凍りつくのを確かめても後の祭り。
先刻も。この衣の山を買った店の女人の前で、ソナ殿は今と同じ顔をした。

また離れ離れなの? あの時女人はそう言った。

けれど部屋に踏み入った時の空気。
長く空き家になった破屋とは程遠い。部屋の中に人の息吹を感じた。

寝台の上の枕や上掛けの新しさ。
壁に張られた素晴らしく晴れ渡る何処かの青い空と、明るい海の絵。
そして部屋隅の卓上に置かれた、明るく笑う一人の男性の描かれた掌ほどの小振りな絵。

「・・・ねえねえ、荷物重くなぁい?!」

出し抜けに響いた叔母殿の声に、私と副隊長が顔を上げる。
重い空気を変えようとされているのは判る。
その声に頷くと叔母殿は部屋隅の小さな箪笥を指し
「あのタンス使ってね。ジャケットとかはハンガーに」

箪笥上に渡された衣架のような棒と、そこに掛けられた不思議な形の衣掛を続いて示す。
「は、はい」
副隊長は頷くと急いで横のソナ殿に小さく一礼し、腕に下げた袋をその一角へ運ぶ。

深い闇に沈んでいた隊長と七年の間、共にいらしただけの事はある。
時薬の効能をよくご存知なのだ。
知り合って数刻の私達が踏み入って良い領域ではないという事も。
私も同じく一礼し、腕に下げた袋ごと箪笥前へと歩く。

「あ、手伝います!」
袋から次々と取り出された衣の山に、ソナ殿が私達へと駆け寄る。
「ねえ、ビンさん、チュンソクさん」
そんなソナ殿を確かめながら叔母殿が声を掛ける。

顔を上げると彼女はその指で盃を傾ける仕草をし、此方へ向けて笑って見せた。

「一杯やろうか」

 

 

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1 個のコメント

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    ウンスのコピーみたいな 人ばかりじゃ
    さすがにね(๑⊙ლ⊙)
    相手できるのは テジャンだけ フフフ…
    ソナが 親切で 気が回る娘で よかったねー
    至れり尽くせり。
    (๑´ლ`๑)フフ♡

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