2016再開祭 | 桃李成蹊・番外 ~ 慶煕 2017・10

 

 

目を開けたくない。
目を開ければ、きっとそこにさっきまでいたあの人はいない。

不思議な男。高麗時代から来たって言った、あのチェ・ヨン将軍。
俺とそっくりな、まるで分身か双子みたいなあの人。

二度と会わん。

あの人が言うならきっとそうだ。 俺達は二度と会えない。
前回の嵐の中みたいな別れとは違う。

あの時俺は言ったよね。花火を見てない、飯も一緒に食ってない。
そんな風に、ガキみたいな事を言ったから心配させちゃったのか。
だからあなたは、大切なウンスさんを少しの間置いて来てくれたのか。
こんな風に教えるのも最後だから、言おうと思ってくれたのか。

ヨンさん。俺、行かなきゃいけない。
今のこの国際情勢で、そして国内情勢で、大切な人達を残して。

ドキュメンタリーを撮影したんだ。
見渡す限りの草原で、海の見える崖っぷちで。
国境のすぐ真横、非武装地帯DMZ。

初めて撮影に参加した時、俺はまだあなたに会う前だった。
そして今その光景を思い出すたび、俺の頭の中にあなたがよぎる。
あなたがいた高麗。その首都、開京は非武装地帯からすぐ近くだ。

今は工業団地になったあの開京、何百年も前のあなたは何を思ってその光景を見たんだろう。
俺の立ったDMZにも、もしかしたら来た事があるのかもしれない。
何しろヨンさんは高麗時代に済州に来た倭寇を退治したらしいから。
開京のすぐ横のあのあたりなら、行った事があるのかもしれない。

俺より少し色の濃いあの黒い静かな目には何が映ってたんだろう。
俺には見えない景色。けど横にきっと明るい笑顔があったはずだ。

揺れる草原の草の影、耳が痛くなる程の海鳥の声を背景に。
あなたが何より大切にする、太陽みたいなウンスさんの笑顔が。
ヨンアって、あの明るい優しい声であなたを呼びながら。

なんだか不思議とその光景が、鮮やかに目に浮かぶ。
あなたの黒い髪と、ウンスさんのブラウンの髪が同じ風に吹かれる。
あなたは俺に絶対見せる事のない笑顔、優しく穏やかな瞳でウンスさんを見詰めているだろう。

それは数百年の時を経て、涙が出るくらい綺麗な光景に思える。

正直に言ったら、あなたにはまた怒られるかもしれない。
でも俺は、大切な人をそんな目で見守れる男になりたい。
やっぱり俺はどこかで、あなたみたいに生きたいと思う。
「ミンホ君、大丈夫?消せって言われたから」

舞台の上、立ち尽す俺に向けて声が掛かる。
その声に答えようと、覚悟を決めて目を開ける。

舞台の上はさっきの暗転のまま。
館内の客席や袖に下りた緞帳の影に、非常灯の緑の避難ライトがぼんやり浮かんでいる。
そこから手に懐中電灯を握ったスタッフさんが俺に近付きながら
「さっきの人は?ミンホ君と一緒にいた・・・」
そう言って懐中電灯の頼りない小さな光で広いでステージを照らす。

やっぱりな。あの人らしい消え方だ。
でもきっと大丈夫。あの人は絶対に、愛している人の元へ帰る。
迷いなくまっすぐに、どこにも寄り道せずに必ず帰れるはずだ。
「・・・帰りました。お騒がせしました」
「そうだったんだ。ミンホ君のスマホは?見つかった?」

そうだ、スマホ失くしたって言い訳したんだった。
最初からパーカのポケットに入ってたスマホを取り出すと、俺はそれを掲げて見せた。
「はい。ありました」
「ああ、良かった。失くしたら大騒ぎになるところだった」
「ご心配おかけしました」
「大丈夫大丈夫、今日はゆっくり休んでね。お疲れさまでした」
「はい。お疲れさまでした」

