2016 再開祭 | 木香薔薇・丗陸

 

 

「マンボは」
「客が多いから、厨で煮炊きに忙しいよ。すぐ来ると思うけど」

如才ない上に争い事を嫌うシウルは、素早い視線を走らせた。厨に、そして俺に、最後にこの方に。
この方はいつもと変わりなく、目の前の三人をじっと見ている。

「師叔は」
「奥で寝てる。呼んで来るか」
チホが離れを確かめて、此処から離れたがるように尋ねた。
「いや」

即座に首を振り東屋を眸で示す俺に諦めたような息を吐き、若衆二人は数段の階を上がり椅子へと腰を下ろした。
ヒドだけは何を問う訳でもなく、声を発するでもなく、無言で俺を見ている。
この方を連れて来た真意を測り兼ねているのか、それともそれが判っていてまだ怒っているのか。

奴にだけはどうこうしろと指示はしない。
但し話す気があるなら、奴もチホとシウルに続くだろう。
睨みあう俺とヒドの様子の異様さに、この方は俺の上衣の袖口へ指を掛ける。

悪いが今はその指先を隠れて握り締める場合ではない。
そんな事をすれば眸の前の男の怒りの火に油を注ぐ事になる。
先に東屋に上がった若衆二人も気付いたか、東屋を囲う腰壁の向うから黙って此方を見詰めている。

「ヨン、ア?」
袖口に掛かる指先に、ほんの僅かに力が籠る。
正面突破。陰で罵詈雑言を浴びせるなら、互いに面と向かって口にした方がまだ遺恨は残らない。

「如何する」

この方の声にも斟酌せずに奴を見る。
この声に根負けしたように、ヒドは相変わらず無言のままで足音も立てず東屋の階を上って行った。

それを確かめ袖口を握るこの方を促して、俺も続いて階を上がる。
既に三人が腰を下ろしていた卓の向かいに腰を据え
「鍛錬を付けて来た」

それだけ言うと奴らは三人三様の息を吐く。
シウルはそれでも大して顔色を変えぬ俺を確かめ、安堵の息を。
チホは顔合わせ自体が気に喰わぬのか、何処か怒気の籠る息を。
ヒドは腕を組んだまま半眼から俺を眺めて、呆れ果てた鼻息を。

「じゃあ、もうあいつに会う事もないよな。天女も。ヨンの旦那も」
誰も一言も発さぬのを気にしたのか、シウルが口火を切った。
「いや」

この方は何を言われているか判らぬまま、男四人を見比べている。
代わりに首を振り
「奴の完治までは付き合う。あと数回は会う」

答えた俺に、続いてチホが声を上げた。
「何でだよ。何で旦那がそこまですんだよ」
「乗り掛かった舟だ。途中で降りるのは好かん」
「乗ったって、別に好きで乗った訳じゃねえだろ!無理に乗せられたようなもんじゃねえか!」

小さく叫ぶチホの鋭い眼が、俺の横に腰掛けるこの方を睨む。
「ひでえよ、天女。旦那の気持ちも考えてやってくれよ。天女に頼まれたら、いやって言えるはずねえだろ。
何でわざわざ恋敵と旦那を引き合わせるような事すんだよ」
「・・・え?」

此処まで来てようやく事の次第が判ったのだろう。
この方は小さな声を上げ、続いて横の俺を見た。
「恋、敵って・・・」

こいつらが知っていた事に驚いているのか。
それとも相変わらずあの男は自分に気持ちがあった訳ではないと言い張りたいのか。
それ以上の諍いになれば止めに入ると思いつつ、それでもまだ今はチホの声を遮らずにおく。
言えば良い。言いたい事があるのなら。

俺が止めぬので善しと判じたか、
「そうだろ。トクマンから聞いてるぞ、あの大通りの西京の貴族の若造だって。天女に懸想したって」
「それはね、チホさん」
「言い訳なんか聞きたくねえよ。俺は天女は旦那の気持ちを判ってくれてると思ったよ。だから帰って来てくれたんだって」
「もちろんよ?もちろん分かってる」
「言ってることとやってることがばらばらじゃねえかよ。旦那が大切なら、旦那のことだけ考えてやってくれよ」
「それは・・・」
「それは出来ん」

この方が言い淀んだ処で俺が声を上げる。チホは鋭い眼のままで、続いて俺まで睨みつける。
「何なんだよ、旦那にまでそんな風に言われたら、俺の立つ瀬ってもんが」
「お前らの知らん事がある」

その声にチホも口を閉ざすと黙って俺を見た。
毒気を抜かれたシウルも、興味深そうに眼を開き直したヒドも。

そうだ。お前らは知らん。知らずに済めばと思っていた。
それでもこの方を罵る事だけは許さん。どんなに大切な家族でも。

この方が泣きながら幾度俺を救ったか。
そして俺を殺す男の命まで救わせた事も。
何も知らぬからそうやって、些細な懸想が云々とこの方を責める。

「知らないって何だよ。俺達が何を」
「俺はどうやら、逆賊になるらしい」

苦笑いのこの声に、男らの顔色が変わる。
シウルは口を開け、チホの眼から怒りが消えた。
そしてヒドは腕組を解くと、黒鉄手甲を嵌めた指で己の頭を指した。
「・・・いよいよいかれたか、ヨンア」

寧ろ面白がっているような声音で、ヒドがその指で己の頭を突く。
「天地が返ろうと、お前が逆賊など」
「ああ。王様に対してではない」

そのまま卓に肘を立て、ヒドは前のめりに身を乗り出した。
「王に対してでないなら」
「新たな王に」

俺がこのまま迂達赤を辞さず、国の為に動くなら。
王様の御為に、国の為にと小石を拾い続けるなら。
その時にはこいつらが、絶対に必要だ。
高麗の隅々に至るまで、全ての知財である情報を牛耳る手裏房。

叔母上の、そしてマンボの、師叔の力だけではない。
こいつらが中心となって動く時代がいずれ来る。
そして俺の横にはいつであろうと必ずこの方がいる。
だからこそ今此処で、互いに妙な禍根を残すわけにはいかん。

「ヨンア、それは今は」
俺の言おうとしている事が判ったのだろう。
この方は指先の震えを隠すように、急いでこの袖口を握って止める。
それでも隠しておけば、後で露見すれば、その傷はなお深くなる。

「その新たな王に、逆賊として処刑されるらしい」
「ヨンア!!」
この方が何か言うより先に、烈しい音を立てヒドが椅子を蹴り立った。

近頃のヒドは怒鳴り過ぎだ。
この間の揉み合いをもう一度繰り返したいのか。
立ち上がったまま額に青筋を浮かべるヒドを、俺は座ったまま見上げる。

知りたくはないだろう。俺も見たくはなかった。
この方を罵るお前の姿も、罵られるこの方の姿も。
けれど相手があのテギョンで、この方への想いが消えたと判った以上、これ以上黙っている理由もない。

何故俺がこの方の治療を許さざるを得なかったか。
何故この方がこれ程懸命に民を癒そうとするのか。
全ては俺が蒔いた種で、俺はこの方にこれ以上ない無理を強いた。
責めるなら全容を知ってからでも遅くはない。
全て知った後にも責めると言うなら、その時には俺が相手になる。

無言のまま俺を睨み続ける奴の眼を見上げ、俺は覚悟の笑みを浮かべた。

 

 

 

 

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