2016再開祭 | Advent Calendar・7

 

 

ベランダの扉を閉じてリビングへ戻り、念の為に残りの荷物も確かめたが、発見機が反応する事は二度となかった。
全ての荷物を確認した後にようやくクォン・ユジに頷くと、俺は床へ視線を落としてから小さく頭を下げた。
「申し訳ありません」
「・・・はい?」
「冬用のコートが一着、ダメになりました」

縫い目から床に落ちた羽毛が、雪のようにふわふわ舞っている。
俺の謝罪に彼女も床へと目を遣ると、突然声を立て笑い始めた。
「どうしました」
笑い声の意味が判らず尋ねると、どうにか首を振った彼女は頬を両手で抑えた。

「どうして謝るんですか、テウさん。助けてくれたのに。威張って下さい、俺が見つけてやったんだぞって。そうでないと」
そこまで言って彼女は次にいきなり、ポロポロと涙を零し始めた。頬を押さえた両手の甲に、その涙が伝い落ちていく。
忙しい人だ。さっきまで笑って、今度は泣いて。

理解は出来る。無理もないと思う。感情的にも、状況的にも。
どれ程強靭な精神力の持ち主だとしても、それはあくまでも女性の平均値と比較しての事。
特殊な訓練を受けている訳でない以上、自分のジャケットから急に盗聴器が発見されれば、一般女性なら泣いて当然だ。

だから泣き止むまでは床に座り、その距離を保つ。
無駄に声を掛けずに黙っていると数分で涙を拭い、クォン・ユジは呼吸を整えた。
「こ、わかった、です・・・あれ、何ですか?」
「盗聴器です」

正直に彼女へと伝える。遠回りしても事実は変わらない。
何事も正直であるに越した事はない。まして今後、彼女の信用を得るにも、捜査や証言の協力を頼むにしても。

「そうなんですか。私、ずーっと盗聴器入りのペディンを着てたんですね」
「今日着ていなくて何よりでした。もし着ていたらカフェでの会話も筒抜けだった」
「ああ・・・不幸中の幸いです」
クォン・ユジは何故か照れ臭そうに、少し俯いて小声で言った。

「この間、飲み物をこぼしちゃって。でもクリーニングに外出するのも怖くて、晴れたら自分で洗おうと思って・・・」
「新しいコートを弁償します」
手洗いしようと思う程気に入っていたなら、尚更申し訳なかった。改めて頭を下げると、彼女は首を大きく振った。
「違うんです、良いんです!そうじゃなくて、安心したんです。
テウさんに見つけてもらわなかったら、あのままでまた洗って着ていましたし・・・あ、でも」

ここまで無言で観察していたから気付く。クォン・ユジ、彼女はどうやらかなり感情表現の豊かな人間らしい。
こうして話している短い間だけでも、その表情がよく変わる。
今も何か考えるよう瞬きをした後に途中で声を飲み込み、指先で口を押さえ、カウチの上から距離を取って床に座った俺を見る。
「洗ったら、問題なく壊れたんでしょうか?」

問題なく壊れると言う言い回しもどうかと思うが、気持ちは判る。
そしてもう一度、正直に首を振って俺は言った。
「ああした機器は基本的に完全防水ですから、まあ無理でしょう」
「じゃあやっぱりテウさんが助けてくれなかったら、盗聴器入りのペディンを着てたんですね」
「とにかくこれで安心して話せます。これまでお疲れさまでした。まずこれからの事ですが」
「はい」

彼女は頷くと、改まって緊張した面持ちで俺を見た。
太陽は出ていないが昼の時間。雪の反射で部屋は白く明るい。
仕事にかまけ半ば寝にだけ帰る部屋は、妙に生活感に乏しい。そんなリビングで久々の来客と向かい合う。

いや。少なくともこれから1か月の間は、同居人になる訳か。
俺に仕事の予定はなく、彼女は気軽に外出する訳にいかない。
どこへ行くにも否応なくペアになる。互いに選択の余地はない。

「まずは年明けまで、この部屋に」
「・・・良いんですか?」
「同居になりますが、構いませんか」
「もちろんです!!ありがとうございます!!」

クォン・ユジはカウチの上でコーヒーテーブルに打ち付けるほど深々と頭を下げた。
テーブルすれすれに掠める額が怖くて思わずテーブルの角に手を伸ばし、ぶつからないよう庇いながら言葉を続ける。
「一人での外出は避けて、用事があれば必ず声を掛けて下さい。不自由でしょうが、一緒に行きます。ご理解下さい」
「はい、もちろんです」
「部屋にあるものは、何でも自由に使って下さい」
「はい、ありがとうございます」
「飲み物、食べ物ももちろんです」
「ほんとですか?!」

・・・ここで食いつかれるとは思わなかった。その大声に頷くと
「私が作るのも、良いですか?!」
「勿論です。キッチンも食材も自由に」
「ありがとうございます!長い間ホテルにいたので料理が出来なくて、コンビニやインスタントばかりだったんです。
刑事さんのお家では、奥様が気を使っていろいろ作って下さったんですけど」
「一緒に出掛ける事に抵抗がないなら、外食でも構いま」
「作ります!!」

俺の折衷案は彼女の凛々しく上げた頭と、キッパリした声に遮られた。
「お料理したいです、作りたいです!!もしテウさんが構わないなら!!」

 

 

 

 

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