2016 再開祭 | 木香薔薇・丗捌

 

 

無言のまま、ヒドの肚裡の一手先を読む。
これ以上奴が罵倒するならこの方を連れて出る。
しかし一言言ってからだ。兄弟の縁が此処で切れたとしても。

そしてこの腹を疾うに見超したヒドは、この方ではなく俺を確かめ、仏頂面のままで唸った。

「その新王とかいうのは誰だ」
「聞いて如何する」
「そんな事は決まっておろう」

俺の声にヒドは当然だろうという顔で言った。
「弑す」
「・・・言えん」
「お主は好きなだけ救わせろ。この女人が求める限り。だが生憎俺には一切関わりないからな」

繰り返すのか。この方の心は通じぬまま、お前は殺し続けるのか。
それでは何の意味もない。
俺が此処で真実を伝えた理由も、この方が陰で流している涙も。

「さっさと言え」
「言えん」
「ヨンア」
「言えん」

お前が俺を見通しているように、俺もお前をよく知っている。
だからこそもう良い。俺の為に余計な血を流す必要も、敵の血でその手を汚す必要もない。

「ヒド。俺は死なん」
「逆賊扱いされてもか」
「その定めを変える為にも」
「女人。お前が救ったのは誰だ。教えろ」

俺の説得を諦めたか、ヒドは次にこの方を睨んで問うた。
呼び名が女人に戻っているのに気付いたのは俺だけか。
しかしこの方は俺を見、そして次にヒドへ首を振った。

「言えません、ヒドさん」
「夫婦揃って頭がどうかしたか。約定になど一体何の意味がある。裏切られればそれまでだ。今のうちに」
「それでも!」

この方はヒドを見詰めたまま卓向こうへと身を乗り出して、最後まで首を振った。
「それでも信じます。私が知ってる未来と何かが変わってるって。
ヒドさんが相手を殺さなくても、ヒドさん自身を傷つけてまでこの人を救わなくても、絶対に何か別の方法があるって」

この方は何もかも読んでいるようで、やはり読み違えている。
それが悲しくもあり、可笑しくもある。
俺を引き合いに出せば、ヒドが怯んで止まると信じているのが。

そうではない。ヒドの弱みはこの方自身だ。
俺が奴をよく知るように、奴も俺を知り抜いている。
この方に何かあれば、俺が今生に未練の欠片もないと知っている。
だからこの方を守るしかない。その道を塞ぐ事はない。

俺を引き合いに出すよりも、奴の前で涙のひと雫でも流せば良い。
そうすればすぐに判るのに。

「・・・馬鹿に付ける薬はないというのは本当らしいな」
ヒドは皮肉な笑いを浮かべ、それでもまだ諦める気はないらしい。
「手裏房を舐めるな。調べ上げるなど容易いぞ」
「ヒドさん!」

はったりなどではない。それが真実だと此処の誰もが知っていた。
この世で起きた全ては、確かに手裏房なら遅かれ早かれ調べ上げる事が出来よう。

けれど今ではない。そしてもし息の根を止めるならヒドではない。
そしてこの方がそんな瞳で見る以上、内心どう思おうと、口では何と言おうと、ヒドは手も足も出す事はない。
少なくとも今は。

無表情にこの方の真剣な瞳を見つめ返すヒドの指が、黒鉄手甲を幾度も辿る。
許されるなら今すぐにでもそれを外したいと思っているのが判る。
この方はその沈黙に負けず、真直ぐヒドを見詰め声を待っている。
いつもなら騒々しいシウルもチホも、此度は無言のままでいる。

息詰まるような短く濃い沈黙。
そして案の定、睨み合いから先に下りたのはヒドだった。

「その新王とやらがヨンを傷つけるなら、その時には必ず俺が片を付ける。
お前が止めようと、たとえヨンが止めようとな。忘れるな」

俺が返答する前にこの方が身を乗り出し、ヒドに頭を下げた。
「心配かけました。でも信じて下さい。私もこの人が傷つくのは怖いし、絶対イヤです。ヒドさんと同じくらい。
方法は違うかもしれないけど、でもヒドさんが傷つくのもイヤです。ヒドさんが傷つけば、この人も傷つくんです。だから」
「がたがた言うな」

ヒドは吐き捨て席を立った。
此度は蹴り立つではなく、諦めたように。
「一番好かんのはその口数の多さだ。肝心な事は言わずに余計な事ばかり」

うんざりした口振りで、恨みがましい目がこの方でなく俺を見る。
「一生聞くと思うと頭が痛い」

奴はそう言って、ふらりと階を下りて離れの方へ消えて行く。
出様に擦れ違う俺にすら、何を言うでもなく。
それでも判る。一生聞いてくれる気になった事は。

そのヒドの背を眼で追って
「あ、待てよヒドヒョン!」
シウルが立ち上がり、立ち上がったシウルを確かめて慌てたようにチホが続く。

「また来いよ、ヒドヒョンには俺達から言っとくから。ヒョンも別に、二人を嫌いなわけじゃないぞ」
「うん。ちょっと機嫌が悪いんだ。きっと判ってくれるからさ」

シウルとチホは追い駆ける前に、心配そうにこの方と俺を見る。
こいつらはまだ判っていない。そんな誤解は既にないと。それでも律儀な気遣いにこの方が
「ありがとう」
と頭を下げ笑って頷くと、奴らは安堵したよう急いでヒドの背を追って行った。

その背も消え東屋に二人きり、ようやく椅子に凭れ息を吐く。

疲れた。

テギョンの存在もこの処の騒々しさも、奴らの妙な誤解も全て。

「疲れちゃった?」
俺の息を聞きつけた元凶のこの方は、何も知らずにくすくす笑う。
その声に耳朶を擽られながら手を伸ばす。
この手は知っている。
どれ程の誤解も畏れずに、いつも明るい方へ俺を引張って行こうとする指先の在処を。

何故こんなに振り回されねばならんのだろう。
何故護るというのはこんなに厄介なのだろう。
何故この方の光には、あらゆる者が寄って来るのだろう。

赦されると思うのだろうか。判ってもらえると期待するのか。
癒されたいと願い、藁をも掴む思いで縋って来るのだろうか。
それを全て受け止めるこの方がどれ程辛いか知っているのか。

見つけて握り締める。握り締めて確かめる。そしてまた思う。
離せない。
他の誰を、もしも家族を捨てる事になろうと、この指だけは絶対に。

天の医術を振るい、命を救うこの指がどれ程大切か知っている。
王様にとって、国にとって、民にとって。
そしてこの指が天の医術を振るおうが振るうまいが、俺にとってなければ生きていけないと知っているから。

指先を触れ合って取り残された東屋で、この方が俺を見上げる。
その瞳に頷き返し、俺は指を握ったままの手を引いて東屋の階をゆっくり下りる。

本当に疲れた。今宵くらいは肩の荷を下ろし、大の字で泥のように眠りたい。
それでもこの方を腕に抱けば、大の字どころか逃がさぬように抱き竦め、隙間なく寄り添って眠ると知っているのに。

 

 

 

 

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