マネージャーが車で首を長くして待ってる。行かなきゃいけない。
入隊まであともう少し。そのD-dayまで足を止める事は出来ない。
入隊したら考えよう。ゆっくり考える時間はあるだろうから。
支えてくれる人たち1人1人に、どうしたら恩返しが出来るのか。

でもその前に、今までの俺自身を振り返る時間が欲しい。
みんなが知ってると思ってる俺じゃなく、人間としての俺。
友達に会って、酒を呑んで、一緒に出歩く自由を取り戻したい。
みんなの理想としての俺じゃなく、人目を気にしない俺自身を。

もしそれが理由で忘れられるなら、その時はその時だ。
その為に自分自身や一度しかない人生を棒に振る事は出来ない。
そして長い2年が終わった時、心から思えたら。これから兵役に就く後輩に教えてあげられたら。

ああ、思った以上に短かったよ。そう言ってみたい。

ステージを降りる瞬間、袖から振り返るのは暗い客席。さっきまでそこに並んでた笑顔を思い出す。
俺自身を取り戻した後も、もしも待っててくれるなら。

きっと戻るよ。誓った通りに。待っててくれたみんなの前に。それが俺に約束できる、たった1つの事だから。
破ったりしない。あの人が最後に教えてくれた通り。みんなが望んでくれる限り、みんなに会いに戻って来る。

ヨンさん、二度とあなたに会えなくても淋しいとは思わない。
あなたは高麗で、そして俺はここで自分に出来るベストを尽くす。
いつかまた会えた時に、少し褒めてもらえるようになりたい。

頑張ったなって、不器用で照れくさそうな笑顔が見られるように。

最後に小さく客席に手を振って、背を向けて歩き出す。
まだ時間は残ってる。もう少し、最後の瞬間まで。その瞬間まで自分に出来る、最高の仕事がしたい。
きっと俺の知ってるあの人は、最後の最後まで絶対に諦めないから。

 

 

 

 

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4 件のコメント

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    さらんさん、ありがとう。
    今日…という日に合わせ、ヨンのミンホの心を知らせてくれて。
    ネットには、もう上がっているミンホの姿。
    2年間の任務をつつがなくこなし、また、わたしたちの前に戻ってきてくれることを、さらんさんのお話で確認できたような気がします。
    ミンホに、自分の役割を教え、確認させてくれたのはヨンです。
    ヨンも、高麗のウンスの元に帰れたかな。
    次のお話、待ってます。
    きっと、夜…
    現実プラス描く世界…だけれど、心に残るお話です。
    あと、何話?

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    不安ですよね
    二年先のことなんて 誰にもわからないし
    約束だってね…
    でもさ 誰に言われるよりも
    ヨンからの言葉なら 素直に耳に入ったかしら?
    がんばれー ミンホ
    もしまた、ヨンに会えたなら
    頑張ったよって 言えるように
    いってらっしゃいー また会いましょう!

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    ミノ氏、初出勤は区役所大騒動でしたね。
    ホントの自分探しの旅に出たミノの、二年後のその日は案外アッと言う間なのでしょうか。
    再び画面で、スクリーンで、誌面で会えた時、自分を取り戻したミノが何をどう魅せてくれるのか今から楽しみです。
    さらんさん。いつもいつも、涙が出るほど切ない作品ありがとう。そして、戻ってきてくれてありがとう。
    楽しみにしています。いつも。これからも。ずっと。

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    今日、とうとう入隊したのですね。
    私は、正直に言うとミノシーより
    チェ・ヨンが大好きで、だからか
    それ程の悲壮感がなく見送ることが
    出来た感じです。
    2年、今からは長く感じるかも知れませんが
    過ぎてしまうと、あっと言う間・・・。
    2年間、芸能活動は出来ませんが
    私はシンイの二次小説の世界に
    今までの様に浸っていたいと思います。
    ミノシーが大好きな皆さんだと、さぞ
    寂しいですヨネ!?
    元気な姿で又、私たちの前に素晴らしい
    演技でいい仕事を再開されることを
    待っていたいと思います。
    今夜も又、さらん様のお話に心を
    持っていかれました。
    有難うございました<m(__)m>

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