2016 再開祭 | 木香薔薇・序篇

 

 

【 木香薔薇 】

 

 

「気持ち良いなぁ!」

陽射しは温かい。空は青く、白い千切れ雲が霞んで見える。春皐月の一番良い頃だ。
町を行く民の姿、店に並ぶ品物、その大路の奥の奥に覗く皇庭の屋根の列。
立ち並ぶ立派な家の垣根には白く見事な木香薔薇が咲き誇り、春の風に揺れていた。

国子監への入学が決まり西京から上京したばかりの目には、全てが物珍しくて心が躍る。
何処を見て良いかすら判らず目移りばかりの俺に、伴のソンヨプが小声で制止をかける。

「若様、おやめ下さい」

サンヨプを見ると、こんなうららかな陽気の日に何故か額に薄らと汗を浮かばせている。
「暑いのか。まだ汗をかくには早いだろう」
「そうじゃありませんよ・・・」
きょとんと首を傾げた俺に、ソンヨプは汗をかきかき周囲を目で示す。

「若様も西京に戻れば、立派な東班玉家の跡取りですよ。もう少しどっしり構えて下さい」
「誰も見たりしないよ」
「若様ぁ」
ソンヨプの情けない声に眉を顰めると、奴は未練たらしく文句を捏ねる。

「ただでさえ良い男なんですから。人目を引きますよ」
「普通だろう」

俺の声にソンヨプはまだぶつぶつと口の中で何か言っている。
それは、俺の耳にはこう聞こえた。本当は自信があるくせに。

「何か言ったか」
「いえ、何でも」
慌てて首を振ると、ソンヨプは情けない目で俺を見る。
「今からでも遅くないですよ。科挙に受かったからって慣れない国子監に通うより、西京に戻って蔭叙を授かっては。
旦那様だって、その方が喜ばれますよ」
「もう何度も言ったろ。繰り返すなよ。答は変わらないんだから」

祖父上の功績。父上の名声。地元では一、二を争う高名な貴族の我が家。
何をするにも人目があるし、皆が我が家の人間の顔を知っている。
父上や母上たちだけではない。俺の顔も、弟の顔も、使用人たちの顔ですら知れ渡っている。

そんな人目から離れたいから、わざわざ難関である科挙を製述業、明経業共に受けたんだ。
蔭叙の恩恵に与れば、所詮務められるのは西京監営になる。
周囲は皆遠慮するだろうし、結局家にいるのと変わらない。

知りたかったんだ。玉家の跡取りじゃなく、自分が出来る事を。自分の力や能力を。
何をしても誉めちぎり、見え透いた世辞を使う奴らから離れて。
だけど子供の頃から供するソンヨプにとって、俺は勝手に住み慣れた家から飛び出した我儘な放蕩息子としか見えないんだろう。
国子監への入学を許されてから家を出るまで、幾度となく延々と同じ繰り言を聞かされた。そして今日も。

「若様がそんな悠長にしていては、あの女の息子に」
「ソンヨプ!!」
過ぎた口に大声で怒鳴ると、ソンヨプはようやく口を閉じた。

「何度言えば判るんだ。あの女の息子ではなく弟だ。スンジュンと名で呼べ」
「・・・済みません」
その口調は、それでもまだ不満気な響きだったけれど。
「判ってくれれば良いよ」
ソンヨプだけじゃない。ただ俺の側にいるから叱られるだけで、皆が同じ陰口を叩いているのを知っている。

だから厭なんだ。西京では誰も彼もが我が家の事情を知っている。知っていて表面では口を閉じている。
この目の届かないところでは、散々噂の種にしているくせに。
開京は良い。
俺はただの一人の若造で、これから通う国子監には我が家の内情を知る者などいないだろう。
こうして城下一の大通りに立っても誰も注意を払わないし、頭を下げる者も振り返る者もいない。

「あーあ、それにしても気持ち良いな!」

ソンヨプの前でわざと言ってみる。怒ってないと知らせる為に。
そして自由だぞと叫びたい気持ちで、思いっきり両腕を青い空に突き上げ、大きく伸びをした瞬間に。

無防備な背中から力任せに突き飛ばされて、俺は両腕を伸ばした格好で足許をぐらつかせた。

「ああ、ご、ごめんなさい!」

危うく往来で地に膝を着きそうになった俺を横のソンヨプが支え、最悪のみっともない姿を晒すのだけは避けられた。
突き飛ばされた当人じゃなく奴の方がいきり立って、後ろからの高い声に振り返り
「若様になんて無礼を!!」

額に青筋を立てて怒鳴ろうとするのを腕で止め、どうにかその影から引き離す。
「止めろってば!」
「本当にごめんなさい」

光を背負って繰り返す逆光の中の顔は見えない。ただ白く長い衣を纏った女人だという事だけは判ったから。
女人と幼子のした事だけは、責めてはいけない。力でも、それに声の大きさでも、男が勝つに決まっている。

一つに纏めた長い髪が、春の風に揺れている。
そして開京で初めて聞く、俺に向けられた配慮の声。
その影の横には崩れた体勢からは天を突くような、見上げる程の大きな影が並んでいる。
並んだ影も同じように高いところにある頭を下げ
「申し訳ありません」
と詫びた後に、小さな影に顔を向けた。
「医仙、お怪我は」
「ううん、大丈夫」
高い声はそう言いながら、中腰の俺の足許へしゃがみ込んだ。
「転んでないですか?どこか捻ったり?」

目の前にしゃがみ込んだ女人の薄茶の瞳に見上げられた瞬間。
俺の心の臓は一度大きく飛び跳ね、そして胸の壁にぶつかった後、どん、どん、と強く打ち始めた。

 

 

 

 

都にやって来たばかりの若様がトクマンと歩いていたウンスに一目惚れ。
トクマンにあの手この手と仕掛けて、トクマンに災難が。でも後ろには鬼より怖い
チェヨンが控えててってお話(Qさま)

 

 

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2 件のコメント

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    若様
    ウンスに一目惚れ❤
    男前で性格もよさそうだし!
    トクマン君
    ウンスを守らないと
    ヨンの手荒い訓練が待ってるよ(^^;

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