2016 再開祭 | 棣棠・拾弐

 

 

大護軍が顔を強張らせ、西京軍の兵舎の大門をくぐって来る。
門の左右に焚かれた篝火の光に、その表情がぼんやり浮かび上がる。
帰って来てくれたと、胸を撫で下ろす。
同時にまだ身を隠す若葉も碌に茂っていない大きな木の上から、テマンが幹を伝ってすごい速さで下りて来た。

耳も良いし、目も勘も良い人だ。
いくら篝火の影、暗闇の中に隠れているからとは云え、勘付かれないとも限らない。
テマンも同じなんだろう。大槍を構えて待っていた俺に向かって、何も言わずに大護軍を指差して見せる。
無言でその指先に頷くと、奴は心から安心したように大きな溜息を吐いて、やっと少しだけ白い歯を見せた。

元を正せば言い出したのは俺だ。余計な人を市中で見つけたのも、後を追ったのも。
まして隊長に何かあったら槍で刺せとまで言わせてしまった、その責任は俺にある。

だから今日は鍛錬終わりから、出来る限り隊長と顔を合わせずに出掛ける大護軍を止めたかった。
思った通り俺の言葉なんかじゃ止まってくれはしなかったけど、こうして帰って来てくれただけで。

帰って来てくれた大護軍の姿を確かめると同時に、安心の汗が額からどっと噴き出す。
膝が砕けそうになって、思わず大切なトルベの忘れ形見の大槍でふらつく体を支える。

門から真直ぐに真暗な西京軍の前庭を歩き、兵舎に向かっているはずの大護軍が
「ついて来い」

俺達が身を潜めていた暗闇の中、振り返りもせず一言だけ言った。
俺達は暗闇の中で無言で目を見交わし合うと、その背を追い駆け急ぎ足で従いて行った。

 

*****

 

兵舎の扉が開く度、広間で腰を上げ、入って来る顔を確かめていた。
宵の口の大護軍の外出の後、幾度そうして確かめたか知れん。

西京兵舎に鳴り響く法螺の音。
亥の刻を報せる音が鳴って半刻もした頃に、ようやく一晩中待ち続けていた顔が覗く。

仏頂面のその顔を確かめ、安堵の余り腰が抜けそうになる。
戻って頂けただけで良い。今宵は無駄な事を尋ねるのは止めよう。
握っていた拳を開き、じっとりと滲んでいた汗を上衣の膝で拭いた途端。

 

苦虫を噛んだような面で入って来た大護軍は待っていた俺を見つけると同時に呆れたような息を吐き、俺の前を横切りながら
「来い」
とだけ、ぶっきら棒な調子で唸る。

それだけならまだしも大護軍の大きな背の後ろ、身を縮めるようにして従う二つの影。
その内の一つ散々探し回ったがあの男だと知り、思わず頭に血が上る。
「トクマニ、お前!」
「隊長、隊長、今はひとまず大護軍に従いて行かないと」

散々探したのだ。
大護軍が戻って来て下さったから良いようなものの、その気配がなければ昨夜の手筈通り、奴に腹を刺させようと。
俺の苦労と覚悟を一体どうしてくれるんだと、腹も立とうというものだ。

それでも如才ないトクマンの言い分にも一理ある。
今はひとまず大護軍に従いて行こうと、俺は二人と共に大護軍の割り当てられた仮の私室へ続く廊下を急いだ。

 

*****

 

「座れ」
部屋の扉を開け、大護軍は低い声で言った。

怒ってる、のかな。声だけ聞いたら。
俺達は頭を下げて順番に部屋に入ると、もう大護軍が座ってる部屋の大きな卓の向かいに腰を下ろす。
「心配掛けたな」

いきなり怒鳴るかと思った大護軍は、俺達が座ったのを見て言った。
俺達がそれぞれ頭を振って、それだけじゃ足りないと思ったのか、最後に隊長が代表するみたいに
「いえ」
と返す。
「別人だった」

大護軍の気が抜けたような声に、俺達はもう一度それぞれ頷いた。
誰も何も言えない。
誰より大護軍が悲しいだろうと思って心配で顔を確かめると、大護軍は俺が思ったよりずっと晴れた目をしてる。
「ところでチュンソク」

せっかくの晴れた目は、すぐに色を変える。
大護軍は隊長を正面から睨みつけると、低い声で隊長を呼んだ。
「何を企んだ」
「・・・は?」
急にそう言われ、隊長の声が裏返る。

「俺を止めようと、何を企んだ」
「申し訳ありません。昨夜北方の様子を確かめる為、鳩舎から鳩で飛文を」
「違う」

大護軍は何かに勘づいた。そんな顔で自信ありげに首を振る。
「それは確認だろう。そうではない」
「大護軍・・・あの」

隊長は困り切ったように眉を下げ、何故か声をつまらせる。
どうしたんだ。横のトクマンをちらっと見ると、奴も石みたいに固まったままの姿勢でうつむいてる。

「俺が兵舎を出る時、誰を探した」
「大護軍・・・あの、それは」
「答え難いか」

大護軍が怒ってるのは分かる。隊長が困ってるのも。
俺は昨日、あの妓楼を飛び出るなり兵舎に駆け戻った。
その場に残ったのは、隊長とトクマン。
あの後二人だけで、何かを話したって事なのか。それで大護軍は怒ってるのか。

「トクマニ」
「はっ、はい大護軍!」
いきなり変わった大護軍の矛先に、こいつも緊張した声を上げる。
「お前、何故外で待っていた」
「はい?」
「何故広間でなく、外に居た」
「それは・・・それはですね、大護軍」
「お前一人で止められると思ったか」
「・・・いえ、思いません。無理だと知ってます」

大護軍の問いに、トクマンは正直に言った。その答えに大護軍の顔はなおさら険しくなっていく。
「ならば何故チュンソクと共に居なかった。止めるなら二人の方が易かろう」
「あの、それは大護軍・・・」

怒りの頂上は、そろそろ近いみたいだ。
どっちもはっきりと答を返さないトクマンと隊長をうんざりしたみたいに交互に見ると
「俺を止める為に、怪我でも負わせろと頼まれたか」

大護軍はずばりと切り出した。

 

 

 

 

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3 件のコメント

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    バレバレですね
    トクマンも かわいそうよね
    上司達は 無理難題を…
    大護軍を止めろとか
    隊長を刺せ とか
    できないよー(泣)
    でも そんなことしないで済んで
    よかった よかった。

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    ヨン、お帰りなさい。
    チュンソクやトクマンも、彼らなりにヨンを心配してくれた結果だから…許してあげてくださいね。
    別人だった…
    そう伝えるのは辛いですよね。
    でも、彼女のお陰で、昔の女 ウンス を待つ気力が沸いてきたはず。
    あの後…他にも話したのかな?

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    お早う御座います。まさかウンス会いたさに妓楼に、通うとか?そのウンス似の、人に、心奪われたのかな ?ウンスは、ヨンの目の前に現れるのか?もう一度会いたいと妓楼に行くとか無いだろうか?

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