2016 再開祭 | 木香薔薇・丗柒

 

 

「庇い立てするにも程がある」
未だに俺が庇う為に出鱈目を言っていると思っているのだろう。
ヒドの声に首を振って、確りと断言する。事実だけを。

「庇ってなどおらん」

高麗の情報を一手に握る手裏房にも知りようのない事がある。
それこそこの方の握る天の記録であり、先の世に伝わる史実。
この世に今起きている事であればどれ程些細な情報も漏らさず手に入れられる手裏房でも、先を預言する事は出来ん。

それが証にシウルもチホも、呆気に取られて此方を見ている。
「・・・冗談だろ。逆賊なんて嘘だよな、旦那」
「本当だ」

嘘など吐かぬ。この期に及んでそんな面倒で愚かな真似はせん。
「ヨンア、もうやめよう。やめて、お願い」

この方はそう言いながら、泣き出しそうな震え声で俺を止める。
この方が真に戦っているのは誰であり何なのか。
それを知った後でも言えるものなら言ってみろ。
この方を悲しませてまで、こうしてお前らに言うには理由がある。

「その新王を、俺が無理にこの方に救わせた」

李 成桂を助けさせた俺が、他の者を助けるこの方を止める事など出来ない。
そんな大きな犠牲を強いた俺の下らぬ悋気など二の次だ。
この方が何より助け救いたいのは、この国の未来。
誰の為でもない、それこそが俺を救う道だと信じている。

テギョンだけではない。この方にとってはどの命も等しく重い。
あの男は助けるな、他の者は助けろと言う訳には行かぬだろう。

「何故そんな馬鹿をした。負ければ死ぬのが世の慣わしだ。それは俺達が誰より知っておろう」
ヒドは立ち尽くしたまま、呆れ果てたように呻いた。
「そうやってお前の運命を変えるまで、あと何人救う気だ。十人か。百人か。お前の敵も、この女に懸想した男も」
「この方は拒んだ。助けたくないと言った。それを無理に助けさせた」
「ヨンア、もういい」

止めても無駄だと判ったのだろう。
俺の声を遮るように、この方が凛とした声を上げる。その瞳はもう濡れてはいなかった。

「ヒドさん。私、助けたことを後悔しました。心の底から。それも1度じゃないから。2回助けてるんです、実は」

この方が俺の横から立ち上がる。
まさか掴み掛るまいな。
思わず不安に駆られるような気迫の籠った横顔で、ヒドを真直ぐ見詰めたまま。

「後悔しました。最初は気が付かなかったこと。2度目は知ってて助けたこと。でも、誓約書をもらいましたから」
「・・・誓約書」
「私が頼んだら、何でもどんなことでも、1度は絶対に言うことを聞いてくれるって。本人の署名入りです。
この時代の約束は命より重いんでしょ?」
「その為に助けたのか」

ヒドの声にほんの僅かに穏やかさが戻る。
この方はそれを知ってか知らずか、その問いに苦笑を浮かべた。
「誓約書を書かせたのは・・・まあ、成り行きですけど。でも、恩を売ろうとしたのは事実です。
治療費ももらわないんだから、そのくらいのことはしてもらわないと」
「ヨンの為の切り札か」
「当然じゃないですか。この人を助けられるなら私は悪魔にだって魂を売ります」

この方は即答し、迷いなく笑う。
そんな切実な決意が胸を軋ませる。あの泣き顔を知っているから。
今この方は、こ奴らの前だからそうして笑っている。
いつだってそうだ。全てを隠して笑うのが上手過ぎて、周囲の者は時折この方を誤解する。

何もかも許してくれるのでは、包み込んで癒してくれるのではと。
そしてこの方は裡に重苦しいものを抱えて、それでも笑い続ける。
それしか見えぬうちは、真にこの方を支え守っているとは言えん。

だからあの時言われたのだ。心も体も、両方守って。
護りたい。そして護れているだろうかと、自問自答を繰り返す。

「みんなを助けたいのは変わりません。ヒドさんの言う通りです。患者が私を好こうと嫌おうと、私の気持ちは変わらない。
この人が大切にしてるみんなを、死なせるわけにいかないんです。この人が悲しむようなことを、私がするわけにいかない。
そしてもしこの人が困った時、1人でも多く味方がいて欲しいんです。ヒドさんが怒る気持ちもよく分かるけど、止めるわけにはいきません」
「ならばヨンを巻き込むな」
「うーん。今回は私よりこの人の方が適してると思ったので。この時代、みんな心に多少なりとも傷を負ってるのは分かります。
必要なのは下手な同情じゃなく、受け止めて理解出来る人ですから。それでもこの人が傷つくと判断したら、最初っから絶対頼んだりしません」

ああ言えばこう言う。こんな時のこの方に何を諭そうと無駄だ。
矢張り最初から計算ずくだったのかと、その告白を聞きながら思う。

今回は私よりこの人の方が適してると思ったので。

俺に詫びる前に、こいつらの前で告白しやがって。

勢いに任せ周囲を振り回しても、俺の事だけ考えている。
だから俺だけは最後まで絶対にこの方を諦める事はない。
たとえ周囲がこの方を見捨てようと、大恩を忘れようと。
話を聞けば必ず裏には、胸が痛くなる真実が隠れている。

知った上で理解出来ぬと言うなら構わない。その時は俺が諦める。
けれど俺の為にならぬ事を、この方がする訳がない。それだけは判って欲しかった。

シウルもチホもヒドも黙り込み、それぞれ考え込んでいる。
考えるという事は、諦めてはいない意思表示だと思いたい。
「・・・天女さ・・・」

シウルは顔を上げると、何処か気が抜けた顔で情けなく笑う。
「うん、なあに?」
「本当に旦那の事、大切に思ってるんだなあ」
「もちろん!世界に1人っきりの、愛する旦那様だもの」

シウルの声に、この方は驚いた顔で返す。
「大切じゃなかったら、戻ってなんて来ないわ。絶対に結婚なんてしない。誰より大切。自分よりもずっと大切」

恥も衒いもなくそう言って、俺を見る三日月の瞳。
こうも堂々と宣言されて何と返答すれば良いのか。

一先ず座って欲しいと眸で椅子を指しても、この方は小さな体で堂々と其処に立ったままだ。
まるで初めて見た天界の人波の段々畑の下、眩い光の中に一人きりで立っていた時のように。

「でもよぉ、そうならそうで、俺達にだけは先に言ってくれよ。そうじゃないから俺、天女の事を誤解した」
チホは槍を握る拳の力を抜くと、唇を尖らせ俯いた。

「ごめんな。天女の事、ちょっと嫌いになるとこだった」
「私が悪かったの。先にちゃんと話さなかった。こんな騒ぎになるなんて思わなかったし。
でもチホさんがそんなにこの人のこと、大切に思ってくれて嬉しい」
「大切に決まってるだろ!旦那の事も、天女の事も!」

当人である俺を余所に、何を勝手な事を言い合っているのだろう。
突然始まった告白合戦に、聞いている此方の方が恥ずかしくなる。

そしてシウルとチホが、立ち尽くすヒドの様子を窺う。
ヒドもそれは充分感じているのだろう。
渋々と言った様子で太い息を吐くと奴は蹴って倒した椅子を直し、腹立ち紛れか大きな音で座り直す。

「俺はお前を好かん」

この方はヒドを見たまま無言で頷き、俺は肚に溜まる淀んだ息を一気に吐き出した。

 

 

 

 

皆さまのぽちっとが励みです。
お楽しみ頂けたときは、押して頂けたら嬉しいです。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村
今日もクリックありがとうございます。

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